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天下一品

 17日水曜日の「シルシルミシル」(TV朝日系)が、私の大好きなラーメン店「天下一品」を取り上げていた。『屋台ラーメンが「天下一品」になるまで』と番組HPに紹介されている「天一」の沿革を以下にコピペしてみる。

 『現在、全国に212店舗とハワイに展開中の「天下一品」は年商200億円以上のラーメンチェーン店。そんな「天下一品」を築き上げたのは、「天下一品」グループ代表の木村勉。
昭和46年、立ち寄った屋台のラーメン屋の店主がみんなおじいさんであることに気づいた木村は、自分なら若くて勢いのあるラーメン屋ができると確信し、屋台を始める。屋台の材料は拾ってきたものの寄せ集め、ラーメンの技術は周りの屋台の人に教えてもらいながら始めた。最初は特色のない普通のラーメンでなかなか売上げが伸びなかったが、スープの研究を重ね、4年後、究極のこってりスープが完成!その間、様々な問題に巻き込まれながらも、1975年京都市左京区に「天下一品」1号店を開業し、店は大繁盛となった』

 大学生の頃、北白川のビルの一階にある「天下一品」1号店にはよく行った。私が大学に入学したのが1977年だから、私が通った頃はまだまだ草創期の時期だったのだろう。店内はいつも満員で、深夜にもかかわらず熱気で溢れかえっていた。その頃は刻んだネギがざる一杯に山盛りになっていて、いくらでもラーメンにのせて食べることができた。そんなラーメン屋に一度も行ったことがなかった私は、一度でこってりスープの濃密な味に魅せられてしまった。私が京都にいる間は、まだチェーン展開などしていなくて、北白川に行かなきゃ天一のラーメンは食べられなかった。
 大学卒業後はしばらく天一のラーメンを食べたことはなかった。だが、あのこってりラーメンの味を忘れることはできず、初めて名古屋で天下一品の看板を見つけた時は驚いてしまった。「あの天一が全国展開?まさか・・」と思ったものの、その後まもなく、隣の市に「天一」が開店したのを知った時は、取るものもとりあえず食べに行った。久しぶりに食べたこってりラーメンは長い時を経ても学生の頃のままで、思わず胸が熱くなった。「うまいなあ・・。やっぱり天一のラーメンは最高だ」と、それからは今に至るまで、ずっとその店に通い続けている。

 シルシルミシルではそのこってりスープの謎に迫っていた。

 『「天下一品」の代名詞「こってりスープ」は、鳥と11種類の野菜を煮込んだものだというが、その詳細は企業秘密。しかし、スープ材料野菜11種類中6種類だけ教えていただくことができた。その野菜は、長ねぎ、玉ねぎ、にんじん、にんにく、しょうが、かぶ』

 この他に何を使っているんだろう?などと私が考えてもまるで分らないが、その番組に出演した社長が、2月18日から20日までの間、注文時「シルシルミシルを見た」と言えば「こってりラーメン」&「あっさりラーメン」を店頭価格から200円引きする、と言うのを聞いたとき、これは絶対に行かねば!と決めたのだが、昨日金曜日その思いを果たした。
 いつもはさほど混んでいない店が昨日は並んで待っている人がいるほどの盛況で、TVの影響はすごいなあと感心した。この店は夫婦二人だけで切り盛りしているため、これだけ客が殺到するとなかなかラーメンが出てこないのでは、と心配していたが、思ったよりも早く運ばれてきたので、さすがベテランだ!と夫妻の手際の良さに感心した。私が注文したのは、大盛りを越えた「特盛り」。いつもはこれにネギをトッピングしてもらうのだが、昨日は客が多すぎて、ネギが不足してしまったらしく、その注文は受け付けてもらえなかった。


 忙しさで目が回りそうなほどなのに、私たちに気を使って、「ネギ、すみませんね」と夫妻それぞれに言われてしまうと、かえってこちらが恐縮してしまう・・。
 それにしてもTVの威力は相当なものだ。私が食べている間にも続々とお客がやってきて、誰もが「シルシルミシルを見ました」と注文時に告げていた。その様子を見ていたら、4月から放送関係に就職する娘のことが思いやられた。こんなに影響力を持っているのだから、いい加減な気持ちじゃやっていけないぞ、と言ってやりたくなった。
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