418)がん細胞の酸化ストレスを高める方法(その2):ケトン食

図:がん細胞のミトコンドリアは様々な機能異常があり、酸素を使ったエネルギー産生(酸化的リン酸化)において活性酸素が発生しやすい状況になっている。そのため、がん細胞はミトコンドリアでの代謝を抑え、酸素を使わない解糖系での代謝が亢進している。糖質摂取を減らし、脂肪の摂取を増やしてケトン体の産生を増やすケトン食は、グルコースの取込みや解糖系を抑制(=正常化)し、ペントースリン酸経路におけるNADPHの産生を低下させ、がん細胞内の活性酸素消去能を低下させる。さらに、ケトン食の主要なエネルギー源となる脂肪酸とケトン体はミトコンドリアでアセチルCoAに変換されて代謝されるため、がん細胞では脂肪酸とケトン体の代謝能は低下している。もしこれらをエネルギー源として利用すると活性酸素の産生が亢進してダメージを受けることになる。つまり、ケトン食はがん細胞に対してエネルギー産生を抑制し、活性酸素の産生を高めて酸化ストレスを亢進する2つの機序によってがん細胞を死滅させる。解糖系を阻害する2-DG(2-デオキシグルコース)、ピルビン酸脱水素酵素を活性化してミトコンドリアでの代謝を亢進するジクロロ酢酸、呼吸酵素複合体を阻害するメトホルミンはケトン食の抗腫瘍効果を高める。この図には記載していないが、がん細胞やがん組織内で活性酸素の産生を高める高濃度ビタミンC点滴、アルテスネイトも相乗効果が期待できる。

418)がん細胞の酸化ストレスを高める方法(その2):ケトン食

【がん細胞の酸化ストレスを高める治療法】
がん細胞の酸化ストレスを高めてがん細胞を死滅させる治療法は「oxidation therapy(酸化治療)」と呼ばれています。
がん細胞ではミトコンドリアの機能異常などによって酸素呼吸を行うと活性酸素の産生が高まることを前回(417話)解説しました。
がん細胞は酸化ストレスを高めたくないので、ミトコンドリアでの代謝を抑制し、酸素を使わない解糖系での代謝を亢進させています。
したがって、解糖系を抑制しミトコンドリアでの代謝(酸素を使ったエネルギー産生)を亢進すれば、がん細胞内の酸化ストレスを能動的に高め、がん細胞を死滅させることができます。
そもそも放射線治療と一部の抗がん剤(ビンブラスチン、シスプラチン、マイトマイシンC、ドキソルビシン、カンプトテシンなど)は、がん細胞に酸化傷害を引き起こして細胞にダメージを与えて死滅させます。
このような治療に対して、がん細胞は抗酸化酵素(SODやカタラーゼなど)を誘導したりグルタチオンの産生量を増やして、酸化ストレスに対する抵抗性を高めます。
これが、薬剤耐性の一つのメカニズムになっているので、抗酸化酵素の誘導やグルタチオンの産生を阻害すると、これらの治療に対する効果を高め、さらに抵抗性獲得を阻害することができます。
酸化ストレスを増やさないようにがん細胞ではミトコンドリアでの代謝が抑制されています。酸素を使わない方ががん細胞の生存には有利だからです。(302話参照)
がん細胞におけるミトコンドリアの機能低下は不可逆的なものではなく、可逆的に活性化することもできます。
がん細胞で解糖系が抑制されると、エネルギー産生をミトコンドリアでの酸化的リン酸化反応に移行せざるを得なくなります。
元々がん細胞は抗酸化酵素の発現が低下しているので正常細胞よりも抗酸化力が低い特徴があります。したがって、ミトコンドリアにおける酸化的リン酸化が活性化して活性酸素の産生が高まると、がん細胞内で酸化ストレスが増大し、アポトーシスが起こりやすくなります
糖質摂取を極端に減らしてケトン体を産生しやすい中鎖脂肪酸(MCTオイル)やがん抑制作用のあるω3系不飽和脂肪酸(αリノレン酸、ドコサヘキサエン酸、エイコサペンタエン酸)やオリーブオイルの摂取を増やすケトン食はがん細胞に比較的特異的に酸化ストレスを高めることができます。
ケトン食は単独でも抗腫瘍効果がありますが、さらにミトコンドリアの代謝を活性化するジクロロ酢酸や、糖新生を抑制するメトホルミン、がん組織の過酸化水素の産生を高める高濃度ビタミンC点滴などを併用するとケトン食の抗腫瘍効果を高めることができます。

【ケトン食はがん細胞の酸化ストレスを亢進する】
グルコース代謝の解糖系で産生されるピルビン酸と、グルコース-6-リン酸からペントース・リン酸経路で産生されるNADPHはともに活性酸素を消去する活性があります(417話参照)。
したがって、がん細胞では、グルコースの取込みを増やし、解糖系とペントース・リン酸経路を亢進させ、ミトコンドリアでの代謝(酸素呼吸)を抑制することによって、活性酸素の産生を抑制して酸化ストレスが高まるのを防いでいます。(下図)

図:上図で赤の矢印と文字はがん細胞で活性化あるいは増えていることを示している。がん細胞ではミトコンドリアの呼吸鎖の異常などによって酸素を使ってATPを産生すると活性酸素の産生量が増える状況にある。そこでがん細胞ではミトコンドリアでのATP産生を抑制して酸化ストレスの増大を防いでいる。そのため、非効率的なエネルギー産生系である解糖系が亢進していて乳酸の産生が増えている。また、ペントース・リン酸経路が亢進し、この経路でできるNADPHは活性酸素の消去に使われる。がん細胞ではミトコンドリアでの代謝を抑えているので、ミトコンドリアで代謝される脂肪酸やケトン体をエネルギー源として利用することができない。(参考:Redox Biology 2: 963-970, 2014年)

さて、ケトン食というのは、食事からの糖質摂取を極端に減らして、減った分のエネルギー源を脂肪から摂取することによって、脂肪酸の燃焼を増やして血中のケトン体のレベルを高める食事療法です。ケトン食の健康増進作用や抗がん作用については295話385話386話388話などで詳しく解説しています。
ケトン食は、グルコースの取込みや利用を低下させることによってNADPHやピルビン酸の産生を低下させ、活性酸素の消去能を低下させます。
脂肪酸やケトン体はミトコンドリアでアセチルCoAになってTCA回路と電子伝達系でATP産生に使われます。
がん細胞ではミトコンドリアでの代謝が抑制されているので、エネルギー源がグルコースから脂肪酸やケトン体に移行すると、正常細胞は難なく対応できますが、がん細胞はうまく対応できません。がん細胞はミトコンドリアの活性を低下させているので、脂肪酸やケトン体をエネルギー源として利用できないからです。
厳密には、利用できないわけではありません。がん細胞におけるミトコンドリアでの代謝の低下は可逆的なので、ミトコンドリアでの代謝を高めることはできます。
しかし、脂肪酸やケトン体を利用するためにミトコンドリアでのATP産生を増やすと、活性酸素が多く産生されて酸化ストレスが高まり、自分の首を絞める結果になるのです。
つまり、ケトン食はがん細胞において、エネルギー(ATP)の産生と活性酸素の産生のどちらを取るのかとジレンマに陥らせる効果があります。
ATP産生のためにミトコンドリアで脂肪酸やケトン体の利用を増やせば、活性酸素の産生量が増えて死滅します。活性酸素を増やさないためには、脂肪酸もケトン体も利用できないので、エネルギー不足で死滅していきます。
グルコースと脂肪酸とケトン体の他にエネルギー源になりうるものはアミノ酸(特にグルタミン)がありますが、グルタミンの代謝もミトコンドリアの代謝亢進につながります。
したがって、ケトン食はがん細胞にエネルギー枯渇と酸化ストレスを高めることによって死滅させることができます(下図)。

図:がん細胞はミトコンドリアの様々な異常によって活性酸素が出やすい状況になっている。そのため、ミトコンドリアでの代謝を抑え、酸素を使わない解糖系での代謝が亢進している。解糖系で産生されるピルビン酸と、グルコース-6-P(グルコース-6-リン酸)からペントース・リン酸経路によって産生されるNADPHは活性酸素を消去する作用がある。
糖質摂取を減らし、脂肪の摂取を増やしてケトン体の産生を増やすケトン食は、グルコースの取込みや解糖系を抑制(=正常化)し、NADPHの産生を低下させ、がん細胞内の活性酸素消去能を低下させる。さらに、ケトン食の主要なエネルギー源となる脂肪酸とケトン体はミトコンドリアでアセチルCoAに変換されて代謝されるため、がん細胞の脂肪酸とケトン体の代謝能は低下しているが、これらをエネルギー源として利用すると活性酸素の産生が亢進してダメージを受けることになる。つまり、ケトン食はがん細胞に対してエネルギー産生を抑制し、活性酸素の産生を高めて酸化ストレスを亢進する2つの機序によってがん細胞を死滅させる。

【がん細胞に酸化ストレスを高める治療とケトン食の併用効果】

がん細胞はかなりタフなので、一つの方法だけでは十分な効果が得られない事の方が多いと言えます。抗腫瘍効果を高めるためには、他の方法を組み合せる必要がありますが、この際、同じ方向性(お互いの抗腫瘍効果を打ち消さない)の治療法を組み合せることが大切です。
例えば、ジェームズ・ワトソン博士(DNAの構造解明でノーベル賞受賞)は、抗酸化剤は抗がん剤や放射線治療の効果を妨げることを強調しています。抗がん剤や放射線治療を行っているときは、がん細胞の抗酸化作用を減弱させる「抗-抗酸化剤」の併用が有効であることを指摘しています。(357話参照)

図:放射線や多くの抗がん剤は活性酸素種を産生してがん細胞にダメージを与えて死滅させる。したがって、このような治療を行っているときに抗酸化剤を併用すると細胞を死滅させる効果が減弱する。がん細胞、特にがん幹細胞は、活性酸素種を消去するグルタチオンの細胞内レベルが高く、抗酸化酵素の発現を誘導する転写因子のNrf2の活性が高いので、活性酸素種によるダメージに抵抗性を示す。したがって、がん細胞の抗酸化力を減弱させる抗-抗酸化剤(Anti-antioxidant)はがん治療薬として有望視されている。

活性酸素には二面性があります。高度のストレスを受けた細胞が自滅するとき(アポトーシスを実行するとき)、活性酸素はアポトーシスを引き起こす役割を持ちます。このアポトーシスは、生命体の生存を脅かすような異常を排除するために進化の過程で獲得したメカニズムです。

一方、活性酸素は細胞内のタンパク質や核酸(DNAやRNA)に非可逆的なダメージを与える作用があり、細胞にとって有害であることも良く知られています。
正常な状態において、異常な細胞を排除するために活性酸素が必要でないときは、細胞内では抗酸化酵素(スーパーオキシド・ディスムターゼ、カタラーゼなど)や抗酸化物質(グルタチオンやチオレドキシンなど)によって活性酸素は持続的に消去されています。

したがって、ケトン食によってがん細胞の酸化ストレスを高めてがん細胞を死滅させるとき、がん細胞の酸化ストレスを高める治療を併用すると、抗腫瘍効果を高めることができます。
放射線治療や抗がん剤治療以外で、がん細胞に活性酸素の発生量を増やす方法として、高濃度ビタミンC点滴、ジクロロ酢酸ナトリウム、メトホルミン、2-デオキシグルコース、アルテスネイト、半枝蓮、スリンダクなどがあります。(303話346話352話355話365話366話
また、抗酸化力を阻害する方法として、スルファサラジン(サラゾピリン)も注目されています(346話参照)。
つまり、ケトン食を実践しているときに、その抗腫瘍効果を高める方法としてメトホルミン、ジクロロ酢酸、2-デオキシグルオース、アルテスネイト、高濃度ビタミンC点滴、スリンダク、スルファサラジンなどの併用を試す価値はあると思います。(トップの図参照)

参考文献:Ketogenic diets as an adjuvant cancer therapy:History and potential mechanism. Redox Biology 2: 963-970, 2014年

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