旅行のついでに川崎大師周辺と熱海を回ってきました。
羽田空港から川崎大師に向かいましょう。京急の羽田空港から横浜方面行きの電車に乗り、京急川崎駅で大師線に乗り換えです。一般的には川崎大師駅下車ですが、今回は1つ先の東門前駅で下車します。
少し歩くとこのアーチが見えてきて川崎大師駅からの参道に合流します。
名物「たんきり飴」を切る包丁の音が聞こえます。
ここを進むと門が見えてきます。
川崎大師は正式には「平間寺」といい、真言宗智山派の大本山です。智山派は智積院を総本山とし、川崎大師に加え成田山新勝寺や高尾山薬王院を大本山としています。このように東日本に寺院が集中しており、京都では智積院の他には上品蓮台寺や六波羅蜜寺などが属するものの多くはありません。
1128年に平間兼乗が創建しています。兼乗は尾張の武士でしたが故郷を追われ放浪ののちにこの地で漁師をしていたようです。網を入れたところ光り輝く弘法大師の木像が上がり、庵を結んだことが始まりとされます。すぐ近くに「夜光」の地名がありますが、この付近で大師の像が上がったと伝えられています。
鎌倉室町頃の歴史ははっきりしませんが、江戸時代になると東海道の川崎宿に近いことから江戸からの日帰り参詣で人気を集め、厄除け大師として人気が高まります。
太平洋戦争で伽藍は大きな被害を受け、本堂は1964年の再建です。川崎大師でももちろん御朱印を頂けます。まずは本堂にお参りしましょう。
終わったら本堂に向かって右手の「護持志納受付所」で本堂の御朱印を頂けます。
川崎大師本堂の御朱印です。
その際に「御朱印マップ」を頂きましょう。境内には他にも御朱印を頂けるお堂がありますから回ってみましょう。
本堂近くにある不動堂でも御朱印を頂けます。
この線香入れ、カラフルでいいですね。
不動堂は1964年に完成し、同じ智山派の大本山である成田山新勝寺のご本尊を分体してお祀りしています。
不動堂に向かって左手にある本坊を回り込むようにして進むと薬師殿があります。こちらでも御朱印を頂けます。
薬師殿は2008年に完成したもので、それまで自動車の祈祷所であった建物を再利用しているようです。
不動堂と薬師殿の御朱印です。
薬師殿近くの門からお寺を出て少し歩きましょう。突き当たりを右に行くと若宮八幡宮があります。
16世紀頃の創建とされ、川崎大師の鎮守社でしたが、明治の神仏分離で神社として独立しています。主祭神は仁徳天皇です。
本殿でお参りしましょう。
若宮八幡宮の境内には金山神社も鎮座しています。創建ははっきりしませんが、鍛冶屋の神として金山比古神と金山比売神を祀っています。この2体の神様は性の神としても信仰され、現在はむしろ子宝祈願などの参拝が多いようです。元は川崎大師駅前にあったそうですが、駅の建設にあたり現在地に移転しています。
金山神社の祭りは「かなまら祭」と呼ばれ、男根の御神輿を巡行させる奇祭として知られています。女装クラブの奉納した「エリザベス神輿」が有名ですが、担ぎ手が減ってしまい台車に乗せて練り歩く形になっているそうです。
若宮八幡宮と金山神社の両方の御朱印が頂けます。若宮八幡宮の御朱印はお正月限定のものをお願いしました。
川崎大師駅はすぐです。
京急の発祥は「大師電気鉄道」という会社で、川崎大師への参拝客輸送を目的に建設されました。1899年に開業しており、川崎大師駅は京急で最も長い歴史を持つ駅の一つです。
当初から東京-横浜間の鉄道を目論んでいましたが国から電車(当時は路面電車しかなかった)で京浜間を結べるのか疑問を呈され、テストベッド的な路線として大師線を開業させたと考えられます。京浜間の路線が完成するのは1905年12月で、大阪財界からの資金を得て阪神間を一気に完成させた阪神電鉄(1905年4月)に後れを取ることになりました。
熱海編に続きます。
羽田空港から川崎大師に向かいましょう。京急の羽田空港から横浜方面行きの電車に乗り、京急川崎駅で大師線に乗り換えです。一般的には川崎大師駅下車ですが、今回は1つ先の東門前駅で下車します。
少し歩くとこのアーチが見えてきて川崎大師駅からの参道に合流します。
名物「たんきり飴」を切る包丁の音が聞こえます。
ここを進むと門が見えてきます。
川崎大師は正式には「平間寺」といい、真言宗智山派の大本山です。智山派は智積院を総本山とし、川崎大師に加え成田山新勝寺や高尾山薬王院を大本山としています。このように東日本に寺院が集中しており、京都では智積院の他には上品蓮台寺や六波羅蜜寺などが属するものの多くはありません。
1128年に平間兼乗が創建しています。兼乗は尾張の武士でしたが故郷を追われ放浪ののちにこの地で漁師をしていたようです。網を入れたところ光り輝く弘法大師の木像が上がり、庵を結んだことが始まりとされます。すぐ近くに「夜光」の地名がありますが、この付近で大師の像が上がったと伝えられています。
鎌倉室町頃の歴史ははっきりしませんが、江戸時代になると東海道の川崎宿に近いことから江戸からの日帰り参詣で人気を集め、厄除け大師として人気が高まります。
太平洋戦争で伽藍は大きな被害を受け、本堂は1964年の再建です。川崎大師でももちろん御朱印を頂けます。まずは本堂にお参りしましょう。
終わったら本堂に向かって右手の「護持志納受付所」で本堂の御朱印を頂けます。
川崎大師本堂の御朱印です。
その際に「御朱印マップ」を頂きましょう。境内には他にも御朱印を頂けるお堂がありますから回ってみましょう。
本堂近くにある不動堂でも御朱印を頂けます。
この線香入れ、カラフルでいいですね。
不動堂は1964年に完成し、同じ智山派の大本山である成田山新勝寺のご本尊を分体してお祀りしています。
不動堂に向かって左手にある本坊を回り込むようにして進むと薬師殿があります。こちらでも御朱印を頂けます。
薬師殿は2008年に完成したもので、それまで自動車の祈祷所であった建物を再利用しているようです。
不動堂と薬師殿の御朱印です。
薬師殿近くの門からお寺を出て少し歩きましょう。突き当たりを右に行くと若宮八幡宮があります。
16世紀頃の創建とされ、川崎大師の鎮守社でしたが、明治の神仏分離で神社として独立しています。主祭神は仁徳天皇です。
本殿でお参りしましょう。
若宮八幡宮の境内には金山神社も鎮座しています。創建ははっきりしませんが、鍛冶屋の神として金山比古神と金山比売神を祀っています。この2体の神様は性の神としても信仰され、現在はむしろ子宝祈願などの参拝が多いようです。元は川崎大師駅前にあったそうですが、駅の建設にあたり現在地に移転しています。
金山神社の祭りは「かなまら祭」と呼ばれ、男根の御神輿を巡行させる奇祭として知られています。女装クラブの奉納した「エリザベス神輿」が有名ですが、担ぎ手が減ってしまい台車に乗せて練り歩く形になっているそうです。
若宮八幡宮と金山神社の両方の御朱印が頂けます。若宮八幡宮の御朱印はお正月限定のものをお願いしました。
川崎大師駅はすぐです。
京急の発祥は「大師電気鉄道」という会社で、川崎大師への参拝客輸送を目的に建設されました。1899年に開業しており、川崎大師駅は京急で最も長い歴史を持つ駅の一つです。
当初から東京-横浜間の鉄道を目論んでいましたが国から電車(当時は路面電車しかなかった)で京浜間を結べるのか疑問を呈され、テストベッド的な路線として大師線を開業させたと考えられます。京浜間の路線が完成するのは1905年12月で、大阪財界からの資金を得て阪神間を一気に完成させた阪神電鉄(1905年4月)に後れを取ることになりました。
熱海編に続きます。