徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

ドイツ情報、ヨーロッパ旅行記、書評、その他「心にうつりゆくよしなし事」

書評:池井戸潤著、『民王 シベリアの陰謀』(KADOKAWA)

2022年11月18日 | 書評ー小説:作者ア行

内閣総理大臣・武藤泰山とその息子・翔がテロに遭い、なぜか中身が入れ替わるというSFめいた政治コメディを描いた『民王』の続編である『民王 シベリアの陰謀』は、発足したばかりの第二次内閣の「マドンナ」環境大臣・高西麗子が発症すると凶暴化する謎のウイルスに冒され、衆目の中で暴れて隔離保護されることに端を発した感染拡大の国家的危機の話です。
武藤泰山の息子・翔も仕事で京成大学の並木又二郎ウイルス学教授に届け物をした際に、後に「マドンナ・ウイルス」と命名されるこのウイルスに感染した教授に襲われ、自信も感染してしまいます。幸い翔は発症せず、間もなく隔離から解放されます。
武藤泰山は東京感染研究所長の根尻賢太を感染対策チームリーダーに任命し、その助言を受けて緊急事態宣言の発令を断行しますが、野党や国民の受けが悪く、政敵の東京都知事・小中寿太郎はこれを好機とばかりに「独自のウイルス対策」を打ち出し、緊急事態宣言を陳腐化させてしまいます。
一方、ウイルスの感染拡大自体がそもそも政府の陰謀だとする陰謀論者たちも活気づき、内閣支持率は急落、与党内からも武藤退陣の声が上がり始めます。
武藤親子はこの国家的危機をどう乗り越えて行くのか。また、ウイルスの出所・感染ルートに本当になんらかの陰謀が絡んでいるのか。

実際のコロナウイルスを巡る政策や世情を反映した作品ですが、現実と最も違うところは武藤泰山が骨のある政治家で、本当に国と国民のためを思って行動しているところです。
「本当にそうだったらいいのに」とため息をつきたくなるようなストーリー展開です。



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書評:情報文化研究所著、高橋昌一郎監修『情報を正しく選択するための認知バイアス事典』(フォレスト出版)

2022年11月18日 | 書評ーその他

『情報を正しく選択するための認知バイアス事典』は論理学的アプローチ、認知科学的アプローチ、社会心理学的アプローチの3つのアプローチに分類され、それぞれ20個、合計60個のバイアスを定義・関連バイアス・具体例・対策・参考文献という一定の型式に従って紹介します。
「吊り橋効果」や「サブリミナル効果」などの有名なものから一般にはさほど知られていないものまで、比較的わかりやすくイラストや図解を使って説明されています。
60個全部を記憶して対策するのは無理ですが、一度通して読むことでいかに人間の感覚や思考があてにならないかを知ることは、様々な誤謬に知らずに陥ることを防ぎ、より客観的・論理的・批判的に思考するための一助となります。

以前にロルフ・ドベリの『Think Smart 間違った思い込みを避けて、賢く生き抜くための思考法』のドイツ語版を読みましたが、内容的には重複する部分も少なくありませんでした。こちらでは52種類のバイアスが紹介されていました。
両者を比較すると、『認知バイアス事典』はタイトルの通り〈事典〉として使うのに適した体裁になっており、『Think Smart』は読み物としての面白さがある一方で、練習課題が付録についているところが実践向きと言えるでしょう。
どちらも良書だと思います。

書評:池井戸潤著、『ハヤブサ消防団』(集英社文芸単行本)

2022年11月18日 | 書評ー小説:作者ア行

池井戸潤作品は実に3年ぶりに読みました。足袋屋がランニングシューズを開発するストーリーの『陸王』を読んだのが最後でした。

『ハヤブサ消防団』は、亡き父の故郷に東京から移住した売れないミステリ作家・三馬太郎が主人公のミステリーです。
中国地方の田園地帯。田舎なので人々はよそ者には開放的ではないのですが、太郎は両親の離婚のせいで疎遠になっていたものの、祖父母が健在の時代は訪れることもあったので、「ああ、野々村さんとこの息子か」と出戻った村の子のようにすんなり受け入れられます。
濃厚な人間関係も含めて田舎暮らしの醍醐味と心得、村人たちに誘われるまま自治会に入り、その会合の後の飲み会で、今度はハヤブサ地区の消防分団に勧誘を受け、それにも愛郷心を示そうとして引くに引けなくなって入団することになります。
そして入団式の日、放火と思われる火事が起きて早速出動することに。実はハヤブサ地区では立て続けに謎の火事が起こっており、放火か過失または事故かうやむやになったままで、村人たちは何かおかしなことが起こっているという不安に苛まされており、消防団は村と村人を守るために気合を入れています。
もう1つの村の悩みは太陽光発電の会社による土地の買い取りだった。村人が様々な事情でその会社に土地を売り、その後に作られたソーラーパネルパークが景観を損ねています。その会社が土地を買い占めようとしているのは他に目的もあるようだ。
長閑な田舎に放火犯、殺人犯、ソーラー会社、ハヤブサ地区にいい感情を抱いていない村長、新興宗教などが複雑に絡み合い、不穏な影を落とす中、太郎はミステリ作家としての推理力を発揮して真相の究明をめざしますが、その身には危険が迫り、誰が本当の敵なのか、スパイが誰なのか分からなくなり、ハラハラします。
見事な長編小説です。


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