504)抗酸化剤の2面性(その1):抗酸化剤の過剰摂取は寿命を短縮する

図:(上)細胞へのストレスの刺激強度が強いと細胞にダメージを与える。しかし、軽度なストレス刺激は細胞のストレス抵抗性やダメージに対する修復能を高める。これをホルミシス効果と言う。
(下)カロリー制限や適度な運動、2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)、メトホルミン、レスベラトロールはミトコンドリアでの呼吸活性を上昇させ、活性酸素種の発生を増やす。その結果、細胞は転写因子のFox03aやPGC-1α(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター1α)やNrf2の活性を高め、抗酸化酵素や解毒酵素の発現を高め、ストレス抵抗性を高めて、加齢関連疾患の発症を抑制し、寿命を延ばす。一方、過剰なカロリー摂取や過度の運動は活性酸素の産生が増え、細胞膜やDNAの酸化傷害を高め、加齢関連疾患を促進し寿命を短縮する。抗酸化剤の摂取は、酸化傷害を防ぐ場合と、ホルミシス効果を弱めてストレス抵抗性を弱める場合の2面性がある。

504)抗酸化剤の2面性(その1):抗酸化剤の過剰摂取は寿命を短縮する

【体内では電子の争奪が行われている】
 
全ての物質は原子からできています。原子というのは物質を構成する最小の単位であり、原子核を中心にその周りを電気的に負(マイナス)に帯電した電子が回っているという形で現されます。
通常、電子は一つの軌道に2個づつ対をなして収容されますが、原子の種類によっては一つの軌道に電子が一個しか存在しないことがあります。このような「不対電子」を持つ原子または分子をフリーラジカル(遊離活性基)と定義しています。
   

本来、電子は軌道で対をなっている時がエネルギー的に最も安定した状態になります。そのためにフリーラジカルは不安定で、他の分子から電子を取って自分は安定になろうとします。フリーラジカルとは、不対電子をもっているために、非常に反応性の高まっている原子や分子なのです。  

活性酸素は「不対電子を持っている酸素由来の分子」で、他の物質から電子を奪って酸化するのです。(図)。  

図:不対電子を持っている原子や分子をフリーラジカルという。フリーラジカルは他の物質から電子を奪って安定化するが、電子を奪われた物質(酸化された物質)はフリーラジカルとなってさらに他の物質から電子を奪うようになる。このように体内では電子の争奪が繰り返し行われている。

酸化」するというのは活性酸素やフリーラジカルが、ある物質の持っている電子を奪い取ることを意味します。「酸化」の本来の定義は「電子を奪うこと」なのです。
一方、ある物質が別の物質から電子をもらうことを「還元」といいます。 (下図) 

図:ある物質が水素(電子)を奪われると「酸化された」という。逆に、水素(電子)を与えられると「還元された」という。体内ではこの電子のやり取りが繰り返し行われている。

細胞が生きていくために必要なエネルギー(=ATP)は、細胞内のミトコンドリアで酸素を還元して水になる反応(電子伝達系)を使って産生しています。この過程では1分子の酸素(O2)に4つの電子(e-)を渡して四電子還元され、さらに水素イオン(H+)と結合して水(H2O)になります。
この反応では必ずしも酸素分子に電子がきっちり4個渡されるとは限りません。酸素分子に不完全に電子が渡され、部分的に還元されたものが発生し、これが活性酸素になります。
例えば、1個の電子が渡された場合はスーパーオキシド(O2-)という活性酸素になります。ふつうの酸素分子は16個の電子を持っていますが、スーパーオキシドは17個の電子をもっており、そのうち1個が不対電子になりフリーラジカルとなるのです。

図:細胞の酸素呼吸によって体内で絶えず発生しているスーパーオキシドと過酸化水素は、鉄イオン(Fe)や銅イオン(Cu)と反応してヒドロキシラジカルを発生する。ヒドロキシラジカルは強力な酸化作用を持ち、細胞や組織を酸化して障害を起こし、様々な疾患の発生の原因となる。細胞内にはこれらの活性酸素を消し去る酵素(スーパーオキシドディスムターゼ、カタラーゼ、グルタチオンペルオキシダーゼなど)や抗酸化物質(ビタミンC,ビタミンE,グルタチオンなど)が活性酸素の害から守っている。これらを総合して抗酸化力と言う。 

【活性酸素は細胞成分を酸化して老化や病気の原因になる】

フリーラジカルは、他の物質の電子を奪う(酸化する)性質があります。DNAから電子が奪われると誤った遺伝情報が作られ、がん細胞の発生につながります。
DNA以外にも、体の土台をなしている蛋白質や脂肪からも電子を奪い酸化して細胞の機能の障害を引き起こし、ひいては組織や臓器の機能の低下を招いて老化が進行し、様々な疾患を引き起こします。
このように、フリーラジカルが細胞や組織を構成する成分を酸化してダメージを与えることを酸化傷害といいます。
体内での活性酸素の産生量が増えたり体の抗酸化力が低下すれば、体内の細胞や組織の酸化が進むことになります。このように体内を酸化する要因が体の抗酸化力に勝った状態を「酸化ストレス」と言います。酸化ストレスが高い状態というのは、「体の細胞や組織のサビ(=酸化)」を増やす状態であり、このサビが過剰になると、様々な疾患や老化の原因となります。
細胞や組織が酸化ストレスを受けると、細胞内のタンパク質や細胞膜の脂質や細胞核の遺伝子などにダメージが起こり、がんや動脈硬化や認知症など様々な病気の原因となります。
生物は酸素を利用することによって莫大なエネルギーを産生できるようになったのですが、その代償として酸化傷害による細胞の老化やがん化が促進されることになります。
酸化ストレスを軽減することは、がんや動脈硬化などの生活習慣病を始め、様々な老化性疾患の予防や症状の改善に役立つと考えられています(図)。



図:細胞内において、フリーラジカルや活性酸素による酸化負荷から抗酸化酵素や抗酸化物質などによる抗酸化力を差し引いたものが酸化ストレスとなる。酸化ストレスはDNAの変異や細胞増殖活性を高め、免疫力を低下させるので、がんの発生や進展を促進する。細胞や組織の酸化傷害は心臓や腎臓や肝臓など多くの臓器の機能を低下させ、体全体の老化を促進する。

【抗酸化剤をサプリメントで摂取しても寿命延長もがん予防効果も得られない】
上記のような「活性酸素が老化やがんの原因」という考えを、老化とがんの「フリーラジカル仮説(free radical hypothesis)」や「酸化ストレス仮説(oxidative stress hypothesis)」と呼んでいます。
活性酸素は遺伝子のDNAを傷つけることによってがんの発生の原因となり、細胞膜や細胞内タンパク質などを酸化して機能傷害を引き起こすことによって老化を促進するという考えです。 

老化のフリーラジカル仮説(free radical theory of aging)は1956年にDenham Harmanによって提唱され、その後、この「老化やがんが体内で発生した活性酸素によって促進される」と言う考えは、多くの研究者に支持されています。
そして、抗酸化剤の摂取によって体の酸化ストレスを軽減することは、がんや動脈硬化などの生活習慣病を始め、様々な老化性疾患の予防や症状の改善に役立つと考えられています。
しかし、ヒトでの臨床試験では、抗酸化物質のサプリメント(ビタミンAやCやEなど)を多く摂取しても寿命を延ばすことも発がん率を低下させる結果も得られていません
抗酸化性サプリメントが動脈硬化や神経変性疾患やがんなどの老化性疾患の発症予防に効果があるはずだという仮説を基に、1970年代以降に多くの臨床試験や疫学研究が実施されていますが、多くの研究はこの仮説を否定する結果になっています。
逆に、ビタミンEなどの抗酸化性サプリメントの過剰摂取は死亡率を高め、したがって寿命を短縮するという大規模疫学研究の結果が複数報告されています。

体の抗酸化作用は老化やがんの予防に有効なのに、抗酸化剤のサプリメントの補充は逆効果という現象をどのように説明するかということになります。
最近は、「ホルミシス」の考えでこの現象が説明されています。
適度な酸化ストレスは細胞のストレス抵抗性を高めるので、過剰な抗酸化剤は細胞のストレス抵抗性を弱めるので逆効果になるという考えです。無菌状態で暮らすと、免疫力が退化して感染症に対する抵抗力が低下するのと同じで、絶えず適度な刺激があった方が体は抵抗力や治癒力を高めることができるので、寿命延長や病気予防に有利になるという現象です。

【適度なストレスはストレス抵抗性を増強する】
体には、軽度なストレスを受けると、そのストレスを排除するために細胞内システムが活性化して、そのストレスに対する抵抗力を高めるようになるという仕組みがあります。
生物に対して通常有害な作用を示すものが、微量であれば逆に刺激作用を示す有益な作用になるという現象で、こうした生理的刺激作用を「ホルミシス(Hormesis)」と言います。
除草剤(農薬)のパラコートは活性酸素を発生させます。線虫を様々な濃度のパラコートの入った培地で育てて、その寿命を検討した実験があります。
パラコートの濃度が極めて低い(0.005mM以下)と寿命に影響は及ぼしませんが、濃度が0.01mMから0.5mMの場合は、寿命が最大で60%くらい延長します。1mM以上だと逆に寿命は短縮します。軽度の酸化ストレスは寿命を延ばし、高度の酸化ストレスはダメージを与えるので寿命は短縮するという結果です。 

 

図:細胞へのストレスの刺激強度が強いと細胞にダメージを与える。しかし、軽度なストレス刺激は細胞のストレ抵抗性やダメージに対する修復能を高め、その結果寿命を延ばす。

ミトホルミシス(Mitohormesis)というのは「ミトコンドリアをターゲットにしたホルミシス効果」という意味です。
例えば、ミトコンドリアでの活性酸素の産生が高まると、細胞内の抗酸化力が高まるので、ストレスに対する抵抗力が高まって寿命が延びるという考えです。
カロリー制限適度な運動2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)、メトホルミンレスベラトロールはミトコンドリアでの呼吸活性を上昇させ、活性酸素種の発生が増えます。その結果、細胞は転写因子のFox03aPGC-1α(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター1α)Nrf2の活性を高め、抗酸化酵素酵素や解毒酵素の発現を高め、ストレス抵抗性を高め、加齢関連疾患の発症を抑制し、寿命を延ばす作用を発揮します。
例えば、2−デオキシ-D-グルコース(2-DG)は寿命延長作用があります。(381話参照)
2-DGで解糖系を阻害すると、ミトコンドリアでの呼吸活性が上昇し、活性酸素種が増えます。N-アセチルシステインにより活性酸素種を消去すると、2—DGの寿命延長効果は消えてしまいます。したがって、2-DGは適度な酸化ストレスを細胞に与えてホルミシス効果でストレス抵抗性を高め寿命を延ばすというメカニズムが証明されています。

 

図:カロリー制限や適度な運動、2-デオキシ-D-グルコース(2-DG)、メトホルミン、レスベラトロールはミトコンドリアでの呼吸活性を上昇させ、活性酸素種の発生を増やす。その結果、細胞は転写因子のFox03aやPGC-1α(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γコアクチベーター1α)やNfr2の活性を高め、抗酸化酵素酵素や解毒酵素の発現を高め、ストレス抵抗性を高めて、加齢関連疾患の発症を抑制し、寿命を延ばす。一方、カロリー過剰や過度の運動は活性酸素の産生が増え、細胞膜やDNAの酸化傷害を高め、加齢関連疾患を促進し寿命を短縮する。

過度の運動の後に、発生した活性酸素の害を軽減する目的で抗酸化剤を摂取するのは意味があるかもしれません。
しかし、日頃から過剰の抗酸化剤を摂取していると、むしろ細胞の抗酸化力や解毒力などのストレス抵抗性を弱めて、酸化傷害を受けやすい状態になる可能性があります。これが、過剰な抗酸化性サプリメントの摂取ががんの発生を促進し、寿命を短くする理由となっていることが指摘されています。
つまり、抗酸化性サプリメントの摂取には良い面と悪い面の2面性があることを認識しておくことが重要です。
がん治療においては、抗酸化性サプリメントの使用はマイナスというジャームズ・ワトソンの考えの方が、最近は主流になっています(357話参照)。
抗酸化剤の摂取はがん細胞の増殖を促進する可能性が報告されています
がん細胞の細胞内の活性酸素の発生を増やし、抗酸化システムを阻害して、がん細胞に選択的に酸化ストレスを高めることによってがん細胞を死滅させる方法が検討されています。
がん細胞の解糖系を阻害し、ミトコンドリアでの活性酸素の産生を増やし、抗酸化システムを阻害する組合せです。
がん治療の場合には、がん細胞の酸化ストレスを高めてがん細胞にダメージを与える方が良く、抗酸化剤を使うとがん細胞を保護する結果になるという考えが、最近の主流になりつつあります。
ただし、フラボノイドなどのポリフェノールは抗酸化作用以外に、様々な薬理作用を持つので、有用性と有害作用は総合的に判断する必要があります。
例えば、赤ワインに多く含まれるレスベラトロールは抗酸化作用はありますが、ミトコンドリアの呼吸酵素を阻害して活性酸素の産生を増やすことによってミトホルミシス効果を発揮します。
グルコースの取込みと解糖系とペントースリン酸経路を阻害するケトン食2−デオキシグルコースの組合せや、ミトコンドリアでの活性酸素の産生を高めるジクロロ酢酸ナトリウムメトホルミンレスベラトロール、抗酸化システムを阻止するオーラノフィンジスルフィラムなどの組合せはがんの代替医療として試してみる価値はあります。(360話418話419話424話

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