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内之浦M台地燃ゆ ~2013夏 イプシロンロケット、翔ぶ~

2013-09-18 | 宇宙
The first Epsilon Launch Vehicle (Epsilon-1)

2013-9-14(Epsilon-1打上げ当日)

AM00:00 (打上げ13時間45分前)



熊本県南部の自宅から高速九州道を北上、深夜の北九州空港に到着。
ここで羽田発最終便で到着する宇宙クラスタ諸氏と合流。運転を交代しながら夜通し九州道を南下、鹿児島県の内之浦を目指す。


AM07:30 (打上げ6時間15分前)



九州道から東九州道を通り、鹿屋市から国見トンネルを経由して内之浦地区に到着。
町の入り口には、ロケット打上げに伴う交通規制情報の看板が。



(画像提供:あつ志さん)
内之浦では、町をあげてイプシロンを応援していた。
これまでずっとロケットと共に在った町の、「帰ってきたロケット」に対する喜びと期待の大きさが窺える。


(画像提供:あつ志さん)
内之浦市街地を抜けて、山の上の内之浦宇宙空間観測所方面へ。
この先にある「宮原一般見学場」へは、実に27倍もの競争倍率を掻い潜り入場許可証を手にした見学者しか立ち入ることが出来ない。
その極一部の見学者の一人として選ばれた幸運に感謝しつつ、山の向こうにある見学場へと登っていく。


(画像提供:あつ志さん)
ロケット打上げ時は、内之浦地区の国道も通行規制される。内之浦宇宙空間観測所へと向かうこの道もまもなく封鎖されることになる。


(画像提供:あつ志さん)
宮原一般見学場近くのプレス関係者用報道見学場所では、イプシロンの打上げを生中継しようという報道各社の中継車もスタンバイ。

AM08:00 (打上げ5時間45分前)

宮原一般見学場に到着。
既に多数の見学者が訪れ、ロケットがよく見える場所に陣取り待機していた。我々も空いているスペースを確保し、これから午後1時45分の打上げ時刻までひたすら待つことになる。


宮原一般見学場には顔見知りの宇宙仲間・宇宙クラスタ達が多数集結しており、すぐに皆で集まって和気あいあいピクニック気分で待ち時間を過ごす。
今日は天気予報では鹿児島県大隅半島地方は曇り一時雨となっており悪天候が心配だったのだが、雲は多いものの雨が降る気配はなく、また時折雲間に青空も覗いており、どうやら降雨が打上げに差し支えるようなことは無さそうだ。
ただ、かなり風が強いのが気になるが…


イプシロンの機体はまだ整備塔に格納されており、その姿を見ることは出来ない。
9時頃から発射場上空の天候や気流を測定する観測バルーンの放球が行われるが、強風のせいか何度も繰り返してひっきりなしに行われている。


宮原一般見学場では物販コーナーも設営され、イプシロングッズ類等も多数販売されていた。
これは、知り合いの宇宙ファンの方から我々に差し入れて頂いた「イプシロンちらし寿司弁当」。地元食材にこだわった手作りの中身の美味しさもさることながら、わざわざイプシロン打上げを報じる記事の掲載された本物の新聞紙を使った包装は感激モノ。

AM10:45 (打上げ3時間前)
ランチャ旋回開始。イプシロンの機体がロケット整備塔から引き出される。







惑星分光観測衛星(SPRINT-A)を搭載したイプシロンロケット試験機が、その雄姿を現した。
打上げ直前に緊急停止された前回の打上げ予定日、8月27日以来2週間半ぶりに見るその白く優美な姿に、「今日こそは無事に翔んでくれ!」と願わずにいられない。

PM00:00 (打上げ1時間45分前)
正午。風がいよいよ強くなり、宮原一般見学場には土埃が舞い上がり始めた。
雲も多く、強風で流されていく。その都度、辺りが不気味に薄暗くなったりまた明るくなったり、まるで嵐の日だ。
「これだけの風だと、ひょっとして…今日も打上げ中止になる事を覚悟しておいた方がよさそうだな」
不安と焦りが募るが、我々には待つことしか出来ない。そう、祈って待つことしか…

PM01:00 (打上げ45分前)
報道ヘリが宮原一般見学場の上空を旋回し始めた。また、JAXAの観測か警戒用の小型ジェット機も飛来している。
いつになく賑やかな内之浦上空だが、航空機も強風に煽られているようだ。
気流観測のバルーン放球も数分おきに繰り返される。
風よ、おさまってくれ…!!

PM01:30 (打上げ15分前)
打上げ前最終GO/NOGO判定。結果はGO!

よし、翔ぶぞイプシロン!!

PM01:40 (打上げ5分前)
辺りから「打上げが延期になった」という思わず耳を疑いたくなる声が聞こえてきた。
「えっ!?…何だって!?」
…一瞬、背筋が寒くなり、2週間半前の悪夢が脳裏を過る。

結局、場内アナウンス放送によるとロケット射場近くの警戒海域に船舶が接近しつつあり、万が一の警戒海域侵入に備えて打上げ時刻を遅らせることになったらしい。
「なんてこったい… 本当に、最後の最後までハラハラさせてくれるじゃないか今回の打上げは!」

新しく設定され直した打上げ時刻は午後2時ちょうど。幸いにも遅れは僅か15分に留まり、ローンチウィンドウ(打上げ時間帯)の超過による今日の打上げ中止という最悪の事態は回避された。
気を取り直して、新しい「その時」を待つ。
打上げまで、あと約20分…なぁに、かえってお楽しみが長引いたと思えばいいのだ!!

そして、僕は目を2キロ先の白く美しいロケットに向けた。ただそこにいるロケットを見つめた。
それ以外のものは、目に入らなくなった。どうでもよくなった。
イプシロン以外のものは、もう見えなくなった…

僕は、イプシロンと向かい合った。

PM01:58:50 (打上げ70秒前)
打上げカウントダウン肉声読み上げ開始。



PM02:00:00 (打上げ時刻)














(以上7枚、画像提供:あつ志さん)

…その瞬間。M台地が燃えた。
僕の心もまた、燃え上がった。喜びとも興奮ともつかない、ただ大きな感情が突き上げる。ほとばしる。
内之浦に、M台地に、ついにロケットが帰ってきた。
あの日。最後のM-Vロケットを見送ってから、ちょうど7年。
栄光のM(ミュー)の系譜を受け継ぎ、さらに成長して、世界最高峰の日本の固体燃料ロケットが、今ここに帰ってきたのだ…







(以上3枚、画像提供:あつ志さん)

おかえり。きみのことをずっと待っていたんだよ。
…さあ、また新しい旅を始めようか。
一緒に行こう、翔ぼう!僕たちのロケット、僕たちのイプシロン!!

…帰ってきてくれて、本当にありがとう…




M-Vよ。そして、全ての日本の固体燃料ロケットたちよ。
見えているかい?今、一番新しい弟が生まれたよ。
随分と産みの苦しみを味わったし、それに今はまだ小さいし、ちょっと頼りない弟かも知れない。
でも、彼はきっとこれから大きく羽ばたいていく。きっと、新しい歴史を創り上げていく。
だから、これから先も彼のことを宇宙(そら)から見守り続けていて欲しいんだ…
僕たちからの、お願いだよ。


空を駆け登るロケットロードを見上げて、僕は泣いていた。声も出さずに、ただ泣いた。
…それは、今までで一番嬉しい涙だった…




ふと我に返ると、そこにはただロケット雲だけが残されていた。


やがて、おりからの強風がロケット雲をも吹き飛ばした。
M台地には、もう彼の姿はない。
つい数分前までそこに在った白く美しいロケットは今や上空100キロ以上の宇宙空間に到達し、名実ともに宇宙飛翔物体となった筈である。


(画像提供:あつ志さん)
後に残されたEロケット発射装置のランチャは、異様なほどに黒く焼け焦げていた。
やはり、イプシロンは今までのM-Vとは明らかに違う。
イプシロンはその華奢で優美な姿とは裏腹に、ランチャをこれほどまでに焼き焦がす程の強烈な炎を爆裂させて翔び立つ、猛々しさも併せ持つロケットだったのか…

黒く焼け焦げたランチャは、イプシロンの秘めた能力の高さとこれから先の無限の可能性を、静かにそして誇らしく主張しているようにも見えた。

PM03:01頃 (打上げ約1時間後)
視界から姿を消したイプシロンロケット試験機はその後も順調に飛翔し、予定通り搭載していた衛星を分離し軌道投入することに成功した。

イプシロンロケット試験機による惑星分光観測衛星(SPRINT-A)の打上げ結果について
(平成25年9月14日 JAXAプレスリリース) 

イプシロンが最初に宇宙へと送り届けた惑星分光観測衛星(SPRINT-A)も、イプシロンから切り離された後も正常に翔び続け、無事に太陽電池パドルを展開。
目を醒ました衛星は「ひさき(HISAKI)」と名付けられた。

惑星分光観測衛星(SPRINT-A)の太陽電池パドル展開および衛星の愛称について
(平成25年9月14日 JAXAプレスリリース)

ひさきとはイプシロンが翔び立った内之浦の地名であり、この内之浦周辺の地名が衛星に名付けられるのは日本が最初に打上げた人工衛星「おおすみ」(内之浦のある鹿児島の大隅半島に因む)以来のことである。
そう、イプシロンの打上げはまさに日本初の衛星打ち上げに匹敵する、日本の宇宙史上に刻まれる一大事業として取り組まれた出来事だったのだ。

PM04:00頃 (打上げ約2時間後)

イプシロンロケット試験機の打上げが成功したことを確認した僕たちは、宮原一般見学場を後にして山を降りた。
見下ろす内之浦の町並みが美しい。
この山と海に囲まれた小さな小さな町は、宇宙科学研究所のロケット発射場が建設されて以来、常にロケットと共に在った。日本の固体燃料ロケットを支え続けてくれた。
今、7年ぶりに帰ってきたロケットを迎えた内之浦の町は、その喜びと自負に満ち溢れ、祝福された栄光の聖地そのもののように見えた。

PM05:00頃 (打上げ約3時間後)

(画像提供:あつ志さん)
内之浦の市街地がロケット打上げ見学者のクルマで大渋滞していて、山のふもとに降りてくるまでに随分時間がかかった。今夜は内之浦は町を上げての大祝宴となるのだろう。
我々もそろそろ、帰路につくことにしよう。

最後に見上げた山の上の内之浦宇宙空間観測所では、パラボラアンテナが山並みの向こうを見据えている。地球を周回した「ひさき」が内之浦の上空に帰ってくるのを待っているのだろう。
僕たちも、またここに戻って来る。
再来年の冬のイプシロンロケット2号機の打上げの日、またここで再会することを約束して、僕は内之浦の地を後にした。


“僕たちは忘れない。あの夏、灼熱の聖地・内之浦に帰ってきた美しいロケットを。
イプシロンを追いかけた、煌めく長い長い2013年の夏の日々を…”