「滝」の俳句~私の心に見えたもの

220728 佐々木博子(「滝」瀬音集・渓流集・瀑声集 推薦作品より)

鉛筆で髪結ふ人や雪見酒 横田みち子

2018-02-19 20:06:31 | 日記
「鉛筆で髪を結う」という意外から、雪見酒の風流へ。この展開のリアリティは見事である。鉛筆が家の中で起きている手わざとして、左手に髪の毛を集めて持ち、右手に、今使っていた鉛筆を横に添えて髪を絡め、鉛筆を軸に時計回りにぐるっと巻付け、要するに夜会巻にする。書くのを止めた事。燗を付けるためにキッチンに立つのだから取り敢えずまとめた髪。折しも降る雪が小さな非日常として詠まれ、白いうなじと呼応する。(博子)

数の子を噛むや無念の音すなり 堀籠政彦

2018-02-15 04:10:01 | 日記
 数の子は子孫繁栄を象徴する食べ物としてお正月の縁起物。北大路魯山人は「数の子は音を食うもの」だと言っている。「パチパチプツプツと噛む、あの音の響きがよい」「数の子も口中に魚卵の弾丸のように炸裂する交響楽によって、数の子の真味を発揮しているのである」と。そして作者は「無念の音」がすると言う。孵ることなく食べられる音として噛みしめているのだろう。これからずっと、食べる度に思い出してしまいそうな句だ。(博子)


狼の滅びゆくとき綺羅と星 平川みどり

2018-02-12 20:01:20 | 日記
 読んだ途端、私の中に「地上の星」という中島みゆきの曲が流れて来て戸惑った。自分が掲句に感じているものは何なのだろう。単純に「星」繫がりとも言えない気がする。この歌は燕の高みから地上の星を見下ろす歌詞のようでいて、あくまで立ち位置は地上。地上の星を見失いがちな一人として、哀しみを含んで歌われる。狼は滅びる時でさえ、格段な栄華や権勢を失わない星として存在する。作者の独自さと普遍さがこの句にはあり、耽々と輝く狼の目が力を失わないのだ。私は私の感覚を信じる。(博子)

ピラカンサの人を恐れぬ赤さかな 谷口加代

2018-02-09 05:51:34 | 日記
 ピラカンサは私の歳時記は載っていないが、実千両、実万両とともに、冬枯れの庭に赤い実が鮮やかで、新しい歳時記には載っているのかもしれない。小さな赤い実がごつごつ固まって、葡萄のような密度で、重そうな程になっていてとても目を引く。名前は、火のような真っ赤な実を意味する「pyro=炎」と、枝の「acantha=棘」を合わせてつけられたそうです。「人を恐れぬ赤さ」という既成概念で終わらせない作者の感受を讃えたい。(博子)