男涙の台湾演歌

　台湾の庶民の生活を見て行くと、妙な場所で我が国の文化がなんとも不思議な形で息付いていて、どんな顔をして受け止めたら良いやら身の置き所がないような気分にさせられることがある。それはたとえば、かってかの地を植民地支配をしていた当時に強制的に植えつけられた日本文化の残滓であったり、あるいは、今日の若者たちによるやや能天気な日本の最新流行への憧れであったりする。台湾演歌などというのも、その一例といえるだろう。

　音楽の概要としては、日本の演歌の古い形、昭和３０年から４０年代あたりにあった、古い演歌のパターンが原型となっているようだ。つまり、カラオケ・スナックで孤独に熱唱するより、宴席で、時に手拍子などを伴って歌われるのがふさわしく思われるような、かってののどかな庶民文化としての演歌である。それが台湾風に誤読され、独自の進化を果たしたものと言っていいだろう。いつ、どのような経緯でかの地に流入したものか、不勉強でいまだに分からずにいるのだが。

　あまりにもベタ過ぎて日本の歌手なら、もはや用いないような泥臭い”ド演歌のイントロ”をフル・オーケストラが奏で、その狭間で”古賀政雄直系”のギターがむせび泣く。嫋々と吹き鳴らされる尺八と、カッポンカッポン鳴り渡る鼓など聞いていると、私の世代の日本人なら”任侠道の人”に扮した若き日の高倉健が着流しにドスを呑んで桜吹雪の舞う中、抗争相手のヤクザの親分宅に殴りこむ、そんな映画のシーンがいやでも浮かんできてしまうのだが、台湾の人々はこの音に、どのような思いを託しているのやら想像もつかない。

　台湾演歌の支持層は、社会の下層に属する人々、といった解説も聞いた覚えがある。なにより、台湾演歌のほとんどが北京語ではなく台湾語で歌われている。これは台湾演歌理解のためにまず、押さえておかねばならない事実だろう。

　国共内戦に敗れて台湾の地に逃れた国民党政権側の人々と、日本の支配を脱したと思ったらこんどはその国民党の支配下に入る事となった台湾原住の人々との間の軋轢、それが双方の心に残した傷は、当時の台湾を舞台にした「クーリンチェ少年殺人事件」「非情城市」の２本の優れた映画によって両方の側から描かれているが、この問題は今だ台湾という”国”の根幹に横たわっている。北京語を話す人がいて、台湾語を話す人がいる。それぞれの現実を生きている。”台湾語による大衆音楽”であること自体が、何事か重い意味を持たざるをえない。

　そんな台湾演歌の女王ともいうべき存在が、蔡秋鳳だ。”卑俗なる高貴”みたいな矛盾した表現をどうしても使いたくなってしまう歌手である。凛と胸を張り歌う様が見えてくるようなきっぱりとした歌声なのだが、その発声法を、たとえばクラシック畑の人は絶対に誉めたりはしないだろう。妙なところでひっくり返り、時にヒステリックな擦袈音が洩れる。
　そんな歌唱法をむしろ誇るように、堂々とアクの強い台湾語でベタな演歌を歌い上げる彼女のありようは、高度に洗練された芸術表現などでは救われぬ、寄る辺なき庶民が抱く喜怒哀楽の庇護者として立ち上がった女神のようにさえ感ぜられるのである。

　カセットでしか持っていなくて悔しいのだが、ここにある「金包銀」が、私が聞いた限りでは蔡秋鳳の最高傑作だ。演歌という日本独特の音楽のベースの上に、中国のというよりやはり台湾の、という志が屹立している、そんな一作である。

　（PS.添付した写真は、残念ながら「金包銀」のジャケ写真ではないです^o^;)