「滝」の俳句~私の心に見えたもの

220728 佐々木博子(「滝」瀬音集・渓流集・瀑声集 推薦作品より)

外国に飢餓の子ありぬ春の雷 小野寺禮喜子 「滝」4月号<滝集>

2012-04-30 06:11:34 | 日記
 あたりがすっと薄暗くなり、春雷が鳴った。そこから飢餓
の子に思いが至るまでどんな連想がなされたのだろう。春雷
も天変地異の一つ、避けられない恐さが、東日本大震災と結
びつく、少しずつではあるが復興にむけての動きが見える中、
地震による原発事故の放射能汚染は、食べ物を食べられない
物として、セシウムの数値に現される。自分はさておき、子
供達への食べられない事への懸念は、春雷の向こうにいる事
情の異なる飢餓の子に向けられた。そんな風に読んだがどう
なのだろう。掲句に限らず、佳作俳句の言葉の少なさは、私
にあらぬ想像ももたらす。(H)

遠き日の水の匂いや鳥帰る 千葉 惠 「滝」4月号<滝集>

2012-04-26 06:12:59 | 日記
 若き日への郷愁に誘われている「水の匂ひ」と思う。鳥が北
へと帰って行く。鷹などの襲撃を避け、小型の鳥は夜間に渡る
ことも多いと聞く。星を道しるべに北を目指す鳥の群れに耳を
敏くしている気がした。もう春になるのだなあという感慨に、
ふと故郷の雪解の水の匂いが蘇った。それは何かしらの思い出
と結びつき、作者の胸を騒がせるのだろう。(H)