1974年ここはピッツバーグ。50代に入ったリストラ寸前の歴史教師トム・クリック(ジェレミー・アイアンズ)が、いかにもつまらなそうに犬を散歩させている。
革命の授業をして帰宅したら、妻のメアリーがもっと革命的なコトをしていたとは、彼にはこの時は想像もつかなかった。
「神のこどもを身ごもった」
と感じて、赤ちゃんを誘拐してきたのだった。妻にはこどもができないのに。確かに妻の様子におかしな前兆はあった。しかしこの嬰児誘拐事件をきっかけに、学校経営のための授業削減方針から彼より若い校長によって、とうとう辞職においこまれるトム。その一方で、教え子のマシュー(イーサン・ホーク)は、反抗的な態度をみせる。
「過去のことなど知って何になる」
というマシューの挑発的な問いかけに、彼は秘めた記憶がよみがえるようになる。そして彼は、授業を通して歴史を学ぶ意味と自分たち夫婦の物語を語り始める。マシューのために、生徒のために、そして妻と家族のために。
第二次大戦下、イーストアングリア地方(イングランド東部)に広がるFensと呼ばれる沼沢地に生まれたトムとメアリーは、この湿った地で青春時代を過す。
トムの父は、真面目な水門の管理人。4歳年上の大柄で知的障害のある兄ディックは、干拓作業員として働いている。幼い頃に母を失ったわびしさはあるが、友人と楽しく過すトム。そんな10代半ば思春期のトムは、毎日器量よしのGFメアリーと欲望のままに若い性に走る。米軍とくんで違法投機で金もうけを考える友人とは別に、毎日3時の逢瀬に夢中になる。メアリーは顔だちもよいけれど、彼の相手も積極的にこなしてくれるススンダ考えをもつ女の子だ。
ある日いつのも行為の後、メアリーはディックにあとをつけられていると不安げに話す。トムにとって、知恵遅れの兄は女性や性的なことには興味がないはずだと考えていたから、彼女の話に驚く。しかし軽く考えて兄を大好きなトムは、思わず「兄さんは、女性を知らな過ぎる。今度会ったら、話かけてくれ。」と別れぎわに伝える。
すべての悲劇は、ここからはじまる。
ディックの存在と行動が、彼らの間に重くのしかかる。それは、彼らの人生に暗い影を落とす。
それでは、ディックはどのように生まれてきたのか。
トムは、マシューたちに彼ら兄弟の祖先の話をする。
母方の祖父は、三代に渡ってビールを醸造してきた裕福な実業家だった。ところが、ジョージ五世の戴冠の祝賀で無料のビールをふるまい、熱狂した群集によって放火されて醸造所が焼け落ちる。それをきっかけに第一次世界大戦後、祖父は広大な屋敷は戦争傷病者のための施設として提供する。そこで大事なひとり娘も奉仕し、やがて後の父に出会い恋をする。祖父もひとり娘の結婚におおいに賛成した。父は、優しく寛容な人物だった。そう、父はすべてを受け入れて、母と結婚したのだ。そしてディックが生まれたのだが。
この映画を観ていくうちに、あることに気がついた。
何年か前、ある小説の書評が読売新聞と日経新聞に同時に掲載されたことがあった。同じ本でも評者によって書評の出来にかなり”差”があることと、本の内容につよく興味をひかれたことが鮮明に思い出した。
Swift, Graham(グレアム・スィフト)の「ウォーターランド 」(原書名:WATERLAND)
映画そのものは、おそらくブッカー賞受賞作家の最高傑作とされる原作のもつイギリスらしい湿地と、そこに住み着いた人間の歴史と精神を描くまでには至っていないだろう。起承転結の”結”をあえて語らない手法は、原作の格調を損ねていないだろうが、90分という長さではあっさりした軽さで仕上がってしまった。しかし、初老にはいりかけた妻の妄想の理由を知るにつれ、彼女の心に共感もする。若かりし頃とはいえ、罪の重さと深い悔恨が少しずつ狂気をもたらすのは、やはりこの湿った土地のせいなのだろうか。ジェレミー・アイアンズは、繊細で精神の脆いインテリ役が似合う。しかも、いかにも少年の頃から性行為を多く体験したというやつれを漂わせている。妻役の女優と実生活でも夫婦だというが、少女の頃と老いた妻の雰囲気が素適だ。そして、不思議な雰囲気をかもしだす映画だ。スーツ姿の教師役のジェレミー・アイアンズが、最後の演壇で「歴史は物語である」と伝える。
何故、歴史の授業が必要なのか。それは、この映画を観れば充分に納得がいくだろう。
革命の授業をして帰宅したら、妻のメアリーがもっと革命的なコトをしていたとは、彼にはこの時は想像もつかなかった。
「神のこどもを身ごもった」
と感じて、赤ちゃんを誘拐してきたのだった。妻にはこどもができないのに。確かに妻の様子におかしな前兆はあった。しかしこの嬰児誘拐事件をきっかけに、学校経営のための授業削減方針から彼より若い校長によって、とうとう辞職においこまれるトム。その一方で、教え子のマシュー(イーサン・ホーク)は、反抗的な態度をみせる。
「過去のことなど知って何になる」
というマシューの挑発的な問いかけに、彼は秘めた記憶がよみがえるようになる。そして彼は、授業を通して歴史を学ぶ意味と自分たち夫婦の物語を語り始める。マシューのために、生徒のために、そして妻と家族のために。
第二次大戦下、イーストアングリア地方(イングランド東部)に広がるFensと呼ばれる沼沢地に生まれたトムとメアリーは、この湿った地で青春時代を過す。
トムの父は、真面目な水門の管理人。4歳年上の大柄で知的障害のある兄ディックは、干拓作業員として働いている。幼い頃に母を失ったわびしさはあるが、友人と楽しく過すトム。そんな10代半ば思春期のトムは、毎日器量よしのGFメアリーと欲望のままに若い性に走る。米軍とくんで違法投機で金もうけを考える友人とは別に、毎日3時の逢瀬に夢中になる。メアリーは顔だちもよいけれど、彼の相手も積極的にこなしてくれるススンダ考えをもつ女の子だ。
ある日いつのも行為の後、メアリーはディックにあとをつけられていると不安げに話す。トムにとって、知恵遅れの兄は女性や性的なことには興味がないはずだと考えていたから、彼女の話に驚く。しかし軽く考えて兄を大好きなトムは、思わず「兄さんは、女性を知らな過ぎる。今度会ったら、話かけてくれ。」と別れぎわに伝える。
すべての悲劇は、ここからはじまる。
ディックの存在と行動が、彼らの間に重くのしかかる。それは、彼らの人生に暗い影を落とす。
それでは、ディックはどのように生まれてきたのか。
トムは、マシューたちに彼ら兄弟の祖先の話をする。
母方の祖父は、三代に渡ってビールを醸造してきた裕福な実業家だった。ところが、ジョージ五世の戴冠の祝賀で無料のビールをふるまい、熱狂した群集によって放火されて醸造所が焼け落ちる。それをきっかけに第一次世界大戦後、祖父は広大な屋敷は戦争傷病者のための施設として提供する。そこで大事なひとり娘も奉仕し、やがて後の父に出会い恋をする。祖父もひとり娘の結婚におおいに賛成した。父は、優しく寛容な人物だった。そう、父はすべてを受け入れて、母と結婚したのだ。そしてディックが生まれたのだが。
この映画を観ていくうちに、あることに気がついた。
何年か前、ある小説の書評が読売新聞と日経新聞に同時に掲載されたことがあった。同じ本でも評者によって書評の出来にかなり”差”があることと、本の内容につよく興味をひかれたことが鮮明に思い出した。
Swift, Graham(グレアム・スィフト)の「ウォーターランド 」(原書名:WATERLAND)
映画そのものは、おそらくブッカー賞受賞作家の最高傑作とされる原作のもつイギリスらしい湿地と、そこに住み着いた人間の歴史と精神を描くまでには至っていないだろう。起承転結の”結”をあえて語らない手法は、原作の格調を損ねていないだろうが、90分という長さではあっさりした軽さで仕上がってしまった。しかし、初老にはいりかけた妻の妄想の理由を知るにつれ、彼女の心に共感もする。若かりし頃とはいえ、罪の重さと深い悔恨が少しずつ狂気をもたらすのは、やはりこの湿った土地のせいなのだろうか。ジェレミー・アイアンズは、繊細で精神の脆いインテリ役が似合う。しかも、いかにも少年の頃から性行為を多く体験したというやつれを漂わせている。妻役の女優と実生活でも夫婦だというが、少女の頃と老いた妻の雰囲気が素適だ。そして、不思議な雰囲気をかもしだす映画だ。スーツ姿の教師役のジェレミー・アイアンズが、最後の演壇で「歴史は物語である」と伝える。
何故、歴史の授業が必要なのか。それは、この映画を観れば充分に納得がいくだろう。