黒猫書房書庫

スイーツ多めな日々です…。ブログはちょー停滞中(´-ω-`)

『最果てアーケード』小川洋子(講談社)

2012-07-13 | 読了本(小説、エッセイ等)
ひっそりと存在している小さなアーケード。
大家だった父は、私が十六歳の時、町の半分が焼ける大火事があった折、近所の映画館にいて死んでしまった。
そんなアーケードの真ん中あたりにあるレース屋には、もう常連になって久しい老女がいる。昔映画館の隣にあった劇場で長く衣装係をしていた女性。そのレース屋は使い古しのレースだけを扱う店である。
アーケードの配達係をしている私は、飼い犬のベベと共に、衣装係さんの家に配達に行った時に、そこでレースのちぎられたスリップを見かけた……“衣装係さん”、
お客さんのなかで、もっとも長い時間をそこですごしたのは、私が紳士おじさんとあだ名をつけた男性であろう。
アーケードには読書休憩室があり、そこにたびたび出入りしていたRちゃんと私は、本の趣味は違えど仲良しだった。<本当のお話>を求める彼女は、そこに置かれた百科事典を愛していたが……“百科事典少女”、
義眼屋にたびたびやってくる、兎夫人。<ラビト>の目をさがしているというが、それは剥製ではなく生きた兎であるらしい。写真も本物も見せずに、ぴったりな目が欲しいという彼女……“兎夫人”、
シンプルなドーナツだけを専門に売っている・輪っか屋さん。
十年前、輪っか屋さんには結婚を約束した、年の離れた恋人がいた。器械体操で元オリンピックの代表選手だったという女性。
かつて百科事典を売りにきたセールスマンが再びアーケードを訪れ、彼女について気になる噂を耳にしたという……“輪っか屋”、
レース屋の隣にある紙屋……レターセットやカード類、万年筆、インクなどを扱う店で、その店主はレース屋の店主の姉である。そこには誰かのために書かれた古い絵葉書もあった。
私がこの世で絵葉書というものがあると初めて知ったのは、五つか六つの頃。遠い町にある療養施設にいた母に会いに出かけた時だった。そこで出会った雑用係のおじいさんが、郵便物を仕分けしており、そんな彼に葉書を出すと約束していた私だったが……“紙店シスター”、
アーケードで一番の長老・ノブさんは、ドアノブ専門店の店主。
私は何かあるとその店の、雄ライオンの彫刻付きピューター製のドアノブのついたドアの向こうの窪みで過ごした……“ノブさん”、
勲章店の店主は、未亡人。夫は表彰式愛好家だった。
その店にある日、無口な初老の男が勲章を買い取って欲しいとやってきた。詩を書いていたという彼の父の形見だという……“勲章店の未亡人”、
私が一番緊張する仕事は、遺髪の配達。
レース屋さんが扱っている、遺髪で編まれたレースを見かけた客が依頼してくるのだった。
そんな遺髪専門のレース編み師は、年若い女性で、アパートの一室でひっそりと仕事をしていた。そんな彼女に私はあることを頼み……“遺髪レース”、
アーケードを出て真正面のビルにかけられている丸い大きな時計。
昔、この時計の針が動くところを目撃した子は、人さらいに連れていかれて二度と戻ってこられない、という噂があった。
配達がない日、店主たちが皆忙しそうで中庭に誰もいない時、私は一人、アーケードの店々を観察。お客さんの中から一人を選んで、後をつける。何となく心に留まった人を。文字盤の奥で人さらいが子供を見定めるが如く。
私が尾行しているのは死んだ父……“人さらいの時計”、
その日は日曜日で、真冬のよく晴れた一日だった。
勲章屋の奥さんが盲腸で入院、そして父と一緒に映画を見に行く約束をした日だった。
十六の冬休み。アーケードの配達係としてアルバイトをしたお金で映画のチケットを二枚買い、父にプレゼントした。映画館で待ち合わせることになっていたが、勲章屋さんの配達で、老人会のフォークダンス発表会の参加賞のメダルを届けた私は、当日になり急遽参加したおじいちゃんの分のメダルが足りないことに気づき、父との約束を気にしながら、店に取りに行くことに……“フォークダンス発表会”の10編収録の連作短編集。

世界でいちばん小さな、ひっそりとしたたたずまいのアーケードにある、ちょっと変わったお店たちと、その大家の娘である私のお話。
ヒト以上に物語るモノたちに潜む、切なくもいとおしい、記憶のかけらのコラージュのような作品でした。

<12/7/13>