kametaro爺さんのよもやま話(ペイント画を含む)

日常の生活の中で、主に気付いたことやしたことをまとめておきたい。また、ブログにアップしたい

65年前の終戦の日(敗戦の日)の思い出  

2010-08-15 09:37:12 | 思い出
今でも、この日をありありと覚えている。

昭和20年(1945年)8月15日 正午 天皇陛下の玉音放送が流れた。この日、午前中は、厳しい軍事訓練をし、11時頃から校庭に3600人の学生が集まり始め、11時45分頃に整列が終了した。体は痩せおとろいていたが、気持ちはしきしまっていた。

放送の内容はラシオの雑音が邪魔して聞き取れなかった。そのうち学生がなき始めた。鳴き声は電波のように広がり、放送は敗戦(終戦)であることが理解できた。
今の今まで、日本は勝利すると軍部に騙され、それを信じて軍事訓練・厳しい学校生活を送ってきたのに、1瞬の内に敗戦とは、心の切り替えができなかった。

しかし、時間がたつにつれ、少しずつ我に帰り、これで死なずにすむ、軍事訓練はしなくてすむ、やっと自宅に帰れる・・・と、ほっとした気持ちが芽生えてきたのを今でも覚えている。次の日(8月16日)、自宅待機とのことで学校を後にした。

でたらめな放送を続けた大本営発表で日本国民をだまし続けた軍人、それに騙され続けた私たち国民。この戦争で勝利を信じて死んでいった兵士・悲惨な状況で命と家財を失った一般国民。を思うとき、悲惨の極みである。

どんなことがあっても2度と戦争はあってはならないと国民は決意したものと信じている。(757)

終戦後65年の今日、家族の繋がりの希薄や消失が、社会の大きな問題になってきた。
人間としての尊厳や社会人・家庭人としての生き方に赤信号である。平均寿命より、大事な問題であり、国民全体の課題と考える。