映画の豆

映画の感想をだらだらと。
本サイトは
http://heme.sakura.ne.jp/333/index.htm

「ノマドランド」

2021年03月30日 | ドキュメンタリー
資産を失った高齢の車上生活者たちに関する
ジェシカ・ブルーダーのノンフィクションを、
クロエ・ジャオ監督が物語風に映画化。
フランシス・マクドーマンド主演。

主人公はかつてネバダ州の街で夫と暮らしていたが彼と死別し、
巨大な工場が閉鎖になり、街もなくなってしまう。
新しい家を持つのが忍びなく、
彼女はキャンピングカーで暮らし始める…というあらすじ。

貧困と老いを描く系の話を予想して相応のダメージを覚悟してたのですが、
そうではなく、家を持ってそこに定住する人もいればそうでない人もいて、
そういう人たちの視界には空と地平があって、
時には奇跡のような光景を目にし、その代償に孤独と共に暮らす、
という内容だった。
(Amazonの非人道的な労働環境に対する批判性の欠如を
非難されたりもしておるそうですが)
違う生き方の提示というか。

内容ばれ

フランシス・マクドーマンドを見に行ったのですが、
でっかい風景に負けない獣のような存在感と、
詩の朗読のシーンでスッと声質を変えなさるような
繊細な演技もなさってて好きですね。
「許されざる者」男女逆転版とか見てみたいです。
あ、シェイクスピア男女逆転でもよい。

主人公たち、たしかにお金はないんだけども、元々貧困層という訳ではなく、
メインキャラクターには迎えてくれる家がある。
季節労働は少し楽しそうですらあった。
(Amazonの仕分け作業、相当な重労働の上、
急病人が出ても権限のないものは救急車を呼んではいけない規約になっており、
死者が出たというルポを読んだが、たしかにこの映画ではそういう点は描かれない)
メインキャラクター以外の人は役者さんではなく、
実際のノマドの方々なのだそう。(スタッフロールの役名と実名が同じ)

映画の中のあのノマドの女性のように見たかった光景を見て、
仲間たちに悼まれてこの世を去る人生と比べて
家に定住して子や孫を成して亡くなる人生のほうが幸せで真っ当だとは
私には思えないです(まあでも後者のほうが優れてるに決まっとるだろうが!
というかたも多くいらっしゃるだろう)

しかし知っている筈なのにアメリカの巨大さには何度でもびっくりしてしまう。
そして主人公がスペアタイヤを詰んでなかったシーンにぞーっとする。
間が悪ければ普通に死んでた。そういうデメリットも勿論ある。

有色人種がほぼいなくてどうして?と思ったけど
有色人種が車上生活をするとすぐに警察に職務質問されるので、
必然的にノマドは白色人種の女性が多いのだそう。
女性の多さについては、家庭での労働搾取による給与格差によるものらしいですが
こちらの記事が分かりやすかった。
https://www.cinematoday.jp/news/N0122380

新年の面白カチューシャを付けて1人で花火をして祝うシーン、
あれを実際やったら心が折れる人とそうでもない人に分かれる気がするが、
私はまったく平気でむしろヒャー!楽しー!ってなるほうなので、
この映画の受け止め方もポジティブなんだと思う。

貧困による車上暮らしは世界的に増えているという記事は
なにかで読んだことがあります。
ファスベンダーさんの主演していた「アウトサイダーズ」は
英国の車上暮らしの人々が、数世紀前の村落のような生活を送る
(父息子愛の)映画でした。
アメリカのドラマで、路駐した自分の車を格安ホテルとして
貸し出しているのも見た。
地価の異常な高騰が根底にあるのでしょう。
日本の車上暮らしガイドをちらっと見てみましたが、
本州以南では夏を越すのが難しいそうで、そりゃあそうねと思いました。
アジアではちょっとハードだよね。

貨幣経済、資本主義は限界に近付きつつある、
というようなセリフが心に残りました。



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「スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち」

2021年01月10日 | ドキュメンタリー

女性スタント史を黎明期から現在まで、
記録映像と証言によって学べるドキュメンタリー。
といっても堅苦しい内容でなく、
知ってるアクション映画がじゃんじゃんでてくるので
瞬きもできないくらい集中するし、
昔のスタント事情はびっくりするような人権無視現場なので
退屈するどころではありませんでした。
アクション映画の好きな人向け。

映画がまだ興行として成り立つかどうかの瀬戸際のころ、
生命の危険を伴うような仕事を女性や有色人種がやっていた…
っていう映像のところ、「落下の王国」を見ているので恐ろしかった。
亡くなったり、重度の障害を負ったりした人がいると思う。

若いスタント女性が、大先輩のお話を聞く形式なのですが
双方にリスペクトと仕事への愛があって聞いていて楽しい対談でした。

現代映画の映像は、
おなじみマーベル映画、DC映画、マトリックスやチャーリーズエンジェル、
ゴーストバスターズ2016、キル・ビル、スコット・スチュワート監督のプリースト、
ワイルドスピード、なんとテルマ&ルイーズまで(たぶん)。
再び大画面で見られて嬉しいヒロインたちばかりでした。

内容ばれ

格闘技に加えて、車やバイクの運転、時に乗馬も、
落下や火や水に耐える身体能力や技術のために
彼女達は日々ひたすら鍛錬に励みます。
男性は服の面積が多いためプロテクターを仕込めるが
肘や膝の出た衣装の多い女性はそうはいきません。
なおかつ女優さんの体型に合わせるため減量が必要だったり
ヒールを履いてのスタントをしなければならなかったりします。
(短いドレスのスタントでは、めくれ防止でテープを貼ったりするそう)

しかしスタントの世界は白人男性優位社会で
男性なら見過ごされるようなミスも女性であれば囃し立てられ、
組合にも加入させてもらえず、ならばと女性スタント組合を立ち上げると
5年仕事を干されるような環境で、それでも彼女たちは実力を示し
とうとう女性アクション監督を輩出するまでになりました。
ものすごく優秀な人たちが世代ごとに不断の努力を見せたからだと思います。
(業界に薬物が横行してキマった状態で仕事をする人がいて事故が起きたし、
告発するとやはり締め出しをくらった、というのは20世紀の人権意識ィ…)

危険な仕事なので事故の話は多かったですが、
直感を信じろ、一連の流れをイメージできないときは
必ずアクションのどこかに不可能な部分があるので事故が起きる、
という話は面白かった。

監督としてスタントを語る人でヴァーホーヴェン監督が出ておられましたが
「男だとできるのに、女性スタントではできないアクションがあるんだよねー」
ってめちゃくちゃ空気読まない発言なさってて、むしろ笑った。
もちろんあとはずっと女性スタントを称賛しておられましたけど。
ポール・フェイグ監督も語っておられましたが、さすがおしゃれ番長、
すごい色のスーツとネクタイの着こなしぶりに目が吸い寄せられて
発言が半分くらい頭に入らなかった。

私はMCUでブラックウィドウのスタントをされている
ハイディ・マネーメイカーさんが好きですが
(ジョン・ウィックで暗殺者の1人をなさっている)
妹さんもスタントをされていて、姉の過激なスタントを劇場で見て
「おねえちゃん!?(死!?)って言った」って話は可愛かった。
ワイスピスカイミッションのキャットファイトスタントは
姉妹によるものだそうです。へー!



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「プラド美術館 驚異のコレクション」

2020年07月29日 | ドキュメンタリー

プラド美術館の成り立ちと収蔵品について、
ふんわりと紹介するドキュメンタリー。
キュレーターさんが、推し絵画について力説します。
ナレーションはジェレミー・アイアンズ氏。
特になにかテーマがあるわけではないので、ちょっと散漫な印象。
しかしゴヤにベラスケス、エル・グレコ、ヒエロニムス・ボス等々
濃い作風の絵画に恵まれてるなプラド。

内容ばれ

むかしは裸体など刺激の強い絵は特別室にまとめて展示され、
女性と子供は入室禁止だったらしいです。
昭和のレンタルビデオのアダルトコーナー(笑)。
まあ私は剃毛した犬や猫が、とくに芸術的に見えないのと同じに
人間の裸体が芸術的だとは思わない派なんですけど、
描きたい人、見たい人は好きにしたらよろしい。

美大漫画「ブルービリオド」の本誌で
タイムリーにもベラスケスの話があったんですが、
色彩を光学的に見ていた、画家の中でも稀有な才能の持ち主とのことで、
しかし昔プラド美術館展があったときにベラスケスの説明文で、
宮廷画家であった彼は王の信任が厚く、
王女の結婚式のディレクターも彼でなければならぬという指名があり、
高齢に鞭打って仕事をしたが、過労でほどなく亡くなった…
と書かれており、秀でた才能を持ちながら
コミュカと実務能力もあったばかりに気の毒に…って思いました。
というか才能ある表現者で交渉能力もあるって案外珍しいですね。
とくに天才画家というと、
なんかこう周囲とトラブルばかりを引き起こす印象
(カラヴァ…いやなんでもないです)。

そういえばスクリーンの大アップで絵のタッチが映される機会って
あんまりないので、それを見たい方はぜひ(一瞬なんですけど)。

ゴヤが友達に宛てた手紙が面白かった。
巨匠でも自分の似顔絵の落書きしたりするんだね。




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「キューブリックに魅せられた男」

2019年11月20日 | ドキュメンタリー

監督トニー・ジエラ
「バリー・リンドン」に起用された若手役者レオン・ビターリさんが
キューブリックの才能に心酔して彼に弟子入りし、
監督が亡くなるまで右腕として働き続けた経過を追うドキュメンタリー。
天才の天才たるエピソード満載で、
キューブリック作品の撮影風景がふんだんに使われています。
完全にファン向け。
(しかし仕事で追い詰められている人は見ないほうがいいかも…)

気さくで人懐こい面がある一方で、表現者としてのキューブリックは
完全主義者で妥協を許さないし、
人が100%の力を出しても決して満足しない。
なぜなら天才の彼が映画に対してすべてを捧げているから。
セリフをトチった役者をすぐにクビにして、
美術監督を精神失調に追い込んだ監督の冷酷な面が描かれます。
キューブリック作品の撮影風景が幾つか映り、
現在のハートマン軍曹役のかたや、
ダニー・トランス役のかたがインタビューに答えます。

睡眠時間2時間の激務に耐え、
ドアマットの上で眠り、体重は落ち、それでも彼は忠実に監督に仕えます。
周囲の人曰く「奴隷のように」。

内容ばれ

この人を、監督あるいは撮影監督として育て、
独立させてあげることもできたと思うけど、
キューブリック監督はそうしなかった。
監督の死後、生活に困窮して息子を頼るほどの賃金しか与えず、
またキューブリックのイベントから存在を無視される程度の
権限しか持たせなかった。1人の人間の人生を使い潰した。
なぜならたぶん監督には才能がありすぎて、体が1つでは足らなかったから。
サブの体として最後まで使いたかった。
それでもレオン・ビターリさんは、天才の仕事に関われて幸せだと語ります。
凄まじい話。
でも激務に耐え、70を越えていまもお元気そうなのはよかった。
きっと頑丈でいらっしゃるのだろう。
キューブリック監督の仕事を、平均的に才能のある8人くらいで分担すれば、
奴隷労働は必要ないと思うけど、8人分の成果を1人であげちゃうのが
天才ってものなのかも。つまりはコスパがいいってことなのかも。

子供の頃、戦争で人格の変わった父からの虐待に怯えていた
レオンさんのエピソードが語られ、
観客になんらかの結論を導き出させようとするこの…
うん…何が言いたいかは分かりますよ。

余談だけど「ROOM237」の話がチラッとでていたけど、
スーパー深読みに対してはプススス、という感じでした。そりゃそうだよね。
あと日本語のフルメタルジャケットの宣伝が流れた。



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「キューブリックに愛された男」

2019年11月19日 | ドキュメンタリー

アレックス・インファセッリ 監督
お得なコンビ前売券を買ったので、
「キューブリックに愛された男」
「キューブリックに魅せられた男」
を連続で見ました。
「愛された男」のほうは監督の運転手を約30年務めた
イタリア系移民の男性の話。
「魅せられた男」は監督に惚れこんで役者を廃業し
約30年彼のアシスタントを務めた男性の話。

過去作品の撮影風景が見られるのも、
天才の残酷さが垣間見られるのも断然「魅せられた男」のほうなので、
キューブリックファンがどちらか見るなら「魅せられた男」のほうですが、
対称的な内容のドキュメンタリーなので、比べながら見るのは面白いです。

1970年、タクシードライバーだったエミリオ・ダレッサンドロさんは
映画会社の依頼で、雪の夜にある大道具を運ぶが
それは「時計じかけのオレンジ」の例の巨大なアレで、
彼はそれがきっかけでキューブリック監督に気に入られ、
長い期間彼の運転手を務める事になります。

彼はキューブリックの映画を1本も見た事がなくて
仕事を引退するまでとうとう見ないままだった。
でもそれが幸いして、監督と
人間同士の付き合いができたのではないかと思います。
キューブリック監督には、人懐こくて思いやりのある面「も」ある。
そちら側を描いたドキュメンタリーでした。

ラストばれ

故郷に帰るエミリオさんが別れの挨拶を述べようとすると
半泣きで「やめろバカ!」ってさえぎったり、
イタリアに帰るとすぐに電話をかけてきてくれたり、
映画に出させてくれて、
トムクルーズをはじめとする並居るスターの前で
妻共々丁寧に扱ってくれたり、
ホンワカエピソードの連続でした。
亡くなる直前に過労で弱って、
「猫に飲ませる錠剤がうまく割れない」
って言っていたという(監督は超愛猫家)監督の話は、
すごく生々しかった。

ラストもよかった。
一番好きな作品は「スパルタカス」ですって言ったら
監督が嫌な顔した話。
そういう、映画監督にとって異種族であるエミリオさんだからこそ、
むしろ礼節を持って接したのだと思う。
「キューブリックに魅せられた男」を見てそう思った。



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