野々池周辺散策

野々池貯水池周辺をウォーキングしながら気がついた事や思い出した事柄をメモします。

大相撲は、だから面白い。

2017-01-23 06:21:25 | スポーツ
2017年初場所、稀勢の里が初優勝した。
14日目、稀勢の里は逸ノ城を押し出しで勝ち、千秋楽を待たず優勝した。千秋楽も必死の形相で攻めてくる白鵬を土俵際でかわし14勝目。
大関昇進後31場所での優勝は歴代で最も遅い記録だとあった。内規等に照らし合わせると、横綱推挙の可能性も高く、日本出身力士としては、
19年ぶりの横綱昇進となるとあった。14日目、付け人から白鵬が負けた知らされると、一筋の涙がこぼれ出た姿がテレビに映る。
 
何度も優勝に迫りながら、同じ大関の照ノ富士、琴奨菊、豪栄道に先を越され、「勝負どころでいつも負ける」「心が弱い」と周囲に
ささやかれる中、テレビ解説の北の富士から毎場所期待の声を聞かされるも、その都度、あっけなく負ける稀勢の里を何度見たことか。
一筋の涙が稀勢の里の心情のつらさを物語っていた。真っ向勝負を貫き、跳んだりはねたりは決してしない。そのあくまで頑固一徹で
遇直な取り口に、我々ファンは何度期待しては諦め、場所が始まる度に期待し、また下位に負ける、この繰り返し。それでも、ファンを
引き付ける魅力を稀勢の里は持っていた。モンゴル力士のように変化技を、奇襲を掛ければとっくの昔に横綱になったであろうに、それを
決してしない稀勢の里の相撲は、遇直なまでのひたむきさを感じられるが、その頑固さが横綱まであと一歩を遠ざけていた。

天皇杯を授与されインタビューを受ける稀勢の里に涙、それも見てテレビ桟敷の当方もまた涙。稀勢の里の優勝、万歳、万歳!! 
国技館の観客の拍手万来は今までになく大きく、多くのファンは皆これを待っていたんだ。
   

当ブログに何度も稀勢の里を取上げて書いてきた。期待しては萎み、その繰り返しだが、横綱の声が聞こえてくる今となっては、
ファンの一人としてそれも楽しかった。例えばこんな事も書いている。
『NHK相撲解説の北の富士も褒め、こんな相撲が取れるんだったらとしきりに解説している。誰だって、稀勢の里の相撲を、
 こんなめっぽう強い相撲を見せられたら誰もが期待してしまう。ところが、期待値が膨らみ切ったところで、がっかりの内容で敗れる。
 夏場所以外はその繰り返しだ。3横綱を圧倒しながら、期待しきれない力士など世の中で稀勢の里くらいだろう。
 それほど稀勢の里の相撲は、期待と失望の繰り返し。3人の横綱を破ったのだからこそ、稀勢の里は一皮剥けたかもしれないと、
 「かもしれない」で語る、その繰り返しが、何時もだ。
 稀勢の里の相撲を見ていると、誰にも負けない力強さに引かれてしまうが、相撲の上手さ、切れの良さは感じられない。
 そんな期待と落胆の繰り返しの稀勢の里の相撲に引かれて何年、これも相撲の楽しみ方のひとつと言ってしまっても、だが寂しさはある』
また、
『稀勢の里が花道から登場すると、場内の雰囲気が一変するのがテレビを介して十二分に感じられる。
 物怖じしない気の強さと、鋭い眼光、強い力士との睨みあいが高揚すると赤みを帯びる容貌の稀勢の里、時間一杯の仕切り、
 ピーンとした緊張の空気が漂ったあと、歓声が場内に響きわたる。
 左押っつけで相手力士を宙返りさせたあとに大写しになる観客の唖然して開いた口が、強さを象徴している。
 玉ノ井親方(元栃東)に押っつけの極意を問うたとNHKで解説していたが、今場所の左押っつけに一段と強さが増した。

 あるメディアのコメントに面白い表現があった。
「力士というのは、京都や奈良に行くとお寺の門で仁王立ちしている顔に似ているものが多い。
 文字通り、仁王さまや四天王など仏像の世界では「天部」と呼ばれ、如来や菩薩などのガードマンに当る。
 ところが、稀勢の里の顔というのは、仁王や四天王ではなく、大日如来や毘盧遮那仏といった、護衛がつく仏さまの顔をしている」
 というのだが、全く同感』

今週の水曜日25日、横綱審議委員会で横綱に推挙される手はずで、来場所の稀勢の里は一皮剥けた横綱を締めた姿で登場する。
これから暫くは、最強稀勢の里の活躍する姿に納得しながらテレビの前に座ることになる。
コメント
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