勇気は、危険を覚悟し、おのれの限りを尽くす。

2012年10月07日 | 勇気について

5-4-5.勇気は、危険を覚悟し、おのれの限りを尽くす。
 勇気は危険と戦う。危険になるのは、自分がそこでは弱体だからであり、危険(の回避不可能)への覚悟をした方がよいことが多い。勇気の決断・実行には、危険(の禍い)の覚悟がしばしば肝要となる。戦いの場合、危険(禍害)を覚悟し防御に費やすものを少なくして、攻撃に総力を傾けられるようにしないと、勝利することは、おぼつかない。戦争に志願したものは、戦死を覚悟しなくてはならない。死からの防御にもっぱらとなっていたのでは、戦いにならない。戦死者は、おのれの勇敢な意志において、「戦死する」ことを覚悟していた「者」である。英語では、これを「killed(殺された)」者と表現する。本当ではあるが、いかにも未練がましい。一般的に言っても、「死して後やむ(死而後已)」の勢いをもって、力の限りを尽くし、おのれの意志を貫くところに勇気はある。
 勇気は、弱いから必要となる。勇気が勝利するには、持てる力の最大が尽くされねば、むずかしい。意志薄弱、優柔不断に甘えていてはいけない。ためらいを捨て、意気込み、総力を傾けることがいる。「天は、自らを助ける者を助ける」というが、危機意識をもち、おのれの最善を尽くせば、眠っていた能力にスイッチのはいることもある。通常は心身を傷めないようにと出す力を脳はセーブしているが、勇気の危機の場面では、覚悟を決めて挑戦すれば、火事場の馬鹿力のように、自己抑制を解いて非常時の異常な力も出すことができる(歯噛みや大声は、通常は出ない大きな力を出させる)。
 最善を尽くすとは、時間的には、最後まであきらめないことである。似た者同士の戦いでは、あきらめた方が負けになる。強い敵も、どこかに隙を見せるときがある。気骨・根性をもって耐えてチャンスをまち、最後まであきらめない者が勝利を手にする。