ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

ナメンヨルチャ最終便

2011-01-11 02:22:55 | アジア

 ”涙のギター”by 김수희(kim suhui)

 今日の韓国演歌界に”重鎮”として鎮座ましますキム・スヒ女史のデビュー当時のアルバムが再発されたと聞き、さっそく買いに走った私は、別にスヒ女史のファンではなかった。 むしろ、ゴージャスなフルバンドをバックに、周囲を威圧するような迫力で歌いまくる大スターの彼女はやや苦手というのが正直なところで、再発盤には野次馬的興味しかなかったのだ。

 そのアルバム、ジャケ写真はデビュー当時の彼女の写真が使われているのだが、誰かの葬式に行って来たかとからかいたくなるような白黒の地味すぎる衣装で、暗い表情でガットギターを抱える姿もうら寂しい印象である。これは中身のほうもさぞや貧相なトロット演歌の世界が展開されているのではないか、それは逆に面白いんではなかろうか、などと言ったタグイの興味である。
 そして首尾よくCDを手に入れ、聴いてみたのだが。不明を恥じる、とはまさにこのこと。このアルバム、大傑作だったのだ。

 収められているのは「木浦の涙」や「太田ブルース」といった、日本の演歌ファンだって知っているような韓国演歌のスタンダードばかり。そいつを若き日のキム・スヒは、ギター一本、時にさらにベースかもう一本のギターが加わるというきわめてシンプルな伴奏に乗って、実に新人歌手らしい、純な情熱を込めて歌い上げているのだ。
 今日の、ファンキーなアレンジのトロット演歌ばかり聴いている身にはきわめて新鮮な、ナマの生命が脈打つ歌との出逢いだった。

 そして、ジャケの地味さにも得心が行った。彼女が新人歌手だった頃といえば、韓国の実権を軍をバックにしたパク・チョンヒ大統領が握り、まだまだ自由のない時代だったのではないか。なにかといえば戒厳令などがしかれていたのではなかったか。このアルバムに流れるきりりと締まったストイックな叙情を、そんな時代の産物だ、あの時代はある意味良かった、などと言い出す気は毛頭ないにしても。ここには今日の韓国大衆音楽が忘れてしまったものがある。月並みなフレーズで申し訳ない。

 このアルバムは、そんな時間を過ごしていた韓国からの一本の伝言でもある、と言えるだろう。そいつを受け取って我々は。流れ過ぎた30年の歳月を前に、どのような答えが出来るのだろうか。

 デビュー当時のキム・ソヒの映像はないかとYou-tubeを探したんだけど、やはりそんなものはないので、とりあえず私の好きなキム・ヒョンシクの作った歌を彼女が歌っているものなど、貼っておきます。