Entchenssee

「プリンセスチュチュ」ファンページ

ドイツ語強化月間(笑)?

2015-08-28 20:36:17 | ドイツ語強化月間(笑)
gooブログのアクセス解析(お試し)の「検索キーワード」を見てると、時々「なぜこのワードでこのブログに辿り着く?」ていう謎なのがちらほらあって、ちょっと申し訳ない気分になります (-_-)

で、昨日は 'Dschungel'(ジャングル)というドイツ語の名詞の性別を調べてた方が迷い込んで来られたようで(笑)、私も分からなかったので辞書で調べてみました。
結論は、「うーん、なるほど、こりゃ分からんわ」。
ずばり、男性名詞の時も女性名詞の時も中性名詞の時もあるようです。
外来語とか、比較的新しいドイツ語では、性が定まってないのも結構あるんですが、『何でもあり』ってのはさすがにね...(^^;)
ちなみに、男性名詞と中性名詞の時は単数2格(所有格)で語尾にsが付き(女性名詞の場合は付かない)、女性名詞の場合は複数形で語尾にnが付く(男性名詞と中性名詞の場合は付かない)ようなので、その辺で、どの性別で使われているか、区別がつけられるかもしれません。
まあ、調べてた方がまたココを見に来られることはまずないとは思いますが...

非常手段として、名詞の性別が分からない時は、男性名詞として使っちゃう、という手もありますよ(笑)
間違ってても、「間違ってるな」と思われるだけで、実際上の問題は無いし。
ドイツ語はめんどくさい!って面も確かにありますが、フランス語やラテン語に比べれば、遥かにマシです...

Met's 『リング』サイト その5

2011-09-29 01:44:07 | ドイツ語強化月間(笑)
...兼・ドイツ語強化月間(笑)、再び。
御参考までに、ヴォータンの"Leb' wohl"の歌詞も載っけときますね。
(Lop Norによるアヤシイ日本語訳も御一緒にどうぞ)

Metのサイト上で聴けるのは↓に載せたうちの5番目のパラグラフまでですが、一応、文脈的にキリのいい所まで。
(歌自体はもっと長いです)
ちなみに"Leb' wohl."(レープ ヴォール;eはアクセントがあるので、イに近いエです)は、"Leben Sie wohl."(御健勝でお過ごし下さい)にあたる古語で、まあ、「さようなら」とか「お達者で」とかそんな意味でしょうか。


Leb' wohl, du Kühnes, herrliches Kind!
 さらば、そなた、勇ましき栄光の子よ
Du meines Herzens heiligster Stolz!
 そなた、我が心の最も崇高なる誇り!
Leb' wohl! Leb' wohl! Leb' wohl!
 さらば!さらば!さらば!

Muß ich dich meiden
 わしはそなたを避けねばならず
und darf nicht minnig mein Gruß dich mehr grüßen;
 もはや我が愛の挨拶をそなたに送ることも許されぬ
sollst du nun nicht mehr neben mir reiten,
 そなたはもはや、わしのかたわらで馬を駆ることはかなわず
noch Met beim Mahl mir reichen;
 宴にてわしに蜂蜜酒を酌むこともならない

muß ich verlieren
 わしは失わねばならぬ
dich, die ich liebe,
 わしの愛するそなたを
du lachende Lust meines Auges:
 そなた、我が瞳の楽しき喜びよ

ein bräutliches Feuer soll dir nun brennen
 婚礼の炎がそなたのために今こそ燃え上がるであろう
wie nie einer Braut es gebrannt!
 どんな花嫁のためにも燃えたことがないほどに!

Flammende Glut umglühe den Fels;
 燃え立つ炎熱よ、岩の周りに赤々と輝け
mit zehrenden Schrecken
 蝕む恐怖で
scheuch's es den Zagen;
 意気地なしを追い払え
der Feige fliehe Brünnhildes Fels!
 臆病者はブリュンヒルデの岩から逃げ去れ!

Denn einer nur freie die Braut,
 なぜならば唯一人のみが花嫁と結ばれよ
der freier als ich, der Gott!
 神であるわしよりも、自由な男が!

(管理者注:文法変更前の綴り方なので、単語末のssはß[エスツェット]になってます)


文章で見てもお分かりいただけるとは思いますが、耳で聴くと、ちゃんと韻を踏んでるのがより一層分かり易いかと思います。
2番目のパラグラフは、müssenとかdürfenとかsollenとか、助動詞の勉強になりますね(笑)

それから最後に出てくる"der freier als~" 「~よりもfrei(自由な)である男性」(←男性名詞の定冠詞derを付けて名詞化している)ですが、これは、この物語を通じてヴォータンがずっと求め続けていた存在で、ジークフリート Siegfried(自由の勝利の人、というような意味)のことを指しています。
あと、"der Freier"というふうに大文字になると古語で「求婚者」のことで、たぶん直前の文章と掛け詞になってるんだと思います(freienは古語で求婚する、結婚するという意味)。
ちなみにFreia(フライア:ゲルマン神話の愛の女神;たぶん、ふれいあさんの名前のモトですね)も同じ語源。


このあとヴォータンはブリュンヒルデの瞳を称え、その瞳を閉じてキスで神性を抜き取ったあと、岩の上に寝かせ、ローゲ(火の神)を呼び出して、岩山を炎で囲ませます。
このシーンのヴォータンは、やる事が多くて大変(笑)

Met's 『リング』サイト その4

2011-09-25 00:42:37 | ドイツ語強化月間(笑)
兼・ドイツ語強化月間(笑)、かな?

ジークムントの求愛ソング、"Winterstürme wichen dem Wonnemond(冬の嵐は退き、恍惚の月が照らす)"ですが、直訳すると、Winter(冬)-Stürme(嵐;複数形)が、Wonne(歓喜)-Mond(月)にwichen(=weichen:~[3格]に負けて退く;過去形)した、となりますね。

Mondは日本語の「月」と同じで、天体の月という意味のほかに暦の月(=Monat)という意味もあって、"Wonnemond"で「5月」を表す雅語です。
なので本来は「冬の嵐は5月(春)に追いやられた」と訳すべきなのかもしれませんが、ここの場面設定(嵐の中をさまよって来たジークムントが、皆が寝静まった夜中にジークリンデと逢い引きしている/この後、月の光がジークリンデの顔を照らすという歌詞が出てくる)を考えると、この歌詞には二重の意味が有ると思われるんで、私は上記のような(ウラの意味の)日本語訳にしました。

で、↑の冒頭の歌詞の後に、春を讃え、春が冬を打ち破ったと語る言葉が延々と続くんですが、とりあえずそこは飛ばして、最後の核心の部分だけ御紹介しときますね。
(彼は自分とジークリンデを『春』と『愛』になぞらえていますので、そのつもりでお読み下さいませ)

Zu seiner Schwester schwang er sich her,
 彼の妹(愛)のところへ彼(春)はひらりと舞い降り
die Liebe lockte den Lenz,
 愛は春を魅了した
in uns'rem Busen barg sie sich tief;
 僕達の心の奥深く隠れていた愛は
nun lacht sie selig dem Licht.
 今こそ喜びに満ちて光に笑いかける
Die bräutliche Schwester befreite der Bruder,
 花嫁たる妹を兄は救い出した
zertrümmert liegt, was je sie getrennt,
 彼らを隔てていたものは打ち砕かれて倒れ
jauchzend grüßt sich das junge Paar,
 若い恋人達は喜びの声を上げて互いに挨拶し
vereint sind Liebe und Lenz!
 愛と春は一つになる!

...というわけで、彼が何を歌ってるかを考えると、なかなかヤバイ感じなわけです(笑)
ジークムントが父親の名前ヴェルゼ(=ヴォータンが人間界で名乗ってた名前)を告げて、彼らがヴェルズング(ヴェルゼの子孫)であることが分かるのはこの後なんですが、この時点で既にジークムントはジークリンデが妹だと感づいてたようなふうですね。

↓について、

2010-09-26 00:03:17 | ドイツ語強化月間(笑)
「愛の死」は、番組中で流れたのは、ほとんど終わりの方だけ("Soll ich schluerfen, untertauchen,(ue=uウムラウト)" 以降)でしたね。
まあ、この曲を聴かれる機会は多いかと思いますので、その時に下記を参考にしていただければ...
今回の演奏は、最初の「愛の憧憬」のモチーフ(またはイゾルデのモチーフ ←この音型は、ワーグナーの他のオペラでも、イゾルデを表すモチーフとして出てきたりするんですよね)で、いきなりアングレがカスってたりヾ(^o^;)とか、色々やらかしてましたから、もっとちゃんとしたのを聴かれた方がいいでしょうし(笑)

ついでに、イゾルデの歌の後のオーケストラによる演奏部分(ディカプリオ&デーンズの「ロミオとジュリエット」のエンディングで使われてた...)に書かれているト書きを御紹介しときます。
(ちなみにオペラ台本もワーグナー自身が書いてます。最近の演出ではほとんど無視されてますが ( ̄▽ ̄;)
おおざっぱに単語の意味を載せときますので、訳してみて下さいね(笑)
動詞は3人称単数の形になってますので御注意。
ちなみにBrangaeneはイゾルデの侍女、Markeはコーンウォール王で、トリスタンの伯父で主君&イゾルデの夫です。

Isolde sinkt, wie verklaert, (ae=aウムラウト)
in Brangaenes Armen (ae=aウムラウト)
sanft auf Tristans Leiche.
Ruehrung und Entrueckheit (ue=uウムラウト)
unter den Umstehenden.
Marke segnet die Leichen.
Der Vorhang faellt langsam. (ae=aウムラウト)

sinken 沈む
verklaert 神聖な光明に満ちた
Armen Arm(腕)の複数形3格
sanft もの柔らかな
auf ~の上に
Leiche(複数形Leichen) 遺骸
Ruehrung 感動
Entrueckheit 現実離れした感覚
unter ~のもとに
Umstehenden 周りを取り囲む人々(複数形のみ)
segnen 神の恵みを祈る
Vorhang 幕
fallen 下りる
langsam ゆっくりと

ドイツ語強化月間(笑)...か?

2010-09-20 06:29:05 | ドイツ語強化月間(笑)
御参考までに。
たぶん、「愛の死」の歌詞の日本語字幕は出るだろうと思いますが、全部は放送しないかもしれませんし、それにここを御覧の皆様はドイツ語をお聴きになりたいでしょうから(笑)、一応、下記に歌詞を載せておきますね。
Lop Norによる便宜的ドイツ語発音表記(実際の発音とは微妙に違います。さらに、歌う時のドイツ語と普段しゃべる時のドイツ語では、特にrの発音が違います)と、怪しい日本語訳(文学的表現より、忠実な訳を重視しました 笑)付き。
原文では韻が踏まれてることに御注意下さい。

ちなみにこの部分の歌詞には「Liebestod 愛の死」(←”性的興奮の絶頂”を表す隠語らしいです)という言葉は出てきません。
それが出てくるのは第2幕のトリスタンとイゾルデの2重唱の方です。
(過去ログ「映画「トリスタンとイゾルデ」感想」を御参照下さい)


Mild und leise ミルト ウント ライゼ
wie er laechelt, (ae=aウムラウト) ヴィー エル レ(ッ)ヒェルト
穏やかにかすかに彼がほほえむのが

wie das Auge ヴィー ダス アオゲ
hold er oeffnet, (oe=oウムラウト) ホルト エル エフネ(ッ)ト
彼がその瞳を優しく開くのが

seht ihr's, Freunde, ゼーェト イールス、フロインデ
見えるでしょう、ねぇ(みんな)、

seht ihr's nicht? (ae=aウムラウト) ゼーェト イールス ニヒト?
見えないの?

Immer lichter イマル リヒタル
wie er leuchtet, ヴィー エル ロイヒテ(ッ)ト
ますます明るく彼が輝くのが

sternumstrahlet シュテルンウムシュトラーレ(ッ)ト
hoch sich hebt? ホ(ッ)ホ ジ(ッ)ヒ ヘプト?
天高く星の光に取り巻かれているのが?

Seht ihr's nicht? ゼーェト イールス ニヒト?
あなたたちには見えないの?

Wie das Herz ihm  ヴィー ダス ヘルツ イーム
mutig schwillt, ムーティ(ッ)ヒ シュヴィルト
彼の心臓が勇ましくふくらみ

voll und hehr フォル ウント ヘーァ
im Busen ihm quillt? イム ブーゼン イーム クヴィルト?
はちきれんばかりに気高く彼の懐に湧き出でるのが?

Wie den Lippen, ヴィー デン リ(ッ)ペン
wonnig mild, ヴォーニ(ッ)ヒ ミルト
その唇が、喜ばしく穏やかに

suesser Atem sanft entweht. (ue=uウムラウト) ジューサー アーテム ザンフト エントヴェーェト
さらに甘美な呼吸を柔らかく息吹かせるのを。

Freunde! Seht! フロインデ! ゼーェト!
ねぇ(みんな)! 見て!

Fuehlt und seht ihr's nicht? (ue=uウムラウト) フュールト ウント ゼーェト イールス ニヒト?
それを感じ、見ることができない?

Hoere ich nur diese Weise, (oe=oウムラウト) ヘーレ イ(ッ)ヒ ヌール ディーゼ ヴァイゼ
私だけがこの調べを聴いているの?

die so wundervoll und leise, ディー ゾー ヴンダーフォル ウント ライゼ
とても素晴らしくそしてかすかな、

Wonne klagend, ヴォーネ クラーゲント
喜びが嘆かれ

Alles sagend, アレス ザーゲント
全てが語られ

mild versoehnend (oe=oウムラウト) ミルト フェルゼーネント
穏やかに融和され

aus ihm toenend, (oe=oウムラウト) アオス イーム テ-ネント
彼から響いて

in mich dringet, イン ミ(ッ)ヒ ドリンゲ(ッ)ト
私の中に突き通り

auf sich schwinget, アオフ ジ(ッ)ヒ シュヴィンゲ(ッ)ト
上へと翻って

hold erhallend ホールト エルハレント
優しく鳴り渡り

um mich klinget? ウム ミ(ッ)ヒ クリンゲ(ッ)ト
私を包んで響く(この調べを)?

Heller schallend, ヘラル シャレント
さらに朗々と鳴り響き

mich umwallend, ミ(ッ)ヒ ウムヴァレント?
私を囲んで沸き立つ

sind es Wellen sanfter Luefte? (ue=uウムラウト) ジント エス ヴェレン ザンフタル リュフテ?
それは柔らかなそよ風のうねり?

Sind es Wogen wonniger Duefte? (ue=uウムラウト) ジント エス ヴォーゲン ヴォニガル デュフテ?
それは喜びの香気の大波?

Wie sie schwellen, ヴィー ジー シュヴェレン
それらがふくらんで

mich umrauschen, ミ(ッ)ヒ ウムラオシェン
私を囲んでざわめくのを

soll ich atmen? ゾル イ(ッ)ヒ アトメン?
私は呼吸するべき?

soll ich lauschen? ゾル イ(ッ)ヒ ラオシェン
私はそっと耳を澄ますべき?

Soll ich schluerfen, (ue=uウムラウト) ゾル イ(ッ)ヒ シュリュルフェン
私はゆっくりと飲むべき?

untertauchen, ウンタルタオヘン
沈み込むべき?

suess in Dueften (ue=uウムラウト) ジュース イン デュフテン
mich verhauchen? (ue=uウムラウト) ミ(ッ)ヒ フェルハオヘン
芳しい香気の中に甘く息を放ち切って?

In dem wogenden Schwall, イン デム ヴォーゲンデン シュヴァル
うねる高波の中へ

in dem toenendem Schall, (oe=oウムラウト) イン デム テーネンデム シャル
響き渡る音の中へ

in des Welt-Atems wehendem All イン デス ヴェルト-アテムス ヴェーエンデム アル
宇宙に行き渡る世界の呼吸の中へ

ertrinken, エルトリンケン
おぼれ

versinken, フェルジンケン
沈み

unbewusst, ウンベヴ(ッ)スト
無意識になる

hoechste Lust! (oe=oウムラウト) ヘヒステ ルスト!
至高の悦楽!

ドイツ語強化月間(笑)...かな?

2010-08-22 00:58:11 | ドイツ語強化月間(笑)
↓のベルリン・フィルのコンサートの放送を見てて気になったので、一応、念のため補足しておきますと、ヴァルトビューネ Waldbuehne(ueはuウムラウト)の(die)Buehneというのは、一義には「舞台」ですが、日本語の「舞台」と同じで、「劇場」という意味も持ってます。
普通に劇場の名前にも使われます。ってことで。


それにしても、妙な「禿山の一夜」(誰の編曲? 笑)を始めとして、色々とユニークな演奏会でしたね。
レオンカヴァッロの「ボエーム」なんていう珍しいモノも聴けましたし。
でも、ライブ演奏だからってのもあるんでしょうが、異様にテンポが遅くなることが多かった...
「リエンツィ」をあの速度でやられたら管楽器は死ぬ!(笑)

ドイツ語強化月間(笑)...も書かないと...

2009-10-28 22:08:07 | ドイツ語強化月間(笑)
中途半端に放置しちゃってますが、そのうち書きます。
もうちょっとヒマができたら、たぶん(笑)

ところで以前、このシリーズの14で『お店なんかで「~をください(~, Bitte!)」と言う場合は(名詞の)3格を使う』と書きましたが、正しいドイツ語では4格らしいです。
お詫びして訂正いたします。
3格って習ったような気がしてたんですが...先生(オーストリア人)の言い方が普通じゃなかったのか、私が聞き間違えたのか(←たぶんそう)。どっちにしろ20年も前の話なんで、よく分かりません。
でもまあ4格だったら、名詞本体はたいてい1格と同じ形なことが多いんで、楽ですね。
いずれにせよ、サバイバルドイツ語としてなら(ビジネスではダメでしょうが)、あれこれ考えずに「数」+「名詞の基本形(単数、1格)」+「Bitte!」で通じるんで、御心配なく。(実証済み 笑)

手直し

2009-03-26 23:36:18 | ドイツ語強化月間(笑)
前回の記事(ドイツ語強化月間(笑)22)で少し説明不足のところが有ったので、ちょびっとだけ手を入れました。ほとんど違いは無いとは思いますが(笑)

あと(いまさら書かなくてもとっくにお分かりだとは思いますが...)、ついでに自己フォロー(言い訳)しときますと、『チュチュ』を元に私が書いてるドイツ語の文章は、説明しようとしてる内容に合わせて、まぁ間違いではないだろう(願わくば 笑)という程度に訳したもので、あんまりこなれた文章じゃないですし、当然ながら他の表現の仕方(文章)もできると思います。必ずしも『これが正解!』というものではないので、どうぞその点は御了承の上でお読み下さいませ。

ドイツ語強化月間(笑)22

2009-03-25 01:33:27 | ドイツ語強化月間(笑)
『動詞は2番目』(例:Ich bin hier. 「私はここ」)って話の続き...

例えば「~できる」とか「~したい」とかいう文章では、2番目に来るのは、「可能」や「意思」を表す《助動詞》ですよね。とすると、「何を」できるのか(あるいはしたいのか)を表す《動詞》はどこに行くのか?

英語ではそういう場合、動詞は助動詞のすぐ後ろ(You must be here.)ですが、ドイツ語ではなぜか文の最後。

  Du musst hier sein. ド'ゥ ム'スト ヒ'ーァ ザ'イン
  「お前はここにいなければならない」

"sein"て何?とか思わないで下さいね(笑)。「いる(~がある、~である)」という動詞の《不定詞》です。
つまり、人称や時制については(2番目に来る)助動詞が担うんで、動詞の方は変化させないで、基本の形(語幹+en)のままでいいんですよ(ソコは英語と同じ)。

『2番目から追い出されたものは最後へ』ってのは、わりと基本的なルール(他の文型でも使う)なんで、覚えといていただけると便利かと思います。


もひとつ、動詞の位置についての話を。
実はドイツ語の動詞には《複合動詞》と呼ばれるものがあって、読んで字の如く、本体の動詞に、何らかの意味合いを加える(強調・方向性など)《前つづり》がくっついたものです。

  aufstehen ア'オフシュテーエン 「立ち上がる」
  (auf 上に + stehen 立っている)

  bestehen ベシュテ'ーエン 「存続する」
  (be-《~の状態でいる、というような意味づけをする》 + stehen 立っている)

  versinken フェァジ'ンケン 「沈む」
  (ver-《~の状態に向かう、というような意味づけをする》 + sinken 沈む)

  zurueckkehren ツリュ'(ッ)クケーレン 「帰る」 《ue=uウムラウト》
  (zurueck もとへ + kehren 向きを変える)

などなど。(果てしなくあります 笑)
これらは《非分離動詞》と《分離動詞》に分けられ(分けられないのもありますが...)、《分離動詞》は文字通り分離します。

 《非分離動詞》
 ①Entchen besteht als Prinzessin Tutu im Herzen des Prinzen. エ'ントヒェン ベシュテ'ート アルス プリンツェ'シン トゥ'ートゥ イム ヘ'ルツェン デス プリ'ンツェン
  (besteht=bestehenの三人称単数現在 als=~として Prinzessin=王女 Herz=心 Prinz=王子)
  「あひるはプリンセスチュチュとして王子の心に生き続ける」

 ②Entchen versinkt in den See von Verzweiflung. エ'ントヒェン フェァジ'ンクト イン デン ゼ'ー フォン フェァツヴァ'イフルング
  (versinkt=versinkenの三人称単数現在 See=湖 Verzweiflung=絶望)
  「あひるは絶望の湖に沈んでいく」

  注:Entchen(あひる)は固有名詞なので無冠詞。ちなみにふぁきあの書いてた(書かされてた)文章では"Sie"(彼女)になってました(②)。
    ①の文章は、ふぁきあの原稿では、(たぶん)weiterleben(さらに生きる←これも分離動詞)を使った表現になってましたが、
    全文が分からないのと、ちょっとニュアンスが違う気がするので、勝手に作成。
    あと、ふぁきあの原稿では、「湖に」が"im See"(3格)になってましたが、ここは本来4格のハズなんで勝手に修正(笑)

 《分離動詞》
 ③Entchen stand auf. エ'ントヒェン シュタ'ント ア'オフ
  (stand/auf=aufstehenの三人称単数過去)
  「あひるは立ち上がった」

 ④Dann kehre ich in die Erzaehlung zurueck. ダ'ン ケ'ーレ イ'(ッ)ヒ イン ディー エァツェ'ールング ツリュ'(ッ)ク 《ae=aウムラウト、ue=uウムラウト》
  (kehre/zurueck=zurueckkehrenの一人称単数現在 dann=それから Erzaehlung=物語)
  「そして僕はお話に帰っていく」


御覧の通り、人称や時制で変化するのは(当然ながら)『動詞の部分だけ』なので、あんまりあれこれ考える必要は無いです。楽です(笑)

分離するかしないかは《前つづり》によって決まってます。例えば

  be-、ent-、er-、ge-、ver-等(前つづりにアクセントがない)は非分離

ですが、

  an-、auf-、mit-、vor-、zurueck-等(前つづりにアクセントがある)は分離

です。おおまかに言って、前置詞や副詞が前つづりになってる場合(上に、とか、一緒に、とか)は分離するみたいですね。ただしueber-《ue=uウムラウト》(上に)とかunter-(下に)とかwieder-(再び)とかは分離したりしなかったりするようなので、どういう基準かはよく分かりません(笑)

さらに分離動詞では、《zu不定詞(英語のto不定詞にあたる)》を作る時の"zu"や《過去分詞》を作る時の"ge-"が、(単語の頭ではなく)前つづりと本体との間に割り込んでくるとかいう特徴もあります。ちなみに(前にも書きましたが)非分離動詞の過去分詞では頭のge-が付きません。

  aufzustehen ←→ zu bestehen
  aufgestanden ←→ bestanden

前つづりはいっぱいあって、とってもじゃないけど説明し切れませんので(私も覚えてない 笑)、分離する・しないを含めて、出会った時にその都度覚えるしかないでしょうね...まあ、色々見てればそのうちなんとなく見当がつくようになる...んじゃないかな?(笑)と思います。


で、分離動詞の使い方は上の通りなんですが、じゃあ、分離動詞を助動詞と一緒に使う時はどうするのか?
この場合も『2番目に助動詞+最後に不定詞』というのは変わりません。つまり分離動詞は、(分離していない)《不定詞》の形で、一番最後に来ます。

  Schnellstens will ich alle Gefuehle zuruecknehmen. シュネ'ルステンス ヴ'ィル イ'(ッ)ヒ ア'レ ゲフュ'ーレ ツリュ'ックネーメン 《ue=uウムラウト》
  (zuruecknehmen=取り戻す schnellstens=できるだけ速く all=すべての Gefuehl=感情、感覚 ←この場合Herz(心臓)よりこっちの方が近い? ちなみにGefuehlには「思いやり」という意味も 笑)
  「早くすべての心を取り戻したい」

規則的だから、簡単ですねv

ドイツ語強化月間(笑)21

2009-03-14 01:22:22 | ドイツ語強化月間(笑)
まず最初に補足...
前回、ドイツ語の"Mann"には英語の"man"みたいに「人」という意味はない、と書きましたが、実は"man"ていう不定代名詞があって、それは「(一般的に)人(々)」っていう意味なんですよ。つまりドイツ語では2つの言葉で表してるものが英語だと1つだってことですね。どっちが先かは(またしても)知りませんが。"Mann"と"man"は発音も同じだし、文頭では"man"は"Man"になるのでちょっとまぎらわしい?ですが、まあ、実際には文脈というか雰囲気で分かるんじゃないでしょうか(笑)


さてそれでは頭を切り替えて、本日のお題。
実際に文章の中で動詞を使う時の最重要ポイントは

『動詞は2番目』

ってことでしょうか。
つまり、疑問文とか命令文とかでない普通の文(主文の平叙文)では、その文章の中心となる動詞(または助動詞)が、頭から2番目の文節(=単語、または意味としてひとまとまりになる単語群)のとこに来ます。

  Ich bin hier! イ'(ッ)ヒ ビ'ン ヒ'ーァ
  「私はここ!」

名前を呼ばれたりして、「ここにいるよ~」と返事する時には"Ich bin!"だけでもいいんですが、ここでは種々の事情で副詞のhierを付けてます。
それから↑の文章は、(呼ばれてたところに)「来ました」という意味合いで使うことも。

で、この2番目に来る動詞(または助動詞)が、人称とか時制で変化する(=2番目の動詞を見ればその文章がいつ、誰のことか、だいたい分かる)ってわけです。

  Ich war hier. イ'(ッ)ヒ ヴァ'ール ヒ'ーァ
  「私はここにいた」

  Hier ist es. ヒ'ーァ イ'スト エ'ス
  「ここにあるよ(あった!)」

(動詞以外の)語句を並べる順番は、基本的には『強調したい語句が前の方に来る』(日本語と同じ?)と考えていただいてて宜しいかと思います。一番最初には主語が来ることが多いですが、別に目的語とか副詞[句]とかでもok。どれが主語かは、《名詞の格》と《2番目の動詞の人称》を見れば(たいてい)すぐ分かりますしね。てゆーか多分、文脈を読めば、当てずっぽうでも8割方は当たるんじゃないでしょうか(笑)

  Es war einmal ein See im dichten Nebel. 《ue=uウムラウト》
  エ'ス ヴァ'ール ア'インマール アイン ゼ'ー イム ディ'ヒテン ネ'ーベル
  (See=湖 dicht=濃い Nebel=霧)
  「むかしむかし、濃い霧に包まれた湖がありました」

  Am See traf ein Entchen den Prinzen.
  アム ゼ'ー トラ'ーフ アイン エ'ントヒェン デン プリ'ンツェン
  (traf=treffen 出会う の過去・三人称単数)
  「その湖で一羽のアヒルの子が王子様に出会いました」

ついでに書いておきますと、ドイツ語と同じように動詞の形が主語によって細かく変化するスペイン語なんかでは(動詞を見れば主語が分かるので)主語を省略することができますが、残念ながら(?)ドイツ語では主語は省略できないんですよ。一つにはたぶん、同じ人称変化語尾をとる主語がいくつかあるせい(「あなた[たち]」と「彼ら」とか、「彼(彼女、それ)」と「君たち」とか)だと思いますが、単にドイツ人の性格というか、几帳面な民族性なのかもしれません(笑)