「滝」の俳句~私の心に見えたもの

220728 佐々木博子(「滝」瀬音集・渓流集・瀑声集 推薦作品より)

シベリアの銀河にゐると父の声 谷口加代

2020-11-20 06:12:58 | 日記
「シベリア」は、第二次世界大戦の戦争後、日本軍捕虜が長期にわたる抑留生活と奴隷のような強制労働で、多くの人的被害があった地。その地の銀河にいるというお父様の消息としての「声」。銀河は、たくさんの星であり、たくさんの死として横たわっているように私には思えた。旧暦七月七日の夜、この川を渡って逢うことをゆるされる七夕伝説の織姫と彦星を隔てる天の川でもある。子を恋う父の声を聞きなした作者の父恋。戦争により充分な時間を親子として過ごせなかった中にも父親に愛された記憶が慕う心として表現されたかと思う。私の父はこの秋93歳になった。まだ一緒に要られるのは奇跡に近いのかもしれないと思った句でもあった。(博子)

良寛は脱字気にせず天高し 原田健治

2020-11-18 03:43:41 | 日記
良寛さんといえば、子供達とかくれんぼをし、手まりをついて遊ぶエピソードを思い浮かべる。「さん」付けになるのは私だけではないと思う。親しみとリスペクトを込めた距離感で私たちの心の中に居る。しかし、単にそんなお坊さんと言うだけでなく、和歌・漢詩,更に断簡零墨は在世中のみならず後生高く評価され,特に書に至っては、空海(弘法大師)と並び称せられる程であるという芸術家であるが、誤字・脱字・当て字が多い事でも有名で、そのおおらかさも愛されるのは、人に対して寛容な良寛さんだからでしょうか。「天高し」が、そこに通じて来るような詠みがとても好きな句でした。(博子)

星月夜コモドドラゴン寝息たて 梨子田トミ子

2020-11-16 06:03:46 | 日記
まるで星月夜に、コモド国立公園のコモドドラゴンの保護員が詠んだような作品だが、作者の感受した「寝息たて」は、今見ている星は過去の光という時間のさかのぼりがあって、地球も星に違いなく、その経て来た時間の中に生き物に過酷な氷河期があったことなどふと思われたのではなかっただろうか。コモドドラゴンは約5千万年前に出現し、ジャワやオーストラリアでオオトカゲだったものが3万年ほど前に今の姿になったと言われ、その後の氷河期を火山が活発な活動を繰り返していたとこで温度がかろうじて保たれ、ドラゴンは生き延びたそうだ。大昔は陸続きだった インドネシアは、その地下火山活動で無数の島々に別れる事となり、必然的にドラゴンの生息範囲は狭められ、コモド島に生息することになり「コモドドラゴン」と呼ばれるようになったらしい。毒を持つ最強のトカゲだが、今は保護の対象とされ、コモド国立公園が生息地。遠いその地に居るドラゴンの寝息を「秋澄む」「秋の声」などの季語も踏まえて「星月夜」に託され、心の中に聞いていると、字面だけを追えばそんな感じなるが、爬虫類好きの私はドラゴンを見てみたい、触ってみたいと思うが一般的には「恐い物」である。天敵をもたず、人間も捕食対象であることを思えば、今、人類を脅かしている新型コロナウイルスの比喩とも思われる。一旦感染者が減っているのはドラゴンが眠っているからで、目覚めたら・・・と、星月夜の変わらない美しさを仰ぎ憂慮の作者なのかも知れませんね。(博子)


声明の音をはづすも萩の風 小林邦子

2020-11-14 17:57:13 | 日記
声明はお経に節がついたもので、仏教寺院で僧侶が儀式の時に唱える男性合唱で、仏さまの教えを讃歎する仏教の聖歌にあたるものだそうです。752年に東大寺大仏開眼供養の大法要が行なわれた際に、国中から約1万人のお坊さんが集まり、420人で声明を披露したという記録が古文書に記されているそうですし、「日本人の魂の子守歌」ともいわれているそうなのですが、正直に言えば、私にはあまり馴染みがない音楽です。しかし、寺院でしか聞けなかった僧侶の男声合唱である声明をコンサートとして劇場公演し、現代音楽の作曲家による新作声明にも挑戦している僧侶グループがあるそうで、聴いてみたくなりました。「音をはずすも」とあるのでお寺で練習中でしょうか。季語は「萩の風」。叢萩がグンと風に動いて、若干散るような風情が荘厳さを邪魔せず配されていて、味わい深い句でした。(博子)

群青の海に消えゆく秋燕 倉基七三也

2020-11-12 04:55:31 | 日記
子育てを終えたツバメたちが、また南の国へ渡りを始める。「群青の海」は秋になって色が深く波がやや高くなった海なのでしょう。燕の白いお腹を思えば色の対比も美しいですね。春の飛来の時には単独で行動で、秋の渡り(南下)の時には天敵から身を守るための手段として大きな集団を作り、1日に約300キロを約1カ月から1カ月半かけて渡りきるということです。小さな体で時には時速200キロ近くのスピードで飛行しているそうですからびっくりです。でもその年生まれの若鳥たちは、天敵に襲われたり、天災に巻き込まれたり、力尽きて海の中に消えていったり・・・若鳥の一年後の生存率は一割にも満たないそうです。自然界は小さな命に容赦なく過酷です。「無事に帰れますように」と、秋燕を見送る作者ですね。(博子)