千の天使がバスケットボールする

クラシック音楽、映画、本、たわいないこと、そしてGackt・・・日々感じることの事件?と記録  TB&コメントにも☆

もうひとつの「ドナウよ、静かに流れよ」

2006-06-22 23:48:30 | Book
「ドナウよ、静かに流れよ」を手にとった理由は、やはり舞台がウィーン、そしてドナウに身を投げたのが、33歳指揮者というプロフィールにひかれた。
本書のページをめくるうちに、33歳指揮者というのが、予想どおり”自称”だったということに胸がふさがれるような思いがした。

千葉は、中学生ぐらいまではあまりめだたなかったが、バブル景気とともに不動産業を営む親が裕福になると、驚くような高価なものをねだるようになった。そして家庭内暴力をはじめるにいたり、精神科に通院して性格障害と診断される。その点で、父親が広告のプロデューサーでやはりバブル景気の波にのったカミと境遇は近い。
大崎善生氏は、千葉自身が書いた「身上書」を音楽評論家の中野雄氏に見てもらう。(中野氏は、東京大学法学部卒業。日本開発銀行からケンウッドに転身して、代表取締役になり、ケンウッドU・S・A会長などを歴任。大学講師としてクラシック音楽の歴史などを講義している。)その「身上書」は、A4レポート4枚にわたり、学歴や活動歴、指揮のレパートリー45曲がびっしり書き込まれていたという。そのレパートリーをありえない、不可能と中野氏は断言した。ここから音楽評論家として著書も多い中野氏の、音楽界の厳しい現実の説明が続く。

千葉の履歴が本当だとしても、これくらいの音楽家は国内で3000人いる。音楽の世界は凄まじい競争社会だ。
以下、中野氏による日本の音楽大学の現状が続く。それは、私のような門外漢でも、誇張ではなく、現実だということがわかるだけにここでつまびらかに語るには忍びない。東京藝術大学か桐朋に入学できなかった時点で、音楽家への道のりは相当厳しい。何故なら、その2校を通過した学生がさらに上をめざして熾烈な競争を繰り広げているのが現実だからだ。千葉の通っていた音楽学校は、3流以下。

中野は言葉を選びながら慎重に語っているが、その内容は次のように厳しい。
日本の音大進学者の半数は、学力不足で一般の大学への進学が難しくて音大に流れた者だ。
しかし、音楽ほど知識と教養が必要なものはない。もちろん完璧な語学も要求される。指揮者となれば、楽器奏者の10倍の勉強が必要。欧州の文化の根底に流れるものの理解力、正しい歴史認識や解釈が必要不可欠。そのうえで初めて表現力が要求される。

「音楽を把握するのには、明晰な頭脳と総合的な知識が絶対不可欠」

中野氏のこの厳しい解説のうらに、大崎さんは彼のクラシック音楽の世界への深い愛情を感じる。
そしてルーマニアを拠点に、指揮者として活動するかって千葉の面倒を見た尾崎晋也に会う。
「千葉が好きだったシューマンは精神病院に入ります。彼は大作曲家たちに自分の人生を重ねあわせようと考えたのではないでしょうか。」

ここで私は、少々精神を病んでいるかのように見える自称指揮者を、感傷的に作者の感想と重ねて抽象化しようとは思わない。ただすでに亡くなっている方を、一冊の本からの情報でしかつめらしくものを言いたくないのだ。カミも恋人の嘘には気がついていただろう。それでも、チバを最後まで見守り愛情をそそいだ19歳の心に宿ったものがなんだったのか、それが自分のなかにもありそうな恐ろしさと、すでに捨て去ったような安堵感と、喪失感。
「二十歳の原点」を友人たちと読みふけった高校時代を遠く思い出す。