徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:今野敏著、『マティーニに懺悔を(新装版)』(ハルキ文庫)

2022年11月17日 | 書評ー小説:作者カ行

『マティーニに懺悔を(新装版)』は、富士見ヶ丘を舞台とし、「シノさん」と呼ばれるバーテンダーの経営する細長いカウンター・バーの常連の茶道の師匠が語る短編連作です。〈私〉より5歳年下の幼馴染でピアニストの三木董子(25)とアイルランド人のベンソン神父がこのバーでの飲み友達。
元は『男たちのワイングラス』というタイトルでしたが、新装版で改題。
「怒りのアイリッシュウイスキー」「ヘネシーと泡盛」「ブルゴーニュワインは聖なる血」「マティーニに懺悔を」「鬚とトニック・ウォーター」「ビールの泡」「チンザノで乾杯」「ヘネシーの微笑」の8話が収録されています。
タイトルから察せられるように、この作品ではお酒が重要な役割を果たしています。〈私〉とベンソン神父が飲むのはブッシュミルズ、董子が飲むのは芳醇なヘネシー。

主人公は、武道の家系の生まれ。元は示然流剣術道場だったが、大陸に従軍した曽祖父が中国武術を極め、独特の拳法を編み出し、一子相伝の秘技として代々これを伝える。ところが〈私〉の父は剣術道場を止め、武術と相性がいい相山流の茶道教室に看板を掛け換えてしまったため、それを受け継いだ〈私〉は茶道の師範になります。
しかし、一子相伝の秘技は子どもの頃からみっちり仕込まれているため、見かけによらず武道家。祖父が有名な武道家で任侠の輩に武道を教え、兄弟の盃を交わし、その人たちが今では様々な組の幹部または組長になっているため、〈私〉は「若」と呼ばれて、街の人たちに面倒事が起こるたびに頼りにされます。
「ヘネシーと泡盛」では沖縄出身の武道家が董子を賭けて〈私〉に対して道場破りを挑みます。四畳半の茶室で展開する茶道と武道の折り重なる対決シーンは非常にユニークで、こういう勝負もあるのかと感心させられました。

〈私〉は幼馴染の董子に密かに思いを寄せていますが、自分が武道家であることは内緒にしています。『スーパーマン』のクラーク・ケントとロイスの関係を彷彿とさせる関係ですね。
ベンソン神父はイエズス会士で「神の戦士」として常に「シショウ」の〈私〉を焚きつけ、共に面倒事の解決に当たります。
バーテンダーのシノさんも只者ではない過去を持っており、毎回いい味を出していますが、「マティーニに懺悔を」で過去のしがらみである元弟分が富士見ヶ丘で起こしたトラブルの後始末に活躍します。
「チンザノで乾杯」で初めて〈私〉の父が登場。彼と共に富士見ヶ丘にイタリアン・マフィアが溢れ、物騒なことに。このマフィアとのやり取りで、董子に〈私〉がかなり強いことがバレてしまいます。
最終話の「ヘネシーの微笑」は、タイトルから分かるように董子の話です。お嬢さん芸ではない本格的なコンサートピアニストを目指してパリ留学をしますが、留学斡旋エージェントが詐欺で、危うく強姦の上に売春をやらされる羽目になります。詐欺に気付いた〈私〉とベンソン神父がパリまで董子を救出に行きます。
そこでようやく〈私〉は董子にプロポーズ。
周りからはさっさとくっつけと言われてはいたものの、当人たちは恋人だったことはなく幼馴染の飲み友からいきなり結婚?とちょっとした飛躍がなくはないのですが、まあ、危ないところを助けてもらったし、それまでも意識してないではなかったので、はっきりプロポーズされれば受けるのはアリでしょうかね。

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書評:今野敏著、倉島警部補シリーズ『曙光(しょこう)の街』他全6巻(文藝春秋)

2022年11月17日 | 書評ー小説:作者カ行

『ボディーガード工藤兵悟』シリーズの4巻『デッド・エンド』で日露混血の凄腕エージェント・ヴィクトルが登場していたので、『曙光(しょこう)の街』を始めとする倉島警部補シリーズを知り、こちらのシリーズも読んでみることにしました。
これまで『曙光(しょこう)の街』、『白夜街道』、『凍土の密約』、『アクティブメジャーズ』、『防諜捜査』、『ロータスコンフィデンシャル』の6冊が出版されています。
最新刊の『ロータスコンフィデンシャル』は単行本が2021年7月に発売されたばかりで、まだまだ続きそうな感じです。

第1巻『曙光(しょこう)の街』の単行本が出たのは2001年のことで、冷戦終了からさほど時が経っていない頃、元KGBの特殊部隊員ヴィクトルが赤坂で勢力を伸ばすヤクザ組長を暗殺しようと日本に潜入。情報収集に単調な日々を送っていた警視庁公安部外事第一課・倉島警部補がこの事案を担当することになり、スパイ合戦の攻防の激しさに自分の認識の甘さから危うく死にかけます。ヴィクトルが冷血な殺人鬼でなかったから救われただけなのですが、以後「あの伝説のヴィクトルと渡り合った男」として公安部内で名を馳せることになります。

『白夜街道』では、ヴィクトルがあるロシア人貿易商の護衛として来日し、両者が出国して数日後に外務省職員が死亡します。その職員はロシア人貿易商と会っていた。毒殺の疑いが濃厚のため、倉島警部補が外交的解決のためにロシアへ行きます。一方、ヴィクトルは元KGB仲間で警備会社の上司と警備対象のロシア人貿易商との間の対立に巻き込まれ、罠に嵌められてしまいます。
誰が味方で誰が敵なのか分からない入り組んだ事情のストーリー。

『凍土の密約』では、北方領土問題が取り上げられます。
赤坂で右翼団体に所属する男が殺害され、二日後、今度は暴力団構成員が殺された。2つの事件に共通する鮮やかな手口から、プロの殺人者の存在を感じさせます。右翼団体はロシアから金をもらって街宣活動をやることもある。また、2件目の殺人被害者の暴力団はロシアと取引がある。どうやらロシアにカギがあるらしいということで、倉島警部補が特捜本部に呼ばれます。その後も殺人が続き、連続殺人の様相を呈しているが、被害者の共通点は何なのか。 北方領土にまつわる過去の密約が現在にどう利用されるのかが焦点となります。
ロシア内政問題と日露の外交問題が複雑に絡んでいて、興味深いですが、背景説明が長くなりすぎるきらいがあります。
倉島警部補はすっかり公安マンとして認められ、エースになるための登竜門である「ゼロ」の研修を受けることに。

『アクティブメジャーズ』では、倉島警部補が「ゼロ」の研修から復帰して、先輩公安マンの動向を探るオペレーションを手探りで行います。そんな中、全国紙の大物が転落死し、二つの事案が思いがけず繋がりを見せ始めます。自分で考え判断し、時に上司の指示に反することも辞さないことでエース候補としての実力を見せますが、まだまだ危うい失敗もします。

『防諜捜査』では、倉島警部補が外事第一課に籍を置いたまま作業班への移動を命じられます。
ロシア人ホステスのマリア・ソロキナが鉄道線路に転落し、轢死する事件が発生し、飛び込み自殺の線で捜査は進むが、中学校教師の九条という男が現れ、事件はオレグというロシア人の殺し屋による暗殺だと証言する。九条は事故の前日に秋葉原の駅でオレグを目撃しており、自身も命を狙われていると語ります。倉島は、九条の証言を元に「作業」として捜査を進めるが、重要参考人として目をつけたマリアの恋人・瀧本までもが、列車の人身事故(?)で死亡してしまう。一人一人ならば事故か自殺で片付けられるところを恋人2人そろってとなると偶然ではありえないので、殺人事件として捜査が始まりますが、暗殺者「オレグ」はまるで幽霊のように掴みどころがないまま。オレグは存在せず、証言者の九条が殺人犯だという疑いが浮上します。真の暗殺者は誰なのか、どこの思惑で動いているのか。倉島は作業を成功させられるのか。

『ロータスコンフィデンシャル』では、倉島警部補は来日するロシア外相の随行員の行動確認を命じられます。同時期にベトナム人の殺害事件が発生し、同僚たちはその事件を気にかけて、倉島に調査の相談を持ち掛けますが、なぜか彼は「気にし過ぎだ」と取り合わない。「ゼロ」帰りのエース候補の危機意識や嗅覚が急に働かなくなったのかと同僚たちは訝しみつつも独自に調査を始めます。
ベトナム人殺害の容疑者にロシア人ヴァイオリニストが浮かび上がる一方で、外事二課で中国担当の盛本もこの事件の情報を集めていることが分かり、ようやく倉島も事の重大さに気付いてベトナム、ロシア、中国が絡む事件の背景を探ろうとしますが、上司からは「作業」の認定なしに別部署の人員を利用したことを叱責され、連絡の取れなくなった同僚を探し、ベトナム人殺害事件の背景の捜査を「作業」として認められず、1人で動く羽目になります。
ベトナム、ロシア、中国の工作員たちが日本で暗躍し、公安部がそれに対処するというパターンはシリーズのお約束に則ってますが、前半に倉島にボケさせるのはなんとなく不要な気がしました。前半で信用を失い、後半でそれを取り戻すというストーリー展開はマンネリを避ける捻りの一種なのかもしれませんが、ボケの理由が慢心ではいまいち説得力に欠けるような気がします。
さて、今後、このシリーズは倉島警部補が本物の公安エースになるまで続くのでしょうか。

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