"暮らしのリズム"的できごと

先人が培った暮らしの知恵を通じて今を楽しむ【暮らしのリズム】のブログ。旧暦、落語、音楽、工芸品、食、民俗芸能などをご紹介

『居酒屋寄席』決定のお知らせ

2005年07月30日 01時16分19秒 | 主催する催し

旧六月二十五日です。蒸し暑い夜です。
 【暮らしのリズム】が主催するイベント、『居酒屋寄席』第五弾の開催が9月10日(土)に決定致しましたので、お知らせします。
 「秋の会」と題する今回は、落語と季節の味覚で中秋は白露の頃の風情を愉しんでしまおうではないか、と準備を進めています。お題は『香り立つ』。残暑が厳しい9月の始めでも、秋の彩りを確実に感じることができる頃。その大きな要素が香りなのかな、と思っています。
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 立川文都さんに加え、居酒屋寄席初登場、若手のホープ、立川志の吉さんをお迎えします。
 
落語終演後にはお店のご好意により、秋の香りを楽しむのにぴったりな珍しいお酒のお振る舞いがあります。どうぞお楽しみに。
 では、インフォメーションです。

日時:2005年9月10日(土)
  18:30開場19:00開演
会場:居酒屋ニュー信州
(渋谷区渋谷3-20-6 tel:03-3797-6966) 
木戸:3000円(先ずの1杯つき)
出演:立川文都、立川志の吉
30席限定、先着順要予約です。

 当日の構成は落語を愉しむ第一部(19:00~20:30)。酒宴を愉しむ第二部(20:30~)の二部構成となります。ご入場の際に先ずの1杯をサービスさせていただいた後、酒肴のご注文は落語終演後(20:30頃を予定)とさせていただきますので、予めご了承ください。
 それでは、ご予約をお待ちしています。

(写真は前回6/4の模様。上から、こんな場所で~落語はこんな感じ~第二部は季節の味覚とお酒で、白い帽子は文都師匠~たくさんのお運びをお待ちしております)


住吉神社例大祭~其の壱~御神輿の準備

2005年07月27日 15時02分54秒 | 日々のことなど

 旧六月二十二日。月もだんだん痩せてゆき、明日が下弦の月です。
 首都圏直撃か、と騒がれた台風7号は日本列島に沿うように北上してゆきました。抜けるような青空が美しくまさに台風一過の“日本晴れ”ですね。久しぶり、真夏の太陽がまぶしいです。
maturiguide 私が住む月島では、3年に一度の祭り【住吉神社例大祭】を間近に控え、町全体が盛り上がってきました。8/6(土)~8/8(月)の三日間、佃島の住吉神社を中心に行われるこの祭り。江戸三大祭り(三社、神田、日枝)や、おとなり深川の富岡八幡宮例大祭と比べてしまえば規模こそ小さいですが、厚い信仰と360年の歴史に支えられた江戸らしいお祭りと言えるでしょう。古典落語に「佃祭り」というのがあります。この時期になるとよく高座にかかるのかもしれませんね。
 昨年の11月に月島に移り住んだ私は、御神輿やお祭りの体験もないまま、ただ傍観しているだけではいかにも勿体ないとばかりに、図々しくも町内神輿のメンバーに参加させて頂くことになりました。私の地区は月島の二之部町会で組織の名前は“若睦”。伝統的なお祭りを裏側から見るという貴重な体験になると思います。
 早速、この前の日曜日(7月24日)にお祭りの準備をする作業に参加いたしました。
mikoshi1この日の作業は、三年の年月を経て御神輿と山車を倉庫から運び出し、金具や装備を取り付けてゆくのです。
(←御神輿はトラックで運ばれクレーンで降ろされます)
 まず作業場に運び込まれた御神輿には、中央の担ぎ棒である“親棒”が差し込まれます。屋根の四隅には“蕨手(わらびて)”、軒の端には“葺き返し”をとりつけ、屋根から紫紺の“飾綱”を垂らし、頂点には勇壮な“鳳凰”を取り付けます。mikoshi2四隅の飾綱はそれぞれ蕨手を一回りして下に降り、親棒の根本を一回りして絡みながら再び昇り、蕨手に結ばれます。飾綱には“鈴”を結びつけます。
(作業中の御神輿です→)
てっぺんの正面、鳳凰の足元には町会の名前が書かれた“駒札”を結びつけ、蕨手の上には“小鳥”をとりつけ、四隅の軒下には“風鐸(ふうたく)”“銀杏”を下げます。最後に四面の鳥居の奥にmikoshi3“鏡”を結びつけ、その前に煌びやかな“瓔珞(ようらく)”を吊り下げます。次に担ぎ棒。親棒の先端には“棒先金物”または“棒鼻金物”を差し込みます。親棒の前後にはクロスするように“とんぼ”を縄で結びつけ、とんぼの端に親棒と平行になるように“脇棒”を結びつけ、これで御神輿の完成となります。
(←親棒にとんぼを縄で結びつける作業)
 一つ一つの作業には理屈にかなった手順と厳密なこだわりがあり、意味を含んでいます。こうした技術と知識はしっかりと受け継いでゆかなくてはならないものです。会の先輩方、神輿や神具を専門に扱う職人の説明を伺いながら、見るものすべてが新鮮な作業を噛みしめる濃い~一日でした。若睦の皆さま、暖かく迎えて頂きありがとうございます。


夏の風物詩【蝉(せみ)】

2005年07月23日 17時36分57秒 | 季節のおはなし

 旧六月十八日。満月から二日過ぎました。
 今日は二十四節気の【大暑】。「一年中で最も暑さが厳しい時期」とのことですが、関東地方ではなんだか涼しく凌ぎ易い陽気です。
 梅雨明けの日、いきなりの猛暑に耐えかねてエアコンを買い、おととい取り付けたのですが、未だ一度もスイッチを入れていません。なんでも太平洋高気圧の勢力がこの時期としては弱いのだそうです。本来であれば、太平洋高気圧の西っぺりを迂回するように北上するはずの台風も、真っ直ぐ日本列島に向かってやってきそうです。地球温暖化、異常気象が叫ばれる中、ちょっとした気候の異変にも敏感になってしましますね。
 
 都心にいると蝉の声を聞く機会が少ないのですが、ひと夏の蝉の登場にはストーリーがあると思いませんか。
 タイミングは関東地方限定かもしれませんが、まず梅雨明けの頃には
「ニイニイゼミ」が鳴き始めます。「チィ~~~」という甲高い鳴き声。夏が来るぞ、という期待感を抱かせてくれます。
 そして本格的な暑い夏。「ジリジリジリジリ~~」と暑さと不快指数を増長する「アブラゼミ」が登場し、その勢いに押されるように、ニイニイゼミはいつのまにかいなくなってしまいます。
 夕暮れ時と日の出前の薄暗い時間には「カナカナカナカナ~」
katoriと「ひぐらし」の清涼感ある鳴き声が心地よいですね。茜いろの空、里山で輪唱のようにこだまするイメージ。香取線香の香りとセットの風物詩というのは、私の勝手な思い入れです。でも最近ひぐらしが少なくなったような気がするのは気のせいでしょうか。寂しいですね。
 7月の終わり頃、最も暑くなる頃登場するのが「ミンミンゼミ」。「ミ~ンミンミン」という鳴き声は夏の風物詩の決定版ですね。
 やがて立秋、月遅れのお盆が過ぎ、高校野球決勝戦も終わる頃になって登場するのが「オ~シ~ツクツク」と鳴く「ツクツクホウシ」。この声を聞くと夏もそろそろおしまい。子供の頃は放置していた宿題のプレッシャーが日増しに重くなってきたものでした。

 夏の場面を演出する蝉の登場も、温暖化によって時期がどんどんずれていってしまうのでしょうか。昨年は10月半ば頃までアブラゼミの声を聞いていたような気がします。


土用入り

2005年07月19日 17時28分00秒 | 季節のおはなし

 旧六月十四日。
 満月も近いです。日暮れ前の頃、東の空から大きな月がぽっか~んと浮かび上がってきます。
 昨日のことですが、関東地方も一気に梅雨明け宣言がでました。まさに盛夏到来のこの頃です。暑い日が続きそうですね。今日は土用の入り。ということで、ちょっと暦のお話を。
 土用とは、もともと二十四節気の立春、立夏、立秋、立冬の前、十八日間のことを言っていたそうです。つまり一年に四回あったわけですが、いまでは一般的に夏の土用のことを指しています。またの呼び名が“暑中”。そう、暑中見舞いは今日から土用明け、立秋の前日(今年の場合8月6日)までに出すようにします。
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 さて、土用といえば鰻。この頃になると、鰻やの店先には“土用丑の日”の小旗や張り紙がされますよね。これは暑い盛りのスタミナ補給を目的にという風習ですが、doyou1平賀源内(1728~1779)が鰻屋の看板に書いたことに由来する、という説が一般的ですね。冬に比べると脂の乗りが悪くなる夏場の鰻、客離れが起こる鰻屋の販売促進に一役買ったキャッチコピーだったのかもしれません。
 土用に関しては他にもいろいろと言い伝えがあります。土用の第三日を土用三郎と呼んでいました。これは農家の四厄日の一つに数えられていて、この日の天気が土用の間の天候を表す、つまりは豊作か凶作かを占っていたわけです。明後日木曜日の天気がちょっと気になりますね。みんなで気にしてみましょう。

参考資料:「現代こよみ読み解き事典」編著:岡田芳朗・阿久根末忠 柏書房 1993年


佃島盆踊り

2005年07月14日 11時24分28秒 | 芸能の催しごと

 お盆です。正式には盂蘭盆といいます。旧暦七月十五日を中心に行われる行事なのですが、関東などではそのままカレンダーの7月15日頃に、西日本や東北などでは月遅れの8月15日頃に、旧暦の習慣が色濃く残る琉球では今でも旧暦で行われています。

 昨日7月13日は迎え火でした。私が住む月島でも夕方玄関先で細い割木を燃やして先祖の霊をお迎えしている家がありました。


tsukuda1 お盆といえば盆踊り。隣町、佃島の盆踊りが7月15日(金)までの3日間行われます。実は2年前に初めてここの盆踊りを見に来て、その魅力に惹かれてしまい、近くの月島に転居することにしてしまったほど、思い入れの強い芸能なんです。いても立ってもいられず踊りが始まる前から出掛けてしましました。
(なんとも小さな櫓です。木造家屋とタワーマンションのコントラストが妙)

 佃島盆踊の起源は、明暦三年(1657年)の大火で消失した西本願寺を、新たに埋め立てられた築地に移築する際に尽力した佃島漁民が、延宝八年tsukuda2(1680年)に本堂完成を祝って始めたとされています。ざっと325年の歴史とは深いですね。またここ佃島は、かつて上流で大火が発生するとたくさんの亡骸が流れ着いていたそうです。信仰に厚い佃島の漁師たちは手厚く葬り、無縁仏として先祖の霊と共にこの盆踊りで祀ってきました。(ここでお線香をあげてから踊りの輪に加わります)

 一般的な盆踊りといえば、派手な提灯と拡声器から流れる民謡や新民謡にたくさんの屋台が建ち並ぶ、といった風情、納涼大会的色合いが強いですね。それに比べると佃島盆踊はとてもシンプル。東京音頭も炭坑節もドラえもん音頭もありません。太鼓と唄だけによる七
七七七の詞形を一連とする「口説き」の流tsukuda3れを汲む盆唄に、盆の供養にふさわしい、まさに念仏踊りの静かな踊りが延々と続いて行きます。一聴するに単純に思える唄と太鼓も、間のとり方、独特な旋律には高度な技術と熟練性が必要なのだと感じますね。今や名人の域にあるのは飯田恒雄さん一人なんだそうです。(このお方こそ名手・飯田恒雄さんです)
 
 これだけ古い形式の盆踊りが高層ビルを見上げる都会の近くにひっそりtsukuda4継承されているのは、まさに奇跡。普段から氏神の住吉神社を手厚く祀っている佃島の人たちの伝統的な信仰心、そのパワーが明治政府の神仏分離政策のような荒波を乗り越えてきたのかもしれませんね。一見の価値あり。最終日の15日は先祖の霊に笑って楽しんでもらおうという趣向からか、仮装して踊るのです。恒さんの仮装も楽しみ。

~佃島盆踊りのリンクです~
東京中央ネット映像イベントカレンダー
NPO法人東京中央ネットが運営する東京都中央区のポータルサイトです。2分ほどのコンパクトな映像ですが雰囲気が伝わってきます。

盆踊りの世界
「湘南盆踊り研究会」という団体が運営する全国各地の伝統的盆踊りのガイドHP。歴史・沿革から様式に至るまで大変詳しく紹介しています。見ているだけでひきこまれる魅力的サイトです。