行雲流水

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法灯明

2021年05月04日 | 法句経
水道をつくる人は水をみちびき、矢をつくる人は矢を矯め、大工は木材を矯め、賢者は自己をととのえる。(中村元訳『法句経80』)自分の思考を客観的に見つめ直そう。おかしなものに騙されないように。

一つの岩の塊が風に揺るがないように、賢者は非難と賞讃とに動じない。(中村元訳『法句経81』)他人の評価は気にしなくても、他人の助言や意見には素直に耳を傾けよう。

深い湖が、澄んで、清らかであるように、賢者は真理を聞いて、こころ清らかである。(中村元訳『法句経82』)南無阿弥陀仏

高尚な人々は、どこにいても、執着することが無い。快楽を欲してしゃべることが無い。楽しいことに遭っても、苦しいことに遭っても、賢者は動ずる色がない。(中村元訳『法句経83』)これは、ほとんどの人にはあてはまらないが、一つの目標ということで。

自分のためにも、他人のためにも、子を望んではならぬ。道にかなった行ないあり、明らかな知慧あり、真理にしたがっておれ。(中村元訳『法句経84』)政治家、宗教家、カリスマを求めない。神も求めない。自灯明 法灯明

人々は多いが、彼岸に達する人々は少ない。他の多くの人々はこなたの岸の上でさまよっている。(中村元訳『法句経85』) 真理が正しく説かれたときに、真理にしたがう人々は、渡りがたい死の領域を超えて、彼岸に至るであろう。(中村元訳『法句経86』)極楽往生は死ななくてもできる。南無阿弥陀仏

賢者は悪いことがらを捨てて、善いことがらを行なえ。家から出て、家の無い生活に入り、楽しみ難いことであるが、孤独のうちに、喜びをもとめよ。(中村元訳『法句経87』)諸悪莫作 衆善奉 自浄其意 是諸仏教 ちなみに、これは出家者に向けた言葉である

賢者は欲楽をすてて、無一物になり、心のけがれを去って、おのれを浄めよ。(中村元訳『法句経88』)覚りのよすがに心を正しくおさめ、執着なく貪りをすてるのを喜び、煩悩を滅ぼし尽くして輝く人は、現世において全く束縛から解きほごされている。(中村元訳『法句経89』)サルトルの思想と仏法の似て非なるところ。仏法は自我を小さく。