【岩崎俊夫BLOG】社会統計学論文ARCHIVES

社会統計学分野の旧い論文の要約が日課です。

時々、読書、旅、散策、映画・音楽等の鑑賞、料理とお酒で一息つきます。

丸谷才一『星のあひびき』集英社、2012年

2012-11-10 01:26:14 | 評論/評伝/自伝

          

  中ほどに書評が35本。その前後に「評論気分」と「随筆的気分」「推薦および追悼」「解説する」のカテゴリーでくくられた文章がならんでいる。


  著者は小説家であり、文芸評論家であるが、つい先日、亡くなられた。合掌。

  この人の文章は、型どおりでなく、自由闊達で、月並みなところが全くなく、精神の動き方が独特だ。個性的で面白い。


  一番最後の「わたしは彼女を狙ってゐた」というのは、著者が毎日新聞の書評欄の顧問役を務めていたとき、女性の書評の書き手として、米原万里さんを狙っていたのだが、他の新聞社に取られてしまったということを書きながら、米原さんの書評のすごさを、あますところなく書き込んでいる。「米原万里は本に惚れるたちである。知的好奇心に富み、本に対して機嫌がいいのだろう。これは高級な生命力のあらはれだ」と褒めている。「本に対して機嫌がいい」という表現が素敵だ。

  書評というジャンルの文化性を数か所で論じている。いい書評を書く文化がまだまだ日本には育っていないという。

  夏目漱石の「坊ちゃん」に「清という下女」が出てくるが、清は坊ちゃんの生母ではないか、そう理解すると話の辻褄があう、という創見を開陳している。これもユニーク。

  「辞書的人間」は、辞書への畏敬が表明され、辞書を愛する人の話だ。著者もそのひとり。

  井上ひさしの演劇をたいそう讃えている。竹田出雲、黙阿弥と並ぶほどの劇作家と激賞している(p.255)。当然だろうが、その評価の視点が卓抜だ。井上作品のなかから3つあげるとすると、「雨」「化粧」「父と暮らせば」だという(p.123)。「ロマンス」には「花やかな仕掛け」があるという。ヴォードビルという要素をうまく使っているというのだ。「じつにおもしろい。楽しめるし胸をうつ」と書いている(p。120)。

  著者はその井上さんと石川淳と一緒に連句を愉快に遊んだ思い出をつづっている(p.195)。その連句を俳句、俳諧の関連をまじえた解説には目をさまさせられた。そういうことだったのかと。俳句は連句の発句だったそうで、正岡子規がその発句を俳句に格上げさせたとか。了解した。


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