小説の孵化場

鏡川伊一郎の歴史と小説に関するエッセイ

曽我兄弟の仇討 4

2006-08-15 20:50:49 | 小説
 歌舞伎の『助六由縁江戸桜』は題名のとおり江戸時代の話である。舞台も吉原で、助六は三浦屋揚巻の情夫である。その助六が曽我五郎というのは、時代設定を大胆に変えているのだ。助六が吉原で喧嘩を売り歩くのは、相手に刀を抜かせ、仇討に必要な源氏重代の宝刀、友切丸を探しているからだが、その刀は実際の仇討で使われた刀であった。
 いわば設定を変えたリメイク版が「曽我物」といえるが、これらの芝居は正月に興行されることが多かったようである。ことほどさように、曽我兄弟の仇討は江戸庶民の心をとらえていたのである。
 それにしても主役は弟の五郎のほうであった。なぜか。
 兄の十郎はあの夜、激闘の末に討たれるが、五郎は生け捕りにされた。翌日、海辺の砂地で処刑されると決まったとき、彼はこう述べている。「かまへてよくきり候へ。人もこそ見るに、あしくきり給ひ候はば、、悪霊となりて、七代までとるべし」
 とるべし、とはとりついて殺すぞという意味である。ところがまさしく「あしく」切ってしまった。長く苦痛を与えるために、鈍刀で「かき首」にしたのである。処刑担当者は世間の不評をかい、しかも急死する。20才で夭折した五郎は予言どおり祟ったのである。
 その名の語呂合わせも人々の心理に奇妙な影響を及ぼしたらしい。五郎は容易に「御霊」を連想させたのである。


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