小説の孵化場

鏡川伊一郎の歴史と小説に関するエッセイ

横井小楠を考える 2

2007-12-19 18:01:00 | 小説
 横井小楠を襲った刺客は6人。
 上田立夫
 中井刀根男(刀禰尾)
 津下四郎左衛門(土屋延雄)
 前岡力雄
 柳田直蔵
 鹿島又之允
 である。
 さて、森鴎外の読者ならば、先刻承知の名前がある。
 津下(つげ)である。鴎外に『津下四郎左衛門』という作品がある。この刺客の息子の津下正高からの聞き書きという形をとった小説だ。
 ちなみに正高は、鴎外の弟の東京帝国大学の同級生だった。事件のあった明治2年はまだ6才だったから、長じてから暗殺犯として処刑された父の足跡を調べ、それを鴎外に話したのである。
 作品は大正4年の『中央公論』4月号に発表されたが、そのことによって鴎外は新たな情報を読者から得たようである。のちに大幅に加筆している。鴎外はどうやら事件の黒幕ともいうべき存在に気づいたようである。ただし、そのことは示唆するだけにとどめている。
 横井小楠暗殺事件は、たぶん鴎外が想像した以上に根が深い。刺客たちは、ある意味ではめられているのだ。
 かれらの、というより柳田直蔵が所持していた斬奸状によれば、天誅の理由は、なんとも納得しがたいものである。
「今般夷賊に同心し天主教を海内に蔓延せしめんとす」「売国の姦」というのだ。
 儒学者の横井小楠がキリスト教の布教に注力したなどという事実はない。刺客たちは横井という人物の実態をなにも知らず、あたかも誰かに洗脳された如く行動してしまっている。狂信的な一個人のテロリストの犯行ならともかく、実行犯6人というのだから、そう考えざるをえない。
 もとより斬奸状には書けぬ理由があった。 

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