”Scrisoare mamei”by Daniela Mudreac
初めて聞くモルドバ共和国の歌手のアルバムである。と言ってもたいていの人は「どこにあるんだ、その国は?」って反応だろうけど。
昔々、まだニュースステーションをやっていた頃に久米宏がこの小国に関するニュースを読み上げるのを見ていたんで、私にはモルドバがウクライナとルーマニアの間に挟まれた細長い国で、国民はルーマニア・ルーツの人々である、なんて程度の知識は持っている。
当時はまだソビエト連邦というものが存在していて、モルドバはそれを構成する共和国の一つだった。そして、例の”独裁者チャウシェスク”の倒れた後のルーマニアへ、モルドバの人々は国ごとの帰属を求めて運動を起こしている、なんてのが久米の読み上げたニュースの内容だった。
その後、モルドバ共和国がどのような道を辿ったのか、詳しくは知らない。分離したかったソビエト連邦はもう存在しなくなって久しい。そこからとうに独立はしたものの、ルーマニアへの帰属は、いまだ行なわれていないようだ。
アルバムの主人公であるダニエラのルックスは、ディートリッヒ風というべきか、ヨーロッパの深い深い歴史の懐に煮詰められたみたいな、それだけでロマンを感じさせる雰囲気がある。CDの表ジャケに彼女の写真が使われていないのが、いかにも惜しいと思うんだが。
音楽的には、ルーマニア・ルーツも何もあるものかというか、むしろ70年代のアメリカのシンガー・ソングライターなどの世界を思わせる部分もある。メロディの流れやアレンジの感触に、あの頃のアメリカの、都会派の女性フォークシンガーみたいな手触りが仄見えている。
私が普段耳にしているルーマニアのポップスの、いかにもバルカンらしく、どこかに中東の匂いが漂う”ヨーロッパの第三世界”的な猥雑なパワーとは大分かけ離れた、まあ行ってみればインテリ臭い音楽で、そこだけで考えれば、どういう次第で引かれた国境線なのか知らないが、モルドバの人々とルーマニアの人々との感性は流れすぎた時間の間で、ずいぶんかけ離れてしまったといえるのかも知れない。などと、このCD一枚聞いただけで言う私も相当に乱暴だが。
ただ、アメリカの歌手だったらきれいな高音で歌い上げてしまうところを、ややくすんだ色合いの声で内向きに歌いついで行くところに、いかにもヨーロッパの陰りを感じさせる。そいつが歌い手のルックスともあいまって、エキゾチックな”東欧の哀愁”をそこはかとなく醸し出しているのが、この歌い手の魅力といえようか。
2曲だけ、”Folk”と銘打たれたトラッド調の曲が収められている。これは強力にバルカンの血が香り、むしろ私はこちらの方をメインに聴かせて欲しいくらいなのだが、これらの曲調などは、今度はルーマニアというよりはハンガリーあたりの伝承音楽をむしろ想起させるものがある。
そのあたり、やはり同じルーツの民族とは言っても、すれ違う部分は結構あるんではないかなあなどと想像してしまうのだが。
もともとは古く洗練された文化を持ちながら、激動する時代に押し流される小国の悲哀を味わい、今ではヨーロッパの最貧国の一つとなっているというモルドバ。検索して出て来たモルドバの街角の、明るい陽の差す表通りと人々の笑顔の写真を信じたい。