旅倶楽部「こま通信」日記

これまで3500日以上世界を旅してきた小松が、より実り多い旅の実現と豊かな日常の為に主催する旅行クラブです。

《手造の旅》尾道と瀬戸内の島々~「未来心の丘」と瀬戸田

2021-04-21 15:30:46 | 国内
青空と真っ白な大理石、遠くに海地中海…じゃなくて瀬戸内海


日本じゃないような景色

願っていたお天気に恵まれてほんとうによかった(^^)
さらに、この景色を出現させた杭谷一東(くえたにいっとう)さんにお会いできるとは、思っていなかった幸運だった。


生口島に入るとすぐ、レモンの生産日本一の看板

島でいちばんにぎやかな「しおまち商店街」を歩こう

中心になる「汐待亭」さんこだわりのレモンカツとレモネードを用意していただいている。
できあがるまで周囲を散策。
商店街の入口にあるこの和モダンな建物は、つい最近完成した新しいホテルAZUMIと別館YUBUNE。アマングループのコンセプトでつくられている。

商店街ウォークの楽しみは地元らしい小物・食べ物。

短い自由時間なのに

しっかり楽しんでおられました(^^)

テレビ番組でもよくとりあげられるコロッケ屋さん

有名人の色紙でいっぱい。

自分で食べてみないと何も言えません。

あ、おいしい(^^)全員の分を買って、

レモンカツとレモネードといっしょに軽いお昼ごはんにしました。

商店街で買ったお土産を預かっていただき
冒頭の写真「未来心の丘」のある耕三寺へ入場しよう。

入場するのは山門、ここは本当にお寺。
※実業家だった創業者についてホームページで解説してあります
歴史的な建築を模して、しかし本格的に建設された堂塔が並んでいる。

階段の上に立つ五重の塔は、二月に行った奈良の室生寺のものをモデルにしているのそうだ。
納得※こちらから二月に奈良を訪れた時のブログをご覧ください
室生寺とちがって芯柱は鋼管が使われているそうだが。


「孝養門」は日光の陽明門がモデル。


↑本堂は平等院鳳凰堂がモデル。


高さ十五メートルにもなる観音様のモデルは、法隆寺夢殿に秘されている聖徳太子に似せたといわれる救世観音。それにしても大きい。
**
ここを訪れたのは上のような再生産建築を見るためではない。

まさにここにしかない、冒頭のような「未来心の丘」のため。
「天気が悪かったらやめておこう」と思っていたが、今日は海も大理石も輝いている。

と、ここで旅メンバーのおひとり、尾道「なかた美術館」の中田さんが杭谷さんと連絡をとってくださっていた。
美術館で彼の作品を購入していたこともあり、今でもイタリアから戻ると美術館に寄っていかれるのだそうだ。
でも、「日本にいない時が多いからお会いするのは無理だろうな」と思っていたら…なんと前日の新聞に4月29日から「未来心の丘」で展示会をすると掲載されていた(^^)
※拡大してお読みください

アトリエ=作業場は丘の下にあった
巨大な石からうみだされる作品制作はまるで工事現場のよう。
体力がなくては材料と対峙することさえできない。

「石と対話して中から姿を彫り出す」と、
まるでミケランジェロみたいなことをおっしゃる。
これらの大理石は、ミケランジェロが制作に使ったカラーラ山からコンテナで運ばれてきたもの。
世界中の彫刻家が知るカラーラ山の大理石を、これだけふんだんにつかった場所が瀬戸内の小さな島にあるのは驚きだ。
十七歳のころに刻んだという小さな観音像を見せてくださった。
安心した。
誰もが取り組む基礎的な写実を、杭谷さんもとおってこられたのだ。
十代の作品というにはこれも抜きんでた力量を感じさせるが。

そこからこんなダイナミックな抽象造形をはじめるのに、どのようなきっかけがあったのかしらん。
「ファッツィーニからいつも『個性をだせ』と言われていたんです」
ファッツィーニとは、二十代でわたったイタリアでの師匠。
技術も才能もあったからイタリアで学ぶことができたのだろうけれど、「上手い」だけでは成り立たないことはどんな表現の世界でも同じ。
どのようにして乗り越えられたのかは本人にしかわからない。
しかし、乗り越えて自分自身の表現を獲得したからこそ、この「未来心の丘」の話が耕三寺さんからもたらされたのだろう。
それは杭谷さんの生涯でも指折りの幸運だったと言ってよい。
表現を自分の生業とする人の中で、こんな場所を得られるのはごくごく限られた人でしかないのだから。

いっしょに丘にのぼり、案内していただいた。




ぱっと見にはわかりにくいが↑この塔は猫が月を見ている姿が組み込まれている
真ん中は空洞になっている↓


抽象彫刻だとばかり思っていたが、こんなのもあるんだ。

完成した作品は作者の手を離れるとよく言われるが、見る人がそれぞれ自分の見方をすればよい。
↑これなんか、小松には「氷山」でした(笑)

階段は波なのかしらん。
「大理石は水の性質、木は火の性質、日本人は木の性質だから怒りやすい(火がつきやすい)んです」
杭谷さんが言ったことが、自然に思えた。

頂上のモニュメントは何なのだろう?
祈る手?天のエネルギーを受け取る場所?
とにかく一度見たら忘れない姿。



カフェも大理石


しかし、もっとも印象的だったのは、我々のまわりを走り回って遊ぶ近所の子供たちがいたことだった。
この場所は子供たちに開放されていている。
小学校ぐらいではこの場所の特別さはわからない。
ずっとずっと先になってから、故郷の大理石の丘はほかにはなかったのだと、気づくだろう。
その時にはきっともういなくなっている(かもしれない)杭谷さんの事も知るだろう。
その時にこそ、表現者としての本懐が遂げられるのではないかしらん。


今回、杭谷さんとの出会いをつくってくださった尾道在住の方々とはここでさよなら。
我々は大三島経由で、今晩泊まる大久野島へむかいます。


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