水車ボランティア(+山家鳥虫歌)

ボランティア解説員としての見聞から始めた、ボケ防止メモ。12年目。新たに「山家鳥虫歌(近世諸国民謡集)」を加える。
 

しんぐるま、ブログ上での解説(15)

2007-11-21 08:38:03 | 水車紙上解説
生活の維持

「土蔵とそれに続く倉庫には峰岸家が保有していた、さまざまな道具が展示されています。水車の運転・修理と精白・製粉に関わる道具とともに、日常の暮らしに関係する、ある意味懐かしい、道具類もたくさんあります。

 これらは、「単調」という言葉の対極にある、当時の、自然と共有した日常生活を彷彿させるものです。しかし、その一方、あれだけの装置を保有した水車業だけでは、かならずしも裕福な暮らしを成り立たせることは困難であった、とも想像させるものです。

 なぜなら、自給のため、と考えられる、農耕・製茶・漁労・家畜に関わる道具のほか、養蚕・製糸・紡織の道具も多数残っているからです。
養蚕は、地区全体としても盛んであったようですが、昭和10年代に行われた国による用地買収(飛行場用地)により桑畑がなくなり、衰退しました。

 当時は、現代のような富を貪る風潮はなかったに違いないのですが、それでも、これら多彩な道具をそろえておかねばならないほど(水車だけでは生活が苦しい)、日常生活の維持は厳しかったと考えます。」


総括

 「ここまで全体を見て回っていただいたわけですが、ご感想はいかがでしょうか。

 古い、といっても、母屋の建築年代は わずか200年前、1810年ごろにすぎません。また、今残っている水輪は1954年に製作されたものです。

 肝心の動力源の水は流れていませんし、水車小屋(覆屋(さや))は1970年ごろ建て替えられたものです。
 このように、古さという観点からは、驚くほどのものではありません。

しかし、水車の回転運動を杵や碾き臼の運動に転換する機構を、木材で、これほどまで完璧に残している施設は、全国的にも、今ではとても珍しいのだそうです。

しかも、この母屋は現在では市内最古の建築物となり、注目されるようになっています。市も保存・維持に積極的に取り組んでいます。
 
 これを機会に、時々足をお運びください。」