小説の孵化場

鏡川伊一郎の歴史と小説に関するエッセイ

月は桃色  1

2006-04-07 21:29:00 | 小説
 幼かった頃、意味もわからず口ずさんでいた歌があった。

    おー月さま 桃色 だーれが言うた 
     あーま(海女)が言うた あーまの口をひっ裂くれ

 単調なメロディで、わらべ歌というには異質である。海女の口を引裂けなどという歌詞に、なにか秘密めいた残酷さが隠されている。
 遊びに疲れて日が暮れて、月が昇りはじめる東の空を眺めながら家路を急ぐとき、堤防の道を仲間たちと声をそろえて歌ったものだ。誰も意味など斟酌しなかった。ただ、この歌はなぜだか帰り道の気分によく合っていた。
 中学生の頃になって、はじめて歌のいわれを知った。「お月さま」は空の月ではなくて、月灘村のことだと教えられたのである。月灘村は土佐の地名である。歌は土佐限定の歌だったのである。
 月灘村は高知県幡多郡の現大月町に当たる。私の育った高知市からみれば、子供の時代には異郷ともいえる西方のかなたにある。どうして市内の子供が「異郷」の歌を口ずさんでいたのか。ともあれ「お月さま」が月灘村ならば、「桃色」とはなにか。珊瑚なのである。桃色珊瑚。日本ではじめて珊瑚を採取したのは土佐の月灘村の漁民であったらしい。もともと太平洋を「お月灘」と地元では呼んでいたという。だから太平洋に面した村の名が月灘村。
 つい先頃、高知に帰省して久しぶりに、はりまや橋付近に軒を並べる珊瑚店をいくつかひやかしていて、ふと子供の頃に歌った歌を思い出した。十代の終わりごろ、「月灘村物語」という小説を書こうと漠然と考えていたことまで思い出した。あのモチーフはどこへいったのか。しかし、すこしは人生に鍛えられたので、いまの私はすれっからしている。あの歌は土佐で珊瑚が採れることを秘密にしたい藩政時代のタブーを歌ったものとされる。そのタブーをおかした海女は口を裂かれるというわけだ。
 だが、まてよ、海女が珊瑚を採集するのか?

 
    


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