吉良に関する文書、とりわけ上野介に対する意趣あるいは宿意を明らかにする書付のようなものは、内匠頭はおそらく残していなかった。それでも屋敷に侵入した曲者集団に収穫がなかったわけではない。公儀に不利になる書類はなさそうだと確認できたからである。
内匠頭の宿意の根底にあるのは、吉良上野介という存在そのものが許せない、という思想のようなものであった。思想のようなものというのは、まだ言語化されていないもやもやとした感情と言い換えてもよい。
刃傷の直接のきっかけは上野介の吐いた雑言であったはずだが、もともと内匠頭の胸中には、その「もやもや」の水位があがっていて、いつ堰をきってもおかしくはなかったのである。切腹の直前に家臣に伝えて欲しいといった、いわば遺言「このこと、かねて知らせておこうと思っていたが、……やむをえず知らせられなかった」という言葉は内匠頭の心中を素直に吐露していると思う。吉良に対して以前からこんな宿意があると伝えておけば、自分の行為も理解してもらえたかもしれない、と言っているのだ。それ以上を語れば愚痴になる。だから内匠頭はそれ以上を語らなかった。理解されがたいだろう、と内匠頭自身わかっていたのである。
刃傷の理由は、かくして後の世まで謎になった。
上野介と男色の相手をめぐる確執があったなどという荒唐無稽な説、さらには塩田技術をめぐる葛藤があったなど、私は一顧だにする価値はない説と決めつけているが、もはやその根拠を述べる必要もないだろう。
内匠頭の宿意の根底にあるのは、吉良上野介という存在そのものが許せない、という思想のようなものであった。思想のようなものというのは、まだ言語化されていないもやもやとした感情と言い換えてもよい。
刃傷の直接のきっかけは上野介の吐いた雑言であったはずだが、もともと内匠頭の胸中には、その「もやもや」の水位があがっていて、いつ堰をきってもおかしくはなかったのである。切腹の直前に家臣に伝えて欲しいといった、いわば遺言「このこと、かねて知らせておこうと思っていたが、……やむをえず知らせられなかった」という言葉は内匠頭の心中を素直に吐露していると思う。吉良に対して以前からこんな宿意があると伝えておけば、自分の行為も理解してもらえたかもしれない、と言っているのだ。それ以上を語れば愚痴になる。だから内匠頭はそれ以上を語らなかった。理解されがたいだろう、と内匠頭自身わかっていたのである。
刃傷の理由は、かくして後の世まで謎になった。
上野介と男色の相手をめぐる確執があったなどという荒唐無稽な説、さらには塩田技術をめぐる葛藤があったなど、私は一顧だにする価値はない説と決めつけているが、もはやその根拠を述べる必要もないだろう。