"暮らしのリズム"的できごと

先人が培った暮らしの知恵を通じて今を楽しむ【暮らしのリズム】のブログ。旧暦、落語、音楽、工芸品、食、民俗芸能などをご紹介

手前味噌の蔵出しです~発酵食品万歳!

2005年10月31日 21時53分55秒 | 食と呑

 旧九月二十九日。今日で10月も終わりです。早いもので今年も残すところあとふた月。なんだか慌ただしくなってきますね。

10-31misosiru 一雨毎に寒さを増し、だいぶ秋も深まってきました。収穫の秋、この頃は根菜の類が美味しくなりますね。体を温める効果があるのでしょう。特に里芋や大根、人参、ごぼうが美味しく感じられます。毎朝のお味噌汁を彩る椀種も、葉物野菜から根菜へと自然にシフトしてきました。となると、味噌は甘みのある白味噌から熟成した赤味噌に、というのが私の好みなのです。(↑里芋と舞茸と葱。晩秋に美味しいお味噌汁です↑)
 もちろん、味噌の好みは地域性や慣れ親しんだ家庭の味によって大きく多岐に分かれるもの。皆さんはいかがでしょうか? 

10-23miso3 さて、根菜のお味噌汁が美味しくなるこの頃まで、ずっと我慢してきたことがありました。初めて仕込んだ自家製味噌の蔵出しです。(←美味しそうでしょ。と早くも自慢)
 二年前の冬、スローな友人であり師匠のYUMIさんからお裾分けして頂いた二年ものの自家製味噌。これがたまらなく美味いのです。市販の味噌ではめったにない懐かしい濃厚な香り、粒々とした手作り感がたまりません。そのYUMI師匠がご実家で味噌を仕込むというので、図々しくもその“儀式”に参加させて頂きました。で、実際にやってみるとじつにシンプルな作業なのです。これは自分でも、と早速材料と瓶を買い込んで仕込みに取りかかりました。


 瓶は愛知県半田市にある久松の常滑焼き。豆は東北産丸大豆を約1.5kg。米糀はたまたま見つけた福島県安達郡本宮町、糀和田屋の手づくり糀を1kg。塩は沖縄でポピュラーなヨネマースを600g。前日に大豆を水に浸し、本格的な仕込み作業は平成16年2月28日。まずは米糀と塩をよ~く混ぜておきます。親指と人差し指で挟んで簡単に潰れるまで大豆を煮て、文明の利器がないためマッシャーでひたすら潰します。これが重労働で、三日後に凄く筋肉痛になりました。潰した大豆に米糀と塩をよ~く混ぜ、大豆の煮汁を加えて市販の味噌くらいの柔らかさに調整します。この作業の後しばらく、手の肌がツルッツルになっていました。美肌効果が凄いのかもしれませんね。これをソフトボール大のボールにして、瓶の底めがけて投げつけ、空気が残らないようにします。あとは表面を均して、ラップで空気に触れないようにしたら重しを乗せ、蓋をして床下収納へ。2ヶ月後に一度かき回して重しをはずし、それ以来ずっと発酵、熟成を続けてきました。「あまり構わず、忘れるくらいの方がよいぞ」という師匠のアドヴァイス。あわや引っ越しの時に忘れるところでした。
 そしてほぼ一年と八ヶ月が経過。いよいよ蔵出しです。恐る恐る蓋を開けると、表面にはわずかに白カビが。でもこれ生物学上はカビではなく酵母なんだそうです。
10-23miso2苦いのでこの部分は薄くはぎ取って捨ててしまいます。(5升の瓶に約半分。6kg位かな。薄い茶色の部分も酵母のかたまりです→)
すると中からは濃厚な赤茶色で飴のように艶のある味噌が登場。完璧に味噌である。ちょっと塩辛かったかな、とか師匠の味噌より香りが少ないな、とかもう少し豆を粗く潰せばよかったかな、などと反省点はややありますが、実に美味い味噌です。これぞ「手前味噌」。不思議と誰かに味見をさせて自慢したくなるものですね。そうだっ!居酒屋寄席で自慢しようかな。迷惑?
 


『居酒屋寄席』“師走の会”開催のお知らせ

2005年10月23日 16時47分04秒 | 主催する催し

旧九月二十一日。二十四節気の霜降です。大陸からは今シーズン最初の本格的な寒気が流れ込んできて、高い山からは初雪の知らせが届いてきます。ひと雨ごとに秋が深まり、秋晴れの東京もずいぶんと陰が長くなってきました。
izakaya今日はお知らせです。皆様方のお陰様で恒例のイベントとなりました【暮らしのリズム】が主催するイベント『居酒屋寄席』第六弾の開催が12月10日(土)に決定致しましたので、ここにお知らせします。
(前回『居酒屋寄席~秋の会』の模様はこちらを御覧下さい)

今回のお題は「冬支度」。この頃といえば、12月7日が二十四節気の大雪で、街路樹は葉を落としもうすっかり冬の装いですね。自然の恵みの旬がはっきり感じられた時代には、長く寒い冬を過ごすために人々は色々な知恵を絞っていました。落語と季節の味覚で、そんなことを思い出せたら、と思っています。
出演は前回「秋の会」と同じ立川文都師匠と、立川志の吉です。そろそろ忘年会が忙しくなる頃かと思いますが、お誘い合わせの上どうぞお越し下さい。
では、インフォメーションです。
日時:2005年12月10日(土)
  18:30開場19:00開演
会場:居酒屋ニュー信州
(渋谷区渋谷3-20-6 tel:03-3797-6966)
木戸:3000円(先ずの1杯つき)
出演:立川文都、立川志の吉
30席限定、先着順要予約です。 

 当日の構成は落語を愉しむ第一部(19:00~20:30)。酒宴を愉しむ第二部(20:30~)の二部構成となります。ご入場の際に先ずの1杯をサービスさせていただいた後、酒肴のご注文は落語終演後(20:30頃を予定)とさせていただきますので、予めご了承ください。席数に限りがございますので、必ずご予約をお願いします。お待ちしております。


金木犀(キンモクセイ)香る秋晴れの頃

2005年10月13日 11時52分55秒 | 季節のおはなし

旧九月十一日。上弦の月を過ぎて少しずつ月が丸みを帯びてきました。今週の土曜日10月15日は『十三夜』。古くから、中秋の名月と併せて九月十三日にお月見をすることは縁起がよいとして、習慣となっていました。中秋の名月を“芋名月”と呼ぶのに対して、十三夜の月を“豆名月”あるいは“栗名月”と呼んでいました。野や畑の恵みも刻々と変わってきているのでしょう。収穫の頃一寸手を休めて、まだ完全に丸くなっていない月を眺める。日本独特の風情豊かな風習ですね。その十三夜の月も東京では秋雨前線の活動が活発になるとかで、どうやら拝めそうもありません。「女心と秋の空」などとよく言いますが、秋晴れと秋雨が交互にやって来て、一雨ごとに寒くなってゆくこの頃です。


東京ではこの数日気持ちよい秋晴れに恵まれていますね。澄み切った青空に映えるのが小さな橙色の花、そして芳醇な香り、金木犀(キンモクセイ)です。私はこの香りが漂う時こそが空気と気持ちをはっきり“秋”にしてくれるもの、と思っています。これが春であれば沈丁花の香り、といったところでしょうか。四つの季節がはっきりしている日本では、香りと季節感がしっかりとリンクされているのですね。

10-13kinmokusei1秋晴れに誘われて自転車で月島・佃周辺をひとまわりしてみると、けっこう金木犀の木があるのですね。常緑の木ですから、葉っぱの緑は濃く垣根やフェンス代わりに植えられているところが多いです。花の季節が終わるとまた忘れられてしまうのかもしれませんが、精一杯存在感をアピールしているように見えます。(佃公園の金木犀と石川島灯台と秋の青空)


民俗芸能は心を洗う~岩手より

2005年10月07日 15時46分54秒 | 芸能の催しごと

旧九月五日。秋雨前線が日本列島に沿うように停滞し、はっきりしない天気が続いています。明日10月8日は二十四節気の“寒露”。野草には露が宿り、ますます秋が深まってくる季節ですね。

geinouAみちのくは岩手を訪れた9/27~10/2。好天に恵まれ順調に稲刈りを終えた翌日の10月1日(土)、計ったように空はどんよりと曇り雨模様となりました。この日、県内の民俗芸能団体が集まる舞台公演が北上市のさくらホールでありました。こういった公演はめったに行われるものではなく、今回も「スポーツレクリエーション祭」が北上で開催されるのを記念して特別に行われたというものです。これはツイている、ということで期待で胸を膨らませて観にいってきました。


(公演チラシの表と裏。デザイン、レイアウト、構成、これでいいのか・・・ム・ム・ム)


geinouB岩手県には現存しているだけで1000以上の民俗芸能団体があって、その数と種類の豊富さは他県を圧倒している、と言われています。特にその多くは、旧南部藩と旧伊達藩の藩境にあたる北上市周辺に集中しているそうです。確かに彼の地へ通うようになって老若男女に関わらず、民俗芸能が日常のとても近いところにあるのだなぁ、といつも感じさせられてきました。

舞台では岩手の四季をテーマに、お正月に始まり季節は移ろいまた冬がやってくる、という流れに沿った演出がされています。
新春は【早池峰岳神楽】の「権現舞」。神や仏を人の目に見ることができるように獅子頭に乗り移させ、安泰を祈祷する厳かな舞で舞台の幕が開きます。
続いては、私が最も好きな【二子鬼剣舞】が登場。鬼剣舞は修験者の悪霊払いがルーツとされる勇壮で華麗な舞。人気の高い民俗芸能です。リズム感、躍動感共に完璧。見事でした。
【早池峰獅子踊】は旧南部領内に伝承される幕踊系鹿踊の代表的な団体です。初めて観ましたがこれもいいですね。舞はもちろん、囃子方の円熟した技術が素晴らしかったです。
【黒沢尻歌舞伎】の「花魁道中」は30cm以上はあろうかという高下駄を外八文字という独特の形で引きずりながら歩く花魁の所作がユニークでした。桜の季節の演出です。
太鼓系鹿踊では【金津流石関鹿踊】と【梁川金津流鹿踊】が登場。夏祭りの準備に向けてでしょうか、普段めったに見ることができない装束をはずしての稽古の模様を舞台で再現。踊り手自ら太鼓を打ち、唄い、踊る、高度な芸能であることをあらためて認識することができました。
舞台は夏。日本一速いテンポの盆踊り、さんさ踊りは【三本柳さんさ踊】です。大地を踏みしめて沈み込んでから浮き上がるというかなりハードな踊りですね。
休憩を挟んで後半は、鬼剣舞の元祖【岩崎鬼剣舞】による仏教的な祈祷生の高い「一人加護」と「八人加護」でスタート。
続いて【早池峰岳神楽】。早池峰神楽の最初に必ず演じられる式六番の中の一つ「鶏舞」。この舞によって国土、神々、山川草木など天地万象が生ずる場所が示されるのだそうです。一見すると地味な舞ではあるけれども、神秘的で美しい。
沿岸の【陸中弁天虎舞】が登場。これも今回初めて観ることができました。海難をもたらす風を鎮め、漁の安全、大漁を祈願した舞だそうです。農村や山岳地方とはずいぶん印象が違って荒々しく激しい舞です。
ふたたび【二子鬼剣舞】が登場し、三つの曲芸的演目を一つにした「曲芸」と「三人加護」。二子鬼剣舞の最も魅力的な演目がこの「三人加護」です。二人による扇の舞に始まり、御幣の舞が加わり、最後は三人で素手の舞となる実にドラマティックな展開が感動を呼びます。
ステージのフィナーレは【岩崎鬼剣舞】【二子鬼剣舞】合わせて16人による「一番庭」の群舞。同じ演目でも伝承される団体が違うとずいぶん違って見えるものだなぁ。3時間に及ぶ内容の濃い公演でした。

岩手の民俗芸能を地道に研究され、その魅力を広く伝えるためにタウン誌「ダ・ダ・スコ」と「街きたかみ」を発行し、毎年8月に行われる「みちのく芸能祭り」をプロデュースしてこられた加藤俊夫さんが、今年三月に肝臓癌の悪化で急逝されたとのこと、今回現地で初めて知りました。その後残念ながらタウン誌はいずれも廃刊になってしまったそうです。一度お話しを伺ってみたいな、と思っていただけに残念でした。そして、今回の舞台公演は加藤さんが企画し構成・台本・演出を手掛けたそうです。素晴らしい公演に巡り合わせてくれて、感謝しています。ご冥福をお祈りいたします。

人間は、おのれの力の及ばないことに対して、科学の発達しない時代においては、ただひたすら自然界や神仏に対して祈りを捧げて解決を願った。その祈りの手段として演じられたのが民俗芸能である。(加藤俊夫『岩手県の民俗芸能解説』より)

岩手県の民俗芸能のラフガイドは岩手県のHomepageがお薦めです。


収穫の秋~岩手より

2005年10月03日 23時41分06秒 | 日々のことなど

旧九月一日。今日は朔、新月です。
旧暦の時代には、それぞれの月に名前を付けて呼んでいました。“和風月名”と言われる粋で風情があるものです。一月から睦月(むつき)、如月(きさらぎ)、弥生(やよい)・・・ときて、旧暦の九月は『長月(ながつき)』です。
「秋の夜長の」略であるという説、あるいは「稲刈月」「稲熟月(いねあがりつき)」が約されたという説もあるそうです。

さて、今日は少々私事を。ちょっとまとまった時間ができたので、一週間ほど岩手県に行ってきました。妻の実家が北上市にあり、父と母は田圃を営んでいます。とても贅沢なことに毎年たいへん美味しいお米を届けてくれます。お米を作るのには八十八の苦労がある、と言い伝えられてきました。そのほんのふたつかみっつを体験し、これからの一年間、自分で食べるお米の味をいっそう噛みしめてみよう、ということで9/26(月)の夜行バスに乗り込みました。

快晴の早朝、みちのく路を北進するバスの車窓からは、北上山地から昇る朝日に照らされた黄金色の田園が広がります。気象情報ではこれから3~4日晴天に恵まれるとのこと。ローカルニュースでも盛んに稲刈りのシーズンであることを告げていました。

田圃があるのは東北新幹線の北上駅と新花巻駅の中程、
10-3tanbo北上川に架けられた橋のほど近いところにあります。この田圃のお米は自家消費するためのものですから、可能な限り減農薬で栽培し、昔ながらの自然乾燥による「ひとめぼれ」という品種です。田圃の大きさは二反歩(にたんぶ)。この単位はなかなかピンと来ないかもしれませんね。一歩=一坪、つまり畳二10-3tanbo2枚分、1.81m四方です。三十歩が一畝歩(いちせぶ)に、十畝歩が一反歩、さらには十反歩は一町歩になります。なので二反歩は600坪、だいたい66メートル×30メートルといった感じの大きさになります。農家の高齢化などの理由から、最近は一町歩くらいの大規模な田圃に再整備して、大10-3tanbo3規模な農機を保有する農家が担い手となって稲作を行う傾向になっているそうです。比較的小規模な田圃でも農機を持っている農家に有償で依頼して、刈り取りから機械乾燥までを一気に終わらせてしまうのが主流とのことです。

10-3tanbo4月に入ってからの雨と強風の影響で倒れてしまった稲が多く、釜による手刈りと、手押しの二条刈り(一度に二列の稲束を刈り取る)コンバインによるスローな作業。周りの田圃で大型のコンバインが入り半日で刈り取り~脱穀~乾燥が終わってしまうのを横目に見ながら、体をフルに酷使しながら刈り取りに2日、自然乾燥の棒掛けに2日。これからのお日様次第で乾燥が終わるのは 2週間後か3週間後か。晩秋の装いが日増しに濃くなるみちのくの秋風が美味しいお米に仕上げてくれることでしょう。炊きたてピカピカの新米は、どんなおかずで食べようか、想いを馳せる有り難い時間を愉しみたいものであります。

写真は上から
~黄金色の稲穂。減農薬のため様々な種類の蛙や虫、イモリもたくさん姿を現す。
~刈り取りを終えた田圃の風景。通り過ぎる新幹線はいつしか時計代わりに。
~東北地方独特の棒掛け。1本の杭にだいたい50の稲束を架ける。このみち40年以上父母の見事な手際である。
~秋の陽はつるべ落とし。9/30(金)の夕暮れ時に計ったように作業が終了。

◆10/9追記と訂正です◆
稲を自然乾燥させる方法を単に“棒掛け”と書いてしまいましたが、地面に対して垂直に立てた杭に稲穂の束を積み上げてゆく方法のことを『穂鳰掛け(ほにおがけ)』と言います。鳰はかいつぶりの古名だそうです。お尻のところの金色の羽毛が稲穂に見えるからなのでしょうか。対して、地面と水平に渡された棒に稲束を架けるの方法を『はせ掛け』と言います。もうひとつ訂正です。稲束の刈り取り結束機はのことは『バインダー』と言うそうです。今日の岩手日報に興味深い記事がありましたのでリンクします。