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「べてるの家の本 和解の時代」を読んでの感想

べてるの家の本 和解の時代」
この本は幻の本と僕は思っていた。べてるの家の当事者研究を学ぶ者にとって聖典のような本。それをべてるの家の本拠地、北海道浦河の図書館で見つけて貴重な遺跡を調査するような気持で読みました。でも僕は現実の実際の今のべてるとは違うでしょと思いながら読みました。

活気やる気を感じる。これから活動していこうと。そして安らぎもあると感じる。べてるの家にはいろいろな人がいる。
ありのままの自分で愛されるんだ。背伸びするのではなく。
感情を正直に出す。それが人と接する中で大切。人と人との関係で成り立つ。

そして僕はこの記述にはっとしました。
「私は同じ病人同士なのに病気の違いや人との違いを気にしている」
僕は知的障害のある人とは一緒にやって行けない。あの人とは合わないと言い訳をしていたと気が付きました。
自分に正直に生きる。
同じ列車の旅行者同士。合わない人がいても楽しく旅行したい。
お互いの役割を認め合っている。べてるでは。
ダメな者にも使いようがあるのだな。
怒りを出すのがべてるの人は上手い。怒りを出さないと恨みになる。
べてるに居ると安心して弱いありのままでいることが許される気がする。

30年前、1992年発行。
当時のやる気活気を僕は感じました。でも今は違うよと時おりツッコミを入れながらですがいいなと思って読みました。
あとがきに、弱い自分を素直に認め、自分以上の自分になろうとする生き方を軌道修正しますと書いてありました。僕もそうだな僕も無理していたなと素直に思いました。

そして僕はもっと自分を出していこう。みんなに自分の弱さも強さ(エゴも)出してみよう。変に空気を読まないで。
べてるの家はみんなが弱さを出す所。僕も素直に自分を出そう。
僕もべてるでは子供になろう。素直に自分の気持ちを出そう。

でも僕は素直にこの本がよかったと思えませんでした。30年前と今ではべてるの家は違ってしまったと思いながら読みました。
それが2022年7月の僕の感想です。
1年後ぐらいにまた浦河図書館でこの本を借りて読み返したら感想は違うかもしれない。でも僕はそれまで浦河に居られるかな?
そんな複雑な気持ちを持ってこの「べてるの家の本」を読みました。
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