梅苑の出店の中の鯨尺 堀籠益子 「滝」5月号＜滝集＞

　有名な梅苑にたいそうな人出。梅の香の漂う中に、鶯の声
などして、土産店や飲食店などの出店もたくさんあるのでし
ょう。その中に呉服屋さんもあったのでしょうか。「鯨尺」は
単位に尺貫法を用いた物差しのことで、もともとは、鯨の鬚
で作られていたことからこの名があり、一尺は約38ｃｍだそ
うですから、大工さんが使う曲尺とも違うのですね。「お仕立
て承ります。」そんな簡易看板が出ていそうですね。(Ｈ)

亀鳴くや味噌を眠らす長廂 菅原 祥 「滝」5月号＜滝集＞

　私の住む大崎市松山には仙台味噌を作っている工場があり
ます。HACCP手法の衛生管理を導入して、「美味しさ」に更
に「安心・安全」を添えて味噌を作る工場とのことですが、
見学する気になれないまま、どんな建物なのかすら知りませ
んが、掲句の長廂からは歴史の古い味噌蔵を思います。熟成
を「眠らす」とした静かな佇まいが、製法を守り、何代も続
いてきた生業のこだわりまで醸し出して、亀が鳴く夕方の明
るすぎない景が広がってきます。いいですね。行ってみたい
ですねここ・・・。(Ｈ)

巴里の地図纏ふマネキン雲雀東風 池添怜子 「滝」5月号＜滝集＞

　パリの地図の生地は、1ｍ136円(税込)。「現在ご注文が集
中しているため出荷に遅れが生じております。」とは、ネッ
ト販売のお詫びの文句。結構人気の柄のようです。まだ肌に
は冷たく感じる風ではあっても、明るさや光を感じる雲雀東
風がショーウィンドーの春を語って、気分はもう春真っ盛り。
身頃は体に添っていて、ローウェストのギャザースカートの
ワンピース・・・。そんなのを着て、パリには行けなくても
何処かに出掛けたくなりますね。(Ｈ)

取り外す伝言板や猫の恋 中川浩子 「滝」5月号＜滝集＞

　携帯電話の普及で全駅撤去された物と思っていた伝言板だ
が、平成二十二年には阿佐ヶ谷駅、北柏駅に残っているとい
う調査結果があるので、そのどちらかの伝言板かもしれませ
ん。嘗ては待合せの連絡などにも使われてきた伝言板。猫の
恋が配されて、やかましいラブコールが対比的で面白いです
ね。(Ｈ)

ポシェットの頓服薬や遠蛙 鈴木幸子 「滝」5月号＜滝集＞

頓服薬しは、新明解国語辞典によると「何回かに分けて飲
むのではなく、その時一遍だけ服用する薬で、多くは解熱剤、
又は鎮痛剤」とある。頓服薬を持ち歩かなければならない健
康上の不安をかかえているそぶり等、全く見せず進んで句会
のお世話をなさっている作者に、改めて感心させられた。
　今日は頓服薬を飲まずに過ごせたと、作者のほっとした感
謝の気持ちが「遠蛙」から察しられる。(遠藤玲子)


ポシェットの頓服薬や遠蛙　鈴木幸子
「滝」5月号＜滝集＞
頓服薬は即効性の薬物や剤形で、症状を速やかに緩和する
目的で使われる物で、解熱剤、鎮痛剤、睡眠剤、狭心症発作
を抑える薬などがそれにあたります。身から放さずにいるポ
シェットに入っているとなると、作者がちょっと心配になり
ますが、「と」の韻を踏んでいるせいか、あまり深刻な病気
ではないような気がします。それとも、遠蛙の季感がそう思
わせるのでしょうか。抜歯した時にもらう、たった一錠の鎮
痛剤が、出番のないまま入りっぱなし・・・。そんな感じで
しょうか。(Ｈ)