まりっぺのお気楽読書

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ロシア皇帝アレクサンドル1世妃 エリザヴェータ

2009-07-15 01:10:29 | ロシア皇妃
とっってもお姫様体質に見える…
アレクサンドル1世妃 エリザヴェータ・アレクセーエヴナ


1779~1826/在位 1801~1825

なんだか肖像画が、芸能人が描いた二科展入選の絵みたいなんですけど…

18~20世紀初頭の小説を読んでいると、よく貴婦人が失神するんですけどね
この方はそんなタイプなんじゃないかと思うのは肖像画のせいかしら?

              
                 こんな感じが…喉痛そう

バーデン公女でパーヴェルの最初の妃ナタリヤの姪にあたります。
改名前はルイーゼという名前でした。

         
可愛い孫の嫁探しをしていたエカチェリーナ2世に招かれてロシアを訪問し
その美しさが気に入られて結婚することになりました。
ルイーゼもアレクサンドルに(ハンサムだったんだって)ひと目惚れでした。

              
              あまりにも可愛いのでもう1枚のせちゃう

エリザヴェータに改名して結婚したのは15歳の時です。
元気はつらつなお年頃のはずなのですが、彼女はすぐに病にかかってしまいます。
まずは宮殿の寒さ…居間や舞踏室以外の見えないスペースはかなり手抜きだったらしい。
それからホームシック…とても仲のよい家族で母親が恋しくなっちゃったんだって。

そしてロシア宮廷…たいした娯楽がなく
(フランスには負けると思うが)淫らな雰囲気に溢れていた
宮廷の毒気にやられちゃったみたいです。
なにしろエカチェリーナ2世の若~い愛人ズーボフにも言い寄られたらしいですからね。

それに息子アレクサンドルを自分の皇位をおびやかす存在として嫌っていたパーヴェルは
エリザヴェータのことも警戒していたようです。
彼女もパーヴェルが嫌いで在位中は宮廷を避けていました。

エリザヴェータの拠り所は愛するアレクサンドルだけで
“ 彼がいなければ死んでしまう ” と記しています。

あぁそれなのに、アレクサンドルは権力者だしハンサムだからもてるじゃない?
女性たちがほっておかないじゃない? ということで愛妾を持ち始めます。
特にポーランド貴族の人妻マリーヤ・ナルイシキナとの関係は15年以上も続きます。

寂しいから…というのは言い訳になるかどうか分かりませんが
エリザヴェータも夫の友人チャルトリスキーや士官オフシニコフなどと
愛人関係になってしまいました。

あんなに怯えていた愛欲の世界に足を踏み入れてしまったわけですね。
オフシニコフは1807年に死亡していまして
アレクサンドルか王弟コンスタンチンの命令で殺害されたと噂になりました。

しかし、やはり貴族の出。
公の場やナポレオンとの戦時中はしっかり皇帝を支えたらしいですよ。

1825年、エリザヴェータは体調を崩します。
女遊びにも飽きたか妻に優しい気持ちを起こしたアレクサンドル1世は
一緒にアゾフへ療養の旅に出ることにしました。
しかしその途上でアレクサンドルが熱病で急死してしまいます。
5ヶ月後に埋葬を終えてエリザヴェータも亡くなりました。

ちなみに…
アレクサンドル1世は破竹の勢いのナポレオンを打ち破って
全ヨーロッパの王室にロシアの存在を認めさせた英雄でした。
死後1度も柩を開けることなく埋葬されたので根強く生存説が残ったそうですよ。
義経とかチンギス・ハンみたいな感じかしら?

決して幸福だとはいえない結婚生活だったかもしれないけど
最後にふたりきりの楽しい時間が持ててよかったですね。

(参考文献 デヴィッド・ウォーンズ『ロシア皇帝歴代誌』
      外川継男氏『ロシアとソ連邦』 Wikipedia英語版)

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