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今日、ある現職学校先生と話し合う機会があった。我慢できないほど憤りを感じたのは、という話になり。
蒸し返すようで申し訳ないが私のこの春でのこと。
小学校卒業式のやり方で、卒業生の家庭から一人しか出席できないという市教委方針に運営委員会メンバーとして我慢できなかった。
その前には、これからはコミュニティスクールという切り口で地域と共に学校運営をしていくと説明受けていた。しかし現実は、その学校運営委員会には全くの協議は無く、一方的にこの通知。
卒業式典体育館に両親が参加することを拒んだ、どちらかお一人さんというように。
何故だ、何を根拠として。卒業生は10人足らず、なら参加の親は10人。その程度ならコロナ感染症拡大につながらないと。両親なら20人、それでは拡大するのか、あの広い体育館で。
たかだか12歳の幼子の卒業生、その6年間の頑張りを両親が褒め称え、本人もいよいよ中学に向けて旅立つ気持ちを整える式典でもある。生きる力を育む教育というその捉え方に、私からすれば大きな溝や乖離があると考える。
一律に規制するその根拠は未だもって理解出来ずにいるし、事なかれ主義の最たるものだと思っている。
コミュニティスクールを主宰する学校運営委員会で議論しての結論であれば、納得できなくても結果に従う反対はしない。
ハインリッヒの法則のように、施政者側では底知れずそういう考えなのかと勘繰らずにいられない。
責任回避の思考が回り回ってそうさせるのか。
他にも、とは思いたくないが、想像力が、感性が縮んでないか。
我がまちを担ってくれる子供たちのために、敢えて、今。