幸福は、人類に共通で、古来より追求されてきた感覚である。
個人の幸福感は、周囲に伝わる。逆に、個人の幸福は社会全体の幸福の影響を濃厚に受ける。
しばしば幸福は個人のものと考えられがちだが、社会全体の幸福と相互に影響し合う。人は社会的生物で、無人島に一人暮らす場合を除き、個人の幸福と社会の幸福は、互いにリンクしており、まわりまわって個人の幸福につながっていく。
近年、社会の幸福の追求を政策課題として見る動きが出てきた。ブータンやニュージーランドなどで具体的な政策判断に取り入れているし、日本でも教育や環境などの分野で重要な考慮事項になってきている。
しかし、幸福の概念は単純なものではなく、社会・文化によってとらえ方に違いがある。その国固有の幸福感があるようだ。
欧米では個々人が幸せになる因子として、個人単位で健康、教育、収入、楽観的性格、自尊心が安定している人が幸福であり、そこにはより高みを求めるというものに見える。すなわち、欧米では「独自的、絶対的な、幸福観」が主である。アメリカ企業のCEOたちの報酬は私どもが理解できないほど高額であるが、この面にも現れているように見える。
日本的幸福感はあくまでも個人単位ではなく、良くも悪くも他者とのバランスを重視し、自分だけが幸せになることに引け目を感じる考え方が多い。それが転じて、人並みの幸せ+アルファの幸せを手に入れればそれで良いということになりやすい。競争を経て獲得するというより、まわりまわって自分にも幸福がやってくるという信念である。そのように、日本では「協調的、相対的な幸福観」が主である。
したがって、日本の幸福感を測定するために、「人並み・協調的幸福」という尺度が必要である。
日本人の「幸福感」に表れているように、自分の幸福と周りの幸福の関係は切り離せない。
個人が社会の中で暮らす以上、個人の幸福と社会の幸福は互いがリンクしている。
その際、日本でも「多様性」を認め合うことが必要である。身近な集団内で信頼関係を築けてこそ、多様な人や新しい考え方を受容できる部分が広がっていく。