499)アンジオテンシンII阻害剤の抗がん作用と寿命延長作用

図:肝臓で作られるアンジオテンシノーゲン(AGT)が、腎臓から分泌されるされるレニンで分解されて10個のアミノ酸からなるアンジオテンシン-I(AngI)が産生され、さらにアンジオテンシン変換酵素(angiotensin converting enzyme:ACE)によってアンジオテンシン-II(AngII)が産生される。AngIIは2種類の7回膜貫通型のGタンパク質共役型受容体を介して作用を発揮する。タイプ1(AT1R)は血管を収縮して血圧を上昇し、アルドステロンの分泌を促進し、ナトリウムと水分を保持する働きがある(全身作用)。さらにAT1Rは組織局所において、活性酸素の産生を増やして酸化ストレスを亢進し、炎症を増悪し、mTORC1活性を亢進する。その結果、老化を促進し、がんを含めた様々な加齢関連疾患の発症と進展を促進し、寿命を短縮する方向で作用する。ACEやAT1Rの働きを阻害する薬が高血圧や心臓疾患の治療に用いられており、抗がん作用や寿命延長作用が注目されている。

499)アンジオテンシンII阻害剤の抗がん作用と寿命延長作用

【不死身のコシチェイと抗加齢薬】
加齢とともに、体力や全身機能が低下してきます。
老化を感じる年代になると、私たちは抗加齢治療に興味を持ちます。「老化速度を遅くできないか?」「若返りができないか?」と考えます。
抗加齢とがん予防に効果が期待されている医薬品としてラパマイシン、メトホルミン、アスピリン、アンジオテンシンII阻害剤、プロプラノロールなどが報告されています。(ただし、人間に対してはまだ可能性の段階で、完全には証明されているわけではありません)
さらに、カロリー制限運動も、抗加齢とがん予防の両方に有効です。(317話参照)
ケトン食が寿命を延ばし、抗がん作用があることが報告されていますが、ケトン食の長期的な有用性はまだ不明です。(467話480話参照)
ただし、高血糖と高インスリン血症ががんの発生・進展と老化を促進することは証明されているので、血糖とインスリンを高めない糖質制限や、健康作用のあるオリーブオイルやω3系不飽和脂肪酸や中鎖脂肪酸を多く摂取するケトン食はがん予防と抗老化に有効だと考えています。
オリーブオイルとω3系不飽和脂肪酸(αリノレン酸、エイコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸)を多く摂取するだけでもがん予防と寿命延長効果があります。
サプリメントとしてはメラトニン454話)やドコサヘキサエン酸(DHA)エイコサペンタエン酸(EPA)があります。
以下のような論文があります。

Koschei the immortal and anti-aging drugs(不死身のコシチェイと抗加齢薬)Cell Death Dis. 2014 Dec; 5(12): e1552. (PMCID: PMC4649836)

スラヴ神話(9世紀頃までにスラヴ民族の間で伝えられた神話)にKoschei(コシチェイ)と呼ばれる醜い老人の姿をした悪人が出てきます。主に若い女性を襲います。
その名前は「骨」を意味する語で、骸骨の様な容貌を表します。
通常、「不死身のコシチェイ(Koschei the immortal)」という二つ名で呼ばれます。(下図)

図:不死身のコシチェイ(Koschei the immortal)はスラヴ神話やロシア民話に出てくる悪人(悪の権化というキャラクター)で、「コシチェイ」は「骨」の意味で、体は大きく(巨人)、骨と皮だけにまで痩せこけた骸骨のような容貌をしている。高速で空を飛ぶことができ、話ができる魔法の馬に乗って高速で移動できる。コシチェイの肉体と生命は別々になっているため、普通に攻撃しても殺すことはできない。

この論文では、スラヴ神話のコシチェイが骨と皮だけにまで痩せこけた骸骨のような容貌で、不死(immortal)である理由を、カロリー制限mTOR(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質)シグナルとの関連で以下のように比喩的に解説しています。

  • カロリー制限はmTORシグナルを阻害して寿命を延ばす。
  • ラパマイシン(mTOR阻害剤)は肥満を予防し寿命を延ばす。
  • 不死身のコシチェイが痩せているのはカロリー制限をしているから?
  • カロリー制限でmTORシグナルが抑制されているから不死になった?
  • 民話や神話で不死身のキャラクターは極端に痩せている。肥満はいない。

というような喩え話でカロリー制限の寿命延長作用のメカニズムを解説しています。
この論文の中で、臨床的に使用可能な抗加齢薬(five clinically available anti-aging drugs )として、ラパマイシン、メトホルミン、アスピリン、アンジオテンシンII阻害剤、プロプラノロールを挙げています。
ラパマイシンは臓器移植の拒絶反応の抑制に使われていますが、ラパマイシンを服用中の人はがんが少なく、寿命が延びることが知られています(382話383話参照)。
ラパマイシンはインスリン分泌を減少させ、その結果、インスリン誘導性の肥満を防ぐ作用もあります。
およそ50年前に、ラットを使った実験で、インスリン抵抗性を改善する糖尿病治療薬のメトホルミンが、老化を抑制し、がんの発生を予防することが報告されています。
人間でもメトホルミンががん予防と寿命延長に有効であることが明らかになっています。(384話参照)
ラパマイシンとメトホルミンはmTORシグナル系を阻害します。
この2つの組合せは、それぞれの副作用をキャンセルすることが知られています。
メトホルミンは乳酸の産生を増やしますがラパマイシンは乳酸産生を減らします。
ラパマイシンとメトホルミンはmTORC1活性を抑制することによってがん予防と寿命延長の2つの効果を発揮します。
カロリー制限もmTORC1活性を抑制することが抗加齢と寿命延長のメカニズムの一つです。

図: mTORC1(哺乳類ラパマイシン標的タンパク質複合体1)は成長ホルモン(GH)やインスリン様成長因子-1(IGF-1)やインスリンや様々な成長因子や過剰な栄養によって活性化され、細胞の増殖や体の成長に中心的な役割を担っている。成長が終了したあともmTORC1の働きが過剰に続くと、細胞や組織の老化が促進される。成長は「プログラムされた正常機能」であり、老化は「成長の延長(過剰機能)」であり、成長終了後はmTORC1の活性は老化と発がんを促進する方向に作用する。mTORC1を活性化して屈強な体を作るときは、寿命を犠牲にし、発がんリスクを高める可能性がある。ラパマイシン、メトホルミン、カロリー制限はmTORC1の活性を抑制することによって、がん予防と寿命延長の効果を発揮する。

アスピリンは炎症を抑制し、血小板と血管内皮細胞の過剰な働きを抑制します。
アスピリンは多くの加齢関連疾患の発症を予防し、進行を抑えることが報告されています。
乳がんや大腸がんや肝臓がんなど幾つかのがんの発生を予防する効果が報告されています。
がんの化学予防剤の研究で、最も効果が高いと考えられているのがアスピリンです。
あるメタ解析では、用量に拘らず、日常的にアスピリンを服用しているグループは、大腸がんの発生率が24%減少し、大腸がん関連死が35%減少したという報告があります。同様に、用量に拘らず日常的にアスピリンを服用している人は、全てのがんによる死亡が21%減少するという結果が報告されています。(Best Pract Res Clin Gastroenterol. 2011 Aug;25(4-5):461-72.)
先週のCancer(22: 2067-2075, 2016年)に発表された論文では、ステージⅠ〜Ⅲの乳がんでリンパ節転移がない閉経後女性の診断前のアスピリン使用により乳がん特異的死亡のリスクがほぼ半分になるとのデータが報告されています。
この研究では、1993~2009年にステージⅠ~Ⅲの乳がんと診断された閉経後女性2,925例を追跡しています。1,274例が乳がん診断前にアスピリンを使用していました。
診断前のアスピリン使用群と非使用群の乳がん特異的死亡に有意差は認められませんでしたが、リンパ節転移の有無により層別化した解析では、診断前のアスピリン使用はリンパ節転移陰性患者における乳がん特異的死亡の有意なリスク低下と関係していました(HR 0.54、95%CI 0.32~0.93、P=0.02)。診断前のアスピリン使用は、リンパ節転移の有無には関係していませんでした。
マウスや線虫の実験でアスピリンは寿命を延長することが報告されています。
アンジオテンシンIIは血圧制御やナトリウムと水分の保持といった全身作用の他に、局所において、活性酸素の産生を増やし、炎症を増悪させ、mTOR経路を活性化する作用が知られています。その結果、哺乳動物における老化と加齢関連疾患の発生と進展を促進します。
多くの動物実験で、アンジオテンシンIIの阻害剤はがん予防と寿命延長の効果が示されています。
レニン・アンジオテンシン系を阻害する医薬品としてアンジオテンシン変換酵素(ACE)の活性を阻害するACE阻害剤(一般に'-prils'という名称がつく)とアンジオテンシンII 受容体タイプ1(AT1R)を阻害するアンジオテンシン受容体阻害剤(一般に'-sartans'という名称がつく)が数多く販売され、高血圧や心疾患の治療薬として使用されています。
プロプラノロール(Propranolol)はアドレナリン受容体のβ1受容体とβ2受容体を遮断する薬で、高血圧や心疾患に使用されています。プロプラノロールにはがんを予防する効果が報告されています。
アンジオテンシンIIの阻害剤による抗がん作用と寿命延長作用について、さらに解説します。

【レニン・アンジオテンシン系は体液の保持と恒常性を制御している】
生物は体液(体内の水分や血液)を保持しその恒常性を維持する必要があります。
海水に発生した生物が、塩分の少ない淡水で生きられるように進化し、さらに陸に上がって生活する過程で、体の中に水分を保持するメカニズムが必要になってきます。
体内の水分が少なくなれば口渇を感じて水分を摂取し、脱水になれば尿の量を減らすようにホルモンが作用します。
出血して血液を失えば、血管が収縮して血圧を維持します。
このような、体内にナトリウムや水分を保持したり、尿量や血圧を調節する体内の制御システムの中心になっているのが、レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系です。
外傷によって血液が失われると、交感神経系が刺激されて、レニン、アンジオテンシン、アルドステロン、カテコラミン、ナトリウム利尿ペプチドが分泌され、体液が減少した状況で血圧を維持しようと働きます。
このようなメカニズムが進化しなければ、生き物は海の中から陸に上がって生存はできません。また、外傷による失血で簡単にショック状態になり、生存に不利になります。
レニン・アンジオテンシン・システム(renin-angiotensin system:RAS)は、血管収縮や血圧の制御、ナトリウム保持とカリウム排出の制御を行っています。
レニンの発見は120年前(1898年)です。腎臓皮質の抽出物の中に血圧を上昇させる物質として発見されています。
1934年には、犬の腎臓の動脈を機械的に閉塞すると慢性の高血圧が発生することが示されています。
腎臓の動脈が閉塞して腎臓に血液が来なくなると、血流を維持するために腎臓は血圧を上昇させる物質を産生するというメカニズムです。
このような研究から、腎臓から分泌されるレニンが、急速で短時間作用性の血圧上昇物質であるアンジオテンシンを産生する機序が解明されています。
レニンは血管拡張因子のブラジキニンを分解して不活性化する作用もあります。つまり、レニンは血管収縮の方向に向かわせます。
血圧や血中ナトリウム量が低下すると、肝臓でアンジオテンシノーゲンが産生されて血中に放出され、腎臓から分泌されるされたんぱく質分解酵素のレニンで分解されて10個のアミノ酸からなるアンジオテンシン-I(AngI)が産生されます。さらにアンジオテンシン変換酵素(angiotensin converting enzyme:ACE)によってアンジオテンシン-II(AngII)が産生されます。アンジオテンシン変換酵素(ACE)は主に肺の血管内皮細胞に発現しています。
AngIは不活性な前駆体で、AngIIが活性体です。
AngIIは受容体のタイプ1(AT1R)タイプ2(AT2R)に結合して、それぞれの受容体を活性化して作用を発揮します。
AngIからAngIIへの変換はACEの他にChymaseという酵素によっても起こります。Chymaseは心臓の肥満細胞(mast cell)、血管内皮細胞、間葉系の間質細胞、腎臓のメサンギウム細胞や血管内皮細胞などで産生されます。Chymaseは心臓や血管や腎臓において、特に病的状態でのAngIIの産生が関与しています。
AngIIはACE2によってAng1-7に変換される経路もあります。Ang1-7は血管拡張性の作用を示します。
ACE2はcarboxypeptidaseで、AngIIのC末端のアミノ酸を1個除去してアミノ酸7個のポリペプチド(Ang1-7)を産生します。
ACEとACE2の活性のバランスでAngIIの量が制御されます。
AngIIはさらに他のプロテアーゼで分解され、Ang(2-8)[AngIII]Ang(3-8)[AngIV]が産生されます。
AngIIIはAngIIと同様の作用を示しますが、弱い活性です。AngIVは腎臓や脳の血流を増やして、組織を保護する作用があります。
このように、活性型のAngII以外に、それから派生した物質も様々な作用を示すことによって、レニン・アンジオテンシン系全体が複雑に制御されています。(下図)

図:肝臓で作られるアンジオテンシノーゲン(AGT)が、腎臓から分泌されるされるたんぱく分解酵素のレニンで分解されて10個のアミノ酸からなるアンジオテンシン-I(AngI)が産生され、さらにアンジオテンシン変換酵素(angiotensin converting enzyme:ACE)によって8個のアミノ酸からなるアンジオテンシン-II(AngII)が産生される。AngIIの産生は主に血管系組織で起こる。AngIからAngIIへの変換はACEの他にChymaseという酵素によっても起こる。AngIIはACE2によってAng1-7に変換される経路や、AngIIがさらに他のプロテアーゼで分解され、AngIII [Ang(2-8)]、AngIV[Ang(3-8)]が産生される。(参考:EMBO Mol Med. 2; 247-257, 2010)

【アンジオテンシンIIは受容体を介して作用を発揮する】
アンジオテンシンIIは薬理学的に作用が異なる2種類の受容体に結合して作用します。
タイプ1受容体(AT1R)タイプ2受容体(AT2R)の2種類です。この2つの受容体は7回膜貫通型のGタンパク質共役型受容体です。
AT1Rは腎臓、心臓、脳、副腎、血管平滑筋、肝臓などで発現しています。
AT1RとAT2Rは循環系や腎臓において逆に作用して制御しています。
血液中を循環しているAngIIは血圧を上昇させたり、副腎皮質からアルドステロンの分泌を促進し、腎臓の尿管上皮細胞に作用してナトリウムと水分を保持する働き(全身作用)があります。さらにAngIIは炎症を増悪させ、組織傷害を促進する局所作用があります。これはタイプ1受容体(AT1R)を介した作用です。
一方、AT2Rは血管を拡張する作用や、心血管系を傷害から保護する作用や、腎臓の線維化を抑制する作用、炎症を抑制する作用、細胞増殖を抑制する作用があります。(下図)

 

図:肝臓で作られるアンジオテンシノーゲン(AGT)が、腎臓から分泌されるされるレニンで分解されて10個のアミノ酸からなるアンジオテンシン-I(AngI)が産生され、さらにアンジオテンシン変換酵素(angiotensin converting enzyme:ACE)によってアンジオテンシン-II(AngII)が産生される。AngIIは2種類の7回膜貫通型のGタンパク質共役型受容体を介して作用を発揮する。タイプ1(AT1R)は血管を収縮して血圧を上昇し、腎臓の尿管上皮細胞に作用してナトリウムと水分を保持する働きがある。さらにAT1Rは炎症を増悪させ、酸化ストレスを亢進し、線維化を亢進する。一方、AT2Rは血管を拡張し、、心血管系を傷害から保護する作用や、腎臓の線維化を抑制する作用、炎症を抑制する作用、細胞増殖を抑制する作用がある。(参考:EMBO Mol Med. 2; 247-257, 2010)

【アンジオテンシンIIは慢性炎症や発がんに関与している】
レニン・アンジオテンシン・システムの研究領域において、この20年間での進歩は、このシステムが組織局所や細胞内でも存在することが発見されたことです。
この局所におけるレニン・アンジオテンシン・システムの存在は、心臓、腎臓、脳、膵臓、生殖系、リンパ管系、脂肪組織などで確認されています。
このような組織や細胞内でのレニン・アンジオテンシン・システムの存在は、AngIIの全身循環系に対する作用の他に、炎症や細胞増殖や線維化にも関与することが明らかになっています。
AngIIは活性酸素の産生を増やし、細胞増殖や細胞死、細胞の移動や分化、細胞外基質の再構築などに関連し、遺伝子発現に影響し、細胞内の様々なシグナル伝達系に作用し、組織や細胞の傷害を促進する方向で作用しています。
腎臓や心臓や血管系においては、AngIIは炎症性サイトカインの遺伝子発現を促進し、組織に炎症細胞を集積させ、炎症反応を亢進します
高血圧においては、AngIIは腎臓におけるアンジオテンシノーゲンを誘導して、腎臓だけでAngIIを産生できるようになります。
AngIIはサイトカインやケモカインの産生を誘導し、炎症細胞を炎症が起こっている局所に集める作用があります。
炎症は血管の内皮細胞を活性化して、血管内皮由来の因子によって血管の透過性が亢進し、炎症局所において白血球が集積してきます。
AngIIは血管内皮増殖因子(VEGF)の産生を増やし、血管の透過性を亢進します。
セレクチン、VCAM-1(vascular cell adhesion molecule-1)、ICAM-1(intercellular adhesion molecule-1)などの血管内皮の接着因子の受容体の発現も亢進します。
AngIIはCOX-2を活性化してプロスタグランジンや活性酸素の産生を増やす作用もあります。
AngIIは炎症反応を増悪させるので、自己免疫疾患の発症に関与しています。
AngIIはT細胞機能に影響するTh1/Th17介在性の多発性硬化症の発症に関与することが報告されています。
AngIIはAT1受容体を介して、Th1とTh17サイトカイン(特にIFN-γとIL-17)の産生を亢進します。
ACE阻害剤やアンジオテンシン受容体阻害剤を用いてレニン・アンジオテンシン・システムを阻害すると、Th1とTh17サイトカインの産生を阻止し、抗原特異的制御性T細胞を誘導して、自己免疫疾患を抑制します。
脳組織のレニン・アンジオテンシン・システムが認知機能に影響することが指摘されています。
脳のレニン・アンジオテンシン系の活性化がアルツハイマー病の発症に関与しています。
アルツハイマー病の脳組織ではレニン・アンジオテンシン・システムの活性が亢進し、レニン・アンジオテンシン・システムの阻害は、アルツハイマー病の認知機能を改善します。
血液脳関門を通過できるACE阻害剤(perindopril, captopril)は認知機能を改善することが報告されています。
819,491人のコホート研究では、アンジオテンシンII 阻害治療(ACE阻害剤かタイプ1AngII受容体阻害剤)を受けている人は認知機能が改善することが明らかになっています。
ACE阻害剤とタイプ1AngII受容体阻害剤の併用は認知機能の改善において相加効果が示されています。(ただし、この2つの薬剤の併用は、低血圧や高カリウム血症や腎臓障害を引き起こすリスクを高めるので、副作用を引き起こさない量の摂取が重要です。)
これらの薬がパーキンソン病の改善に有効であることも報告されています。
アンジオテンシンIIの阻害が活性酸素の産生を減らして、虚血性脳傷害を軽減することが報告されています。AngIIはAT1受容体を介してNAD(P)Hオキシダーゼを活性化し、活性酸素の産生を増やし、組織の酸化傷害を増やし、組織や臓器の老化を促進します。その結果、加齢関連の慢性疾患の発症を促進します。

【アンギオテンシンII阻害剤は寿命を延ばす】
最近、以下のような論文があります。

Angiotensin Converting Enzyme (ACE) Inhibitor Extends Caenorhabditis elegans Life Span(アンジオテンシン変換酵素阻害剤は線虫の寿命を延ばす)PLoS Genet. 2016 Feb 26;12(2):e1005866. doi: 10.1371/journal.pgen.1005866. eCollection 2016.

カエノラブディティス・エレガンス (Caenorhabditis elegans) は線虫の1種で、生物学の実験に良く使われます。加齢や寿命の研究にも使われています。インスリン・シグナル伝達系が働かないと寿命が延長するという事実も、この線虫の変異体を解析して得られています。
この論文では、FDA(米国食品医薬品局)が認可している医薬品を、線虫の寿命を延ばすかどうかでスクリーニングしています。その結果、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害剤のカプトプリル(captopril)を投与すると線虫の寿命が顕著で延びることが発見されました。そこで、アンジオテンシン変換酵素(ACE)の遺伝子が変異してACE活性が低下している変異体を解析すると、ACE活性が低下すると寿命が延びることが示されました。
アンジオテンシン変換酵素(ACE)の遺伝子が変異している線虫では、カプトプリルによる寿命延長効果は認められませんでした。
その結果、アンジオテンシン変換酵素(ACE)を阻害する薬は、加齢関連疾患の発生や進展を抑制し、寿命を延ばすことができるという結論です。
アンジオテンシンIIタイプ1受容体(AT1R)の阻害はマウスの寿命を延ばす作用が報告されています。
ある実験では、29ヶ月齢で通常のマウスは全例死亡しましたが、この受容体を欠損したマウスでは85%が生きていました。
アンジオテンシンIIタイプ1受容体(AT1R)の欠損したマウスは通常のマウスより寿命が7ヶ月(26%)延長しました。
つまり、AT1受容体を欠損するマウスは寿命が延長するということです。
高血圧のラットにアンジオテンシンII変換酵素阻害剤やアンジオテンシンII受容体阻害剤でアンジオテンシンIIの活性を阻害すると、寿命が2倍になるという実験結果も報告されています。
ACE阻害剤とアンジオテンシンII受容体タイプ1(AT1R)阻害剤は、活性酸素の産生を減らして酸化傷害を軽減し、生存を延ばす遺伝子の発現を亢進し、寿命を延ばすことが示されています。
このように、組織局所におけるレニン・アンジオテンシン系が、炎症や老化やがんにも関与することが明らかになり、レニン・アンジオテンシン系の抑制や阻害が抗老化作用や抗がん作用を示すことが明らかになってきました。
アンジオテンシンII(AngII)がその受容体(特にAT1R)に結合するとミトコンドリアの機能異常を促進し、細胞内の活性酸素の発生量と増やし、細胞や組織のダメージを促進します。
ラットを使った実験では、AngIIシグナル系を阻害すると神経変性を抑制し、寿命を延ばすことが明らかになっています。
レニン・アンジオテンシン系は慢性炎症性疾患や自己免疫疾患、老化関連の組織傷害、悪性腫瘍の治療のターゲットになっています。加齢関連疾患や慢性炎症性疾患やがんを予防して健康寿命を延ばすという観点から、レニン・アンジオテンシン系を抑制する薬は有用だと言えます。

【アンジオテンシンII阻害は抗がん作用を示す】
アンジオテンシンIIのタイプ1受容体(AT1R)の活性化はがん細胞の増殖や血管新生を促進することが明らかになっています。
AT1Rは様々な正常細胞に発現していますが、がん細胞にはAT1Rの発現量が亢進していることが報告されています。がん組織で産生されるアンジオテンシンIIとがん細胞に発現しているAT1Rが、がん細胞の発生や進展において重要な関与を行っている可能性が報告されています。
AngII-AT1Rシグナル伝達系の活性化が上皮成長因子受容体(EGFR)の発現を亢進する作用も報告されています。
したがって、ACE阻害剤やAR1T阻害剤は抗がん作用を示すことが指摘されています。
アンジオテンシンII阻害剤は肺がんにおけるタルセバの効果を高めるという報告があります。

Renin-Angiotensin System Blockers May Prolong Survival of Metastatic Non-Small Cell Lung Cancer Patients Receiving Erlotinib (レニン-アンジオテンシン・システムはエルロチニブ投与を受けている転移のある非小細胞性肺がん患者の生存期間を延長する可能性がある)Medicine (Baltimore). 2015 Jun; 94(22): e887.

エルロチニブ(Erlotinib)は上皮成長因子受容体(EGFR)のチロシンキナーゼを選択的に阻害する内服の抗がん剤で、商品名をタルセバと言います。非小細胞性肺がんや膵臓がんの治療に使われています。
転移している非小細胞性肺がんに対してエルロチニブで治療を行った117例の患者を解析したところ、アンジオテンシン変換酵素阻害剤(angiotensin-converting enzyme inhibitors:ACEIs)かアンジオテンシン2受容体タイプ1の阻害剤(angiotensin-2 receptor 1 blockers:ARBs)を服用していた患者さんの生存期間が長かったという結果が得られたという報告です。
この117例のうち、転移のある非小細胞性肺がんの診断のついた時点で、アンジオテンシン変換酵素阻害剤(ACEIs)かアンジオテンシン2受容体タイプ1の阻害剤(ARBs)のどちらを服用している患者は37例でした。このレニン・アンジオテンシン系阻害剤のグループ(renin-angiotensin system blockers:RASBs)が、RASBsを服用していない非小細胞性肺がん(転移あり)80例を対照にして比較しています。
全症例の平均年齢は61(±1)歳で、全例が抗がん剤治療かエルロチニブ治療を受けていました。
RASB群は対照群に比べて、喫煙率が高く、高血圧と虚血性心疾患の率が高く、エルロチニブ、サイアザイド系利尿薬(thiazides)、βブロッカー、カルシウム・チャネル・ブロッカーを使用している頻度が高いことが認められています。
追跡期間の中央値は18.9ヶ月(1〜102ヶ月)です。
追跡期間の中央値はRASB群が17ヶ月で対照群が11ヶ月と統計的有意差を認めました(P=0.033)
処方されたRASB剤で最も多かったのはバルサルタン(valsartan)でした(37例中12例が服用)。
解析の時点で98例(83.7%)が死亡していました。
全生存期間の中央値はRASB群で17ヶ月、対照群は12ヶ月でした(P=0.016)。
興味深いことに、エルロチニブで治療を受けている場合に、RASBの使用による生存期間の延長が最大でした
RASB+エルロチニブの全生存期間が34ヶ月に対して対照群は25ヶ月でした。
エルロチニブ治療でACEIの使用者は4例のみであったため、この生存期間の延長はおもにARBs(アンジオテンシン2受容体タイプ1の阻害剤)によるものでした。
アンジオテンシンIIの阻害剤が大腸がんの抗がん剤治療の効果を高めるという報告があります。

Angiotensin II type-1 receptor blockers enhance the effects of bevacizumab-based chemotherapy in metastatic colorectal cancer patients.(アンジオテンシンIIタイプ-1受容体阻害剤は転移のある結腸直腸がんにおけるベバシズマブを併用した抗がん剤治療の効果を高める)Mol Clin Oncol. 2015 Nov;3(6):1295-1300.

がん研有明病院の消化器科からの報告です。
ベバシズマブ(Bevacizumab)は、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)に対する モノクローナル抗体です。VEGFの働きを阻害することにより、血管新生を抑えたり 腫瘍の増殖や転移を抑えたりする作用を持つ分子標的薬です。商品名はアバスチンで、他の抗がん剤と併用することでよい治療成績が得られています。
組織局所のレニン・アンジオテンシン系が血管内皮細胞増殖因子(VEGF)や上皮成長因子受容体(EGFR)の発現を促進して血管新生を促進することが知られています。
そこで、アンジオテンシンIIタイプ-1受容体の阻害剤とベバシズマブを併用すると抗腫瘍効果が増強するのではないかという仮説のもとに、181例の転移のある結腸直腸がんの患者を対象に臨床試験を行っています。
ファーストラインのオキサリプラチンをベースにした抗がん剤とベバシズマブの併用による抗がん剤治療を受けている患者が、セカンドラインの抗がん剤治療を受ける前からアンジオテンシンIIタイプ-1受容体阻害剤を服用していた群と服用していなかった群の2つのグループに分け、セカンドラインの抗がん剤治療の治療効果を比較しています。
無増悪生存期間中央値(median progression-free survival)は、セカンドラインの抗がん剤とベバシズマブとアンジオテンシンIIタイプ-1受容体阻害剤の併用群(n=56)が8.3ヶ月に対して、アンジオテンシンIIタイプ-1受容体阻害剤を使用しなかった群(n=33)では5.7ヶ月でした。(ハザード比=0.57: 95%信頼区間は0.35〜0.94, P=0.028)
全生存期間中央値(median overall survival)は、アンジオテンシンIIタイプ-1受容体阻害剤を使用した群が26,5ヶ月に対して、使用しなかった群では15.2ヶ月でした。(ハザード比=0.47, 95%信頼区間は0.25〜0.88, P=0.019)
以上の結果から、この論文の著者は、転移のある結腸直腸がんの治療にアンジオテンシンIIタイプ-1受容体阻害剤に使用は生存期間を延長する効果があるという結論を述べています。
以下のような報告もあります。

Impact of renin-angiotensin system blockade on clinical outcome in glioblastoma.(グリオブラストーマの臨床成績におけるレニン・アンジオテンシン系阻害の影響)Eur J Neurol. 2015 Sep;22(9):1304-9.

【要旨】
研究の背景と目的:グリオブラストーマは手術や放射線治療やテモゾロマイド(temozolomide)による治療が行われるが、その予後は極めて不良でである。降圧剤として使用されているアンジオテンシン-II阻害剤は血管新生阻害作用があり、グリオーマを含め様々ながんの動物実験モデルで抗腫瘍効果が報告されている。そこで、アンジオテンシン-II阻害剤の使用がグリオブラストーマの治療効果を高めるかどうかを検討した。
方法:新規に診断され、放射線治療とテモゾロマイドによる化学療法の併用治療を受けた81例の患者を解析した。
この後向き試験(retrospective study)の目的は、無増悪生存期間と全生存期間に対するアンジオテンシン変換酵素阻害剤とアンジオテンシン-II受容体タイプ1阻害剤の影響を評価することである。
結果:解析した81例のグリオブラソトーマの患者のうち、26例が降圧剤による治療を受けていた。7例がアンジオテンシン変換酵素阻害剤を使用し、19例がアンジオテンシン-II受容体タイプ1阻害剤を使用していた。
放射線治療後6ヶ月の時点で機能的に自立していた患者の率は、アンジオテンシン-II受容体タイプ1阻害剤の使用者で85%に対して、それ以外の患者群では56%であった(P=0.01)
アンジオテンシン-II受容体タイプ1阻害剤の使用者の無増悪生存期間は8.7ヶ月(それ以外の患者群では7.2ヶ月)、全生存期間は16.7ヶ月(それ以外の患者群では12.9ヶ月)であった。
多変動解析の結果、アンジオテンシン-II受容体タイプ1阻害剤の使用は、無増悪生存期間(P=0.004)と全生存期間(P=0.04)の両方を統計的有意に延長する要因であった。
結論:放射線治療とテモゾロマイド治療にアンジオテンシン-II受容体タイプ1阻害剤を併用することはグリオブラストーマ患者の予後を改善する可能性が高い。この仮説を検証する前向き臨床試験を行う必要がある。 

グリオブラストーマと診断されると、治療を受けても2年以上の生存は困難な腫瘍です。
グリオブラストーマの診断で放射線治療とテモゾロマイド(商品名テモダール)の併用による標準治療を受けた連続した81例を過去に遡って(retrospectiveに)解析しています。その結果、降圧剤としてアンジオテンシン-II受容体タイプ1阻害剤を使用して患者は、この薬を使用していない患者と比べて、生存期間が長かったという結果が得られたという報告です。
アンジオテンシン変換酵素阻害剤では有効性が確認されていませんが、それはアンジオテンシン変換酵素阻害剤を服用していた患者が7例と少なかったために統計的な有意差がでなかったのかもしれません。
いずれにしろ、グリオブラストーマは血管が豊富な腫瘍であるため、血管新生阻害作用のあるアンジオテンシン-II受容体タイプ1(AT1R)阻害剤の服用はメリットがあるようです。
AT1R阻害剤が血管内皮増殖因子(VEGF)の産生を抑制することが知られています。
乳がん細胞の増殖や転移や血管新生を抑制する結果も報告されています。エストロゲン受容体陽性の乳がん細胞にはアンジオテンシンII受容体(AT1R)の発現が亢進しており、AT1R阻害剤で乳がん細胞の増殖が抑制されることが報告されています。
ACE阻害剤を服用している高血圧患者は乳がんの発生が少ないという報告もあります。
同様な作用は前立腺がんでも報告されています。
がん患者さんで血圧が高い人は、アンジオテンシン-II受容体タイプ1阻害剤を服用するメリットはあります。
高血圧でなくても、低血圧を起こさないレベルのアンジオテンシン-II受容体タイプ1阻害剤かACE阻害剤を服用するメリットは高そうです。
私自身も、がん予防と健康寿命延長を目的に、抗加齢とがん予防に効果が科学的あるいは臨床的に証明されているものを利用しています。
私が服用しているの薬は、メトホルミン(メトグルコ)アスピリン(バイアスピリン)アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ロサルタン)を副作用がでないレベルの量を服用しています。サプリメントはメラトニンビタミンD3ジインドリルメタンアセチル-L-カルニチンです。
食事は脂ののった魚や大豆やナッツやオリーブオイルを多くした糖質制限食で、中鎖脂肪酸(MCTオイル)も多めに摂取してケトン体を増やすマイルドなケトン食を実践しています。
適度に運動もしています。
どこまで老化を抑制できるかは未知ですが、医学的に根拠があることを実践すれば、少しは健康寿命を延ばせるかもしれません。

参考文献:

Angiotensin II revisited: new roles in inflammation, immunology and aging. EMBO Mol Med. 2010 Jul; 2(7): 247–257.

The renin-angiotensin system meets the hallmarks of cancer. Journal of Renin-Angiotensin-Aldosterone System August 9, 2013 1470320313496858

 

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