kametaro爺さんのよもやま話(ペイント画を含む)

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天皇の后(きさき)たち  その3

2014-04-06 10:21:23 | 日記
きさき 【▽后/▽妃】とは

① 天皇の正妻。皇后および中宮。また、皇太后や後宮(こうきゅう)の女御(にょうご)・更衣(こうい)などをいう場合もある。
② 王侯貴族の妻。

1. 藤原安子 

藤原 安子(ふじわら の あんし(やすこ)、延長5年(927年) - 応和4年4月29(964
年6月11日))は、右大臣藤原師輔の長女。母は武蔵守藤原経邦の女盛子。第62代村上
天皇中宮。第63代冷泉天皇・第64代円融天皇、為平親王、承子内親王、輔子内親王、
資子内親王、選子内親王らの生母
。同母兄弟に伊尹・兼通・兼家・忠君、登子(重明王妃)・藤原師輔三女(源高明先妻、俊賢母)・怤子(冷泉天皇女御)など。

2.  藤原安子の生涯
2-1 村上天皇即位前に入内した最初の妃であり、また皇太子憲平親王を始めとして妃のうちで最も多い3男4女をもうけたことから、天皇に非常に重んじられた。
しかし『大鏡』によれば非常に嫉妬深い性格で、後に天皇の寵愛を受けた宣耀殿女御藤原芳子(安子の従姉妹)の姿を垣間見した時にはあまりの美しさに妬心やみがたく、壁の穴から土器(かわらけ)の欠片を投げつけるという暴挙に出たという。
しかもそれに立腹した天皇が安子の兄弟らに謹慎を命じると、天皇に詰めよってついに撤回させてしまったというから、気性の激しい女性だったようである(1995)