水車ボランティア(+山家鳥虫歌)

ボランティア解説員としての見聞から始めた、ボケ防止メモ。12年目。新たに「山家鳥虫歌(近世諸国民謡集)」を加える。
 

古今集(47)

2014-12-29 11:26:11 | 古今和歌集
691 今こんといひしばかりに 長月の有明の月を待ちいでつるかな

題しらず

そせい法師


今おうかがいします、とおっしゃるものですから、この九月の時期に、なんとシラジラ明けまでお待ちしちゃいました。


そせい法師=素性法師:?~910、僧正遍照の子(ということは桓武天皇のひ孫)、宮廷歌人として活躍、古今集に36首採録。上は百人一首にも採録された歌。

ここでは、2首、紹介しておく。

309 もみじばは袖にこき入れてもていでなん、秋は限りと見ん人のため

北山に僧正へんぜうと茸がりにまかれりけるによめる


「もう秋は終わりましたね」と言っている(みやこの)人々に、「いやいやまだまだ」と見せるために、もみじの葉を袖に入れて帰りましょう。

「僧正へんぜうと」と、他人行儀に表現していることから、母親の出自が遍照とつりあっていなかった、と想像しました。


947 いづくにか世をばいとはん 心こそ野にも山にも迷ふべらなれ

題しらず

そろそろ遁世生活に入ろうと思うのですが、(身体は衰えてきているのに)心のほうは、野山(の自然現象に)どんどんひかれていきます。

老化が、心と身とのあいだで、バランスよく進めばいいのですが~~~~。

古今集(46)

2014-12-26 09:14:10 | 古今和歌集
559 住江(スミノエ)のきしに寄る浪 よるさへや ゆめのかよひじ人目よ(避)くらん

寛平の御時きさいの宮の歌合のうた

藤原敏行朝臣

寛平の御時きさいの宮=宇多天皇の皇后


住之江の海岸に寄せる波は夜でさえ(寄せてくるのに)、(あなたは私の)夢のなかでも人目を避け、(出てこないのですね~)


藤原敏行の歌は、古今集に18首採録されている。上の歌は百人一首にも採録されている。
彼の歌は、今までに2回紹介している(9/26、巻4秋歌上のトップとして、10/6、巻10物名のトップとして)ように、古今集選者(つまり貫之)に好まれていたようだ。
確かに、上の歌も、寄る、夜、避(ヨ)る、と同じ音ヨルを巧みに読み込んでいる、と思う。
次の歌は即興で詠んだのだろうが、そのセンスがなんともスマートだ。

874 玉だれのこがめやいづらこよろぎの磯の波わけ沖にいでにけり
寛平の御時に、上のさぶらひに侍りけるをのこども、かめをもたせて、きさいの宮の御方に大御酒のおろしときこえにたてまつりけるを、蔵人ども笑ひて、かめをお前にもていでて、ともかくもいはずなりにければ、つかひのかえりきて、さなんありつるといひければ、蔵人なかにおくりける。

酒に酔ったいきおいで、侍臣達が「もっと酒をください」と、侍女を通じて皇后に願い出たところ、答えが返ってこなかった、さては不興をかってしまったか、と侍臣達が青ざめた時、藤原敏行が次のような歌を、侍女を通じて皇后に、差し出した。
たぶん、笑がおこり、コトは平穏に収まった、と想像する。

子亀(実は小甕)はどこにいってしまったのだろうか。沖(奥)にいってしまったのだろう


貫之という人は、このような、機知にとんだセンスを好んだのかもしれぬ。
もう1首紹介する。

903 老いぬとてなどかわが身をせめぎけん 老いずは今日にあ(逢)はましものか
おなじ御時(寛平の御時)のうへのあぶらひにて、おのこどもに大御酒たまひて、大御遊びありけるついでにつかうまつれる。

「年とっちゃたなあ~」と、どうして自分をせめていたのでしょうか?年をとったからこそ今日の楽しさがあるのですから


敏行の機転のきいた歌でお酒が出てきた、と想像してはいけないでしょうか?
それにしても、この二の矢としての歌もたいしたものです。
宮廷内で歌人として頭を出すことの大変さがわかるような気がします。





古今集(45)

2014-12-24 09:14:58 | 古今和歌集
21 君がためはるの野に出てわかなつむ わが衣手に雪はふりつつ

仁和のみかど、親王におましましける時に、人に若菜たまひける御うた

仁和のみかど=光孝天皇


あなたに差し上げたいと思い、野に出て若菜を積んだのですが、私の衣に雪が降りかかるような寒さでした。


光孝天皇:830~887。55才で即位、前後の天皇は、それぞれ陽成、宇多。政治が藤原基経にもてあそばれた時代、晩年の数年のみ即位。
文事の発展に寄与。古風復活を好んだ。関係をもった女性、多数、したがって、子供の数は多すぎて数えられないらしい。


上の歌は百人一首にも採録されている。
古今集にあと1首採録されていて、それが次。

347 かくしつつとにもかくにもながらへて、君がやちよにあふよしもがな
仁和の御時僧正遍照に七十の賀たまひける時の御歌

こんな感じで、ともかく生きのびてきました。あなたとだけは未来永劫お会いし続けたいものです。


政治的には藤原氏に振り回された一生であったのでしょう。前半にその辺の気分が率直に表現されているような気がします。

僧正遍照は古今集の序に、その名を挙げられている六人のうちのひとりで、前に紹介しました。
この人は光孝天皇に好かれていたのですね~。
だから、古今集の編者(たぶん、紀貫之)は、その歌の質が、「歌のさまは得たれども誠すくなし」と、気に入らなかったにもかかわらず、名を挙げざるをえなかった、ということなのでしょうか?




古今集(44)

2014-12-22 14:02:13 | 古今和歌集
724 陸奥のしのぶもじずり たれゆえに乱れんと思う我ならなくに

題しらず

かはらの左大臣

東北地方の名品、しのぶずり、のように(私の心は乱れているのですが、その原因は勿論ご存じですよね~)。私ではなく(あなたですよ)。

しのぶもじずり(忍ぶ悷じ摺り)=忍ぶ摺り=シノブの葉や茎の色素でもじれ乱れた模様を摺りだしたもの


河原左大臣=源融(ミナモトトオル):822~895、嵯峨天皇の12男で臣籍降下、源氏物語の主人公の一人と言われ、風流人。


この歌は百人一首にも採録されているのだが、4句が異なる。誰が変えたのであろうか?
陸奥のしのぶもじずり たれゆえに乱れそめにし我ならなくに

「乱れんと思う」と「乱れそめにし」
前のほうが感情が表れていて、後ろのほうが和歌らしい、か?


古今和歌集には、源融に関し、彼自身作の歌がもう1首と、彼の死を詠んだ貫之の歌がある。

873 主やたれ 問へどしら玉いはなくに さらばなべてやあはれと思うはん
五節の朝に、かんざしの玉おちたりけるを見て、たがならんととぶらひてよめる
河原の左のおほいまうちぎみ

「この玉だれのですか?」と聞いたんだけれど誰も答えないので、み~んなかわいい(だれか特定の人に興味あるわけではありません)。
五節=五節句(1/7、3/3、5/5、7/7、9/9)、宮中では女性の舞行事があった。


852 君まさで煙たえにししほがまの うらさびしくも見えわたるかな
河原の左のおほいまうちぎみの身まかりてのち、かの家にまかりてあるけるに、塩釜といふ所のさまをつくるけるを見てよめる
つらゆき

貴いお方がお住まいになっていたお屋敷の、塩釜(を擬しておつくりになっていた所)から、もう煙も上がっていません。とてもうらさびしい状景です。


上の三首から、直感的に、「どのように権勢を誇っていても、死んでしまえばただの人」と感じました。

解説員として(183)

2014-12-18 15:47:08 | 解説員日記
今日の午前、解説当番であった。

快晴、寒し。報道によると、第一級の寒波来襲により各地で猛吹雪。根室では高潮による浸水被害発生。
ご苦労なさっておられる方々に対し、心よりお見舞い申し上げる。

今日は大掃除。市職員のもと、自分も含め4人のボランティア解説員で、母屋清掃。
とてもきれいになった。

機械遺産のDVDシリーズ作成を請け負った制作会社の方2名が下見に来訪。
今日は初見のご様子で、当方の説明でとりあえずOKであったか?
今後の進展にともない、偉い先生方からのアドバイスを適宜お受けになることをお勧めした。

いい作品ができることを期待する。

上と同時においでになった、10人ほどのグループは、掃除にきていた解説員が対応。

なんだかんだ、寒さを感じず、忙しい半日であった。


特別な理由があるわけではないのだが、今日をもって水車解説から退くことにした。

古今集(43)

2014-12-16 09:29:03 | 古今和歌集
166 夏のよはまたよひながら明けぬるを 雲のいつこに月やとるらん

月のおもしろかりける夜 暁かたによめる

ふかやぶ


夏の夜っていうのは明るくなるのが早いものです。お月様が雲の影にでも入って一休みするヒマもないようです。


清原深養父:生没年不明。中級官僚。清少納言の祖父、もしくは曾祖父かも。古今集に17首採録。上は百人一首に採録されているもの。


気に入った歌を2首挙げる。

378 雲いにもかよふ心のおくれねば わかると人の見ゆばかりなり
あひ知りて侍りける人の、東の方へまかりけるを送るとてよめる

人様は「お別れね~」なんて私を見ておられるのでしょうが、(私はあなたに)どんなに遠くであっても、私の気持ちをおくることにしています。
不安を抱えて赴任する友人に対する温かい気持ちが込められているいい歌、と思います。

967 光なき谷には春もよそなれば 咲きてとくちるもの思ひもなし
時なりける人の、にはかに時なくなりて嘆くを見て、みづからの、嘆きもなく、喜びもなきことを思ひてよめる

日の光が差し込まない谷底では、春といったって別世界のことです。そこでは花は咲いたら、感慨にひたるまもなく散ってしまうのですから。

一昨日の選挙結果により、一党独裁が強められた。どうか、勝者は「実った稲穂」を貫いてほしい。

「判官びいき」という言葉があるが、どうしても敗者に目がいってしまう。
この深養父の歌のように、世の中、大部分の人は、光を浴びることなく人生を終えるのです。
一度いい目をみたら、それでよし、とする人生だって充分ではないですか。

古今集(42)

2014-12-15 11:26:47 | 古今和歌集
193 月みればちじにものこそかなしけれ わが身ひとつの秋にはあらねど

これさだのみこの家の歌合によめる

大江千里


晩秋の月というのは、なんかうらさびしいもので、いろいろ考えてしまいます。


大江千里:生没年不明(850年ごろの生まれか?):中級官吏:古今集に10首採録されそのうち3首は寛平歌合で詠まれたもの。
上は百人一首に採録されている。


気に入った歌を2首示す。

467 のちまきのおくれて生ふる苗なれど あだにはならぬたのみとぞ
ちまき

これは通常よりも遅く植えた苗なのだが、そのことが必ず生きることになると信じています。
(今ちまきを食べている子は、生長がおくれているようですが、将来必ずとりかえすことになります)

「ちまき」という言葉に、田植えや子供の生長などを読み込んだ歌で、巻第十、物名、に入れられている。

859 もみじ葉を風にまかせて見るよりもはかなきものは 命なりけり
病にわづらひ侍りける秋、心たのもしげなくおぼえければ、よみて人のもとにつかはしける

病室からもみじが散る景色を見ているのですが、私の体調はかんばしくなく、いよいよオワリかな、と思っています。

辞世の歌であろうか?このような弱気の心境を知らせたくなる人とは、誰であろうか?
わたくしは、あくまで強がって突っ張りたい、と思うのですが。 




古今集(41)

2014-12-12 10:04:08 | 古今和歌集
909 誰をかも知る人にせむ 高砂の 松も昔の友ならなくに

題しらず

おきかぜ


(私も年をとったものです。)そこらじゅうのみんなを知人とせねばなりません。あの松さえ昔の(私が知っている)松ではないのですから


藤原興風:生没年不明、中級官吏、古今集に17首採録。上は百人一首。17首のうち12首は寛平歌合で詠まれたもの。たぶんこのころ(890年ごろ)が歌人として最盛期か。


気に入った歌を2首挙げておく。

326 浦近く降りくる雪は白波の 末の松山越すかとぞみゆ
海は荒れるわ猛吹雪だわ。まるで松林の上を白波が越えているような状景です。

寒波来襲とか、北日本の日本海側海岸では、まさにこのような状況になるのでしょう。


1064 身は捨てつ 心をだにもはふらさじ つひにはいかがなると知るべく
(年ですから)もうわが身はどうなってもかまいません。しかし、この私がどうなるか最後まで見たいので、心だけは放り出すわけにはいきません。

加齢に伴う認知症にはなりたくありません。
興風の晩年における心境、と思われますが、まったく同感です。

古今集(40)

2014-12-08 11:39:26 | 古今和歌集
303 山がはに風のかけたるしがらみは 流れもあへぬもみじなりけり

志賀の山ごえにてよめる

はるみちのつらき


谷川の河面にもみじが滞っています。どうも風のいたずらでこうなったのでしょうか


春道列樹(ハルミチノツラキ):?~920、出自は不明。古今集に3首採録。この歌は百人一首にも採録。

他の2首は次のとおり。

341 昨日といいけふとくらして あすか川 流れて速き月日なりけり

610 梓弓引けばもとすえ我が方に よるこそまされ こひの心は

下の歌の解釈が難しい。

弓を引くと、弓の両はじが自分のほうによってきます。あの人の心もこの弓のように(私のおみのままに)こちらになびいてくれればいいのですが。

どうも、子の解釈は表層だけらしい。「寄る」と「夜」がかかっている、と説明している解説書が多い。しかし、どうしてもそのような解釈ができない。たぶん、知識が足りないところがあるのだろう。

古今集(39)

2014-12-04 11:06:09 | 古今和歌集
332 朝ぼらけ有明の月とみるまでに よし野のさとにふれる白雪

大和の国にまかりける時に、雪のふりけるを見て

坂上これのり


しらじらと夜があけてきたようだが、それにしては有明の月と思えるような明るさだ。なんと、雪が降っているではないの!


坂上是則(サカノウエノコレノリ):?~930。従五位下・加賀介。古今集に7首採録(上は百人一首にも)。蹴鞠の名手でもあったらしい。

この方、紀貫之を相当意識していたように感じる。その例を示す。

932 かりてほす山田のいねの こきたれてなきこそわたれ 秋のうければ
屏風のえによみわせてかきける
坂上これのり

804 はつかりのなきこそわたれ 世の中の人のこころの秋しうければ
題しらず
きのつらゆき

刈る/雁、鳴く/泣く、秋/飽き、などの掛詞を駆使し、作歌テクニックを競っているように思える。
上の「朝ぼらけ~」も、練りに練った、という印象を受けるのは、私だけでしょうか?

まあとにかく、秋とは、今も昔も、物憂い季節ではあるようです。


百人一首には、古今集から24首が選ばれているのだが、そのうち、今日までに14首を詠んだ。
引き続いて、残りを詠むつもり。


しかしまあ、きのうのテレビニュースの画面には、開いた口がふさがらなかった。
皇居の、「もみじ公開」に、なぜもあれほどの人が集まるのか?
平和を喜ぶべきか?ものみだかい、野次馬根性を笑うべきか?
わが民族特有の性質とはなにか、について掘り下げて研究する価値があるかも。

古今集(38)

2014-12-03 09:28:52 | 古今和歌集
962 わくらばに問う人あらば 須磨の浦にもしほたれつつわぶとこたへよ

田村の御時に、事にあたりて津の国の須磨といふ所にこもり侍りけるに、宮のうちに侍りける人につかはしける

在原行平朝臣


たまさか、私のことを心配してくださる方がいらっしゃったら、ちょっと問題があって、須磨にこもっていて、藻塩のようにシオタレていますよ、とお伝えください。

在原行平:818~893。最終官位、正三位中納言。平城天皇の孫、弟の業平とともに臣籍降下。古今集に4首採録(そのうち1首は9/30に紹介した)。序において「軽情如在納言」(風雅の趣といえば、在原中納言でしょう)と評価されている。


たぶん、能吏であったのであろうが、なんらかの失敗をして、須磨に逼塞せざるをえなかったようだ。が、その失敗について説明してくれる文献をみつけることができない。

なんであったのだろうか?ヤジウマはこういうことが、どうも気になる。
彼の歌については、失礼ながら、抜群にうまい、とは思えません。

古今集(37)

2014-12-02 09:59:34 | 古今和歌集
407 わたの原八十島かけてこぎいでぬと 人にはつげよ あまの釣舟(これは百人一首にも採録)

隠岐の国にながされける時に、舟にのりていでたつとて、京なる人のもとにつかはしける

小野たかむらの朝臣

961 思いきや ひなの別れに衰えて あまの縄たきいさりせんとは

隠岐の国に流されて侍りける時によめる

たかむら朝臣


・ 大海に向かって、島々をぬいながら、今漕ぎ出します、と(都のあの人に)知らせてください。そこで漁をしている舟の人よ!

・ (とんでもない)田舎にきてしまって、縄をあやつって漁をするなんて、思ってもみませんでした。


小野篁:802~852。最終官位、従三位参議。仁明天皇の時代に副遣唐使に任命されるが、正遣唐使の意向で、乗船する舟を変更させられ、抵抗し、隠岐に流される。配流期間は二年であったことから、小野篁の主張に正当性あり、と判断される。
古今集の序では、「風流如野宰相」と紹介されている。野宰相=小野篁だそうだ。

古今集には6首採録。10/16に1首紹介した。

逸話の多い人物である。
嵯峨天皇との、漢字読み問答を示す。

・ 「無悪善」=サガナクバヨシ=嵯峨、無くば善し=嵯峨天皇は居ないほうがいい

・ 「子子子子子子子子子子子子子子子」(子が15)=ネコノココネコシシノコノコシシ=猫の子、子猫、獅子の子の子、獅子



古今集(36)

2014-12-01 10:41:06 | 古今和歌集
899 鏡山いざたちよりて見てゆかん 年へぬる身は老いやしぬると

題しらず

この歌はある人にいはく、大伴のくろぬしがなり


鏡山(というからには鏡があるのでしょう)ちょっと立ち寄って、私が年老いたかどうかを確かめてみましょう。


大友黒主:生没年不明。出自不明。古今和歌集に4首採録。序に名前が挙げられている6人のうちの一人。
その評価はかんばしいものではない。曰く「頗有逸興、而躰甚鄙、如田夫息花前也」(すこぶる逸興有りて、体はなはだいやし。田夫の花の前にやすむがごとし)。

しかもである。その序には、黒主のことを「古猿丸太夫之次也」とあるのである。

百人一首に猿丸太夫の歌として紹介されている、「奥山に紅葉ふみわけ鳴く鹿のこえきくときぞ 秋はかなしき」は、古今集では、「秋歌上、215番、これさだのみこの家の歌合のうた、よみ人しらず」と紹介されている。

梅原猛は、柿本人麻呂と猿丸太夫とは同一人と言っているのだが、古今集が、猿丸太夫に連なると言っている、大友黒主とは、一体全体どのような出自を持っているのだろうか?

まだだれも解明していないらしい。探究心をくすぐられる命題である。


だいたい、「黒主」とうい名がおかしい。不吉さをあらわす「黒」を名前に使うなんておかしい。
なにかウラがある、とみるべきでしょう。