小説の孵化場

鏡川伊一郎の歴史と小説に関するエッセイ

謎の人 サヤカ  13

2006-03-17 20:24:52 | 小説
 朝鮮の民、つまり非戦闘要員たる老人や子供を気遣った小西行長の真情を、しかし朝鮮は理解しなかった。おそらく偽情報と決めつけたのであろう、民衆に避難させなかったのである。
 ところで、小西行長とは立場は違うものの同じように老人や子供に思いをはせたサヤカの言葉がある。『慕夏堂文集』で、朝鮮の民にサヤカが呼びかけた文章だ。
 長い引用になるけれど止むを得ない。省略しがたい熱いものが感じられる文章だからだ。
「おお、この国の全ての国民よ、これを読み安心せよ、動揺し逃げ惑うには及ばない。今私はたとえ他国の先鋒将であっても、日本を発つ前から既に、私はこの国を討ちはしないと、心に誓っていた。それは、長い間朝鮮の文物を慕い続け、行って直に見ることが悲願であり、この国の教えに浸ってみたいという一途な思慕と憧憬の情は一時たりとも離れることがなかったからだ。いざ加藤清正の先鋒に選ばれて、鉾を差し軍を従えこの地に来はしたが、私は到底礼と義の国を侵すことはできず、中華の国を害することはできない。もし、一人たりとも害するなら、私の平素からの信念に背くことになるばかりか、天罰を受けるであろう。私にどうしてその様なことが出来ようか。あなた達は私を侵略するために来た異邦者と思わないでほしい。老人を安心させ子供を保護して、耕す者は畠へ行き、市場へ行くものは市場へ行け。私をこの国の人と同じように扱い、隠れたり避けたりせず、働く手を休めずに、安心して田畑を耕し、書を読んで、上は王と親を敬い、下は妻子を扶養せよ。そして、私の軍の中の一人でも横暴な振る舞いや略奪や不品行を行なえば、直ちに私に告げてほしい。もしそんな者があれば軍律により処刑するであろう。安心し動揺せず、私の真実を受け入れてほしい」
 サヤカ、このとき22才の青年だった。


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