JF4CADの運用日誌2.5

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名古屋丸の内&大須御朱印巡り①

2022-08-20 | 御朱印めぐり
夏休みで名古屋に御朱印巡りで行ってきました。

名古屋は尾張徳川家の城下町として繁栄し、戦後はトヨタ自動車など世界的メーカーの城下町となっています。一方で東京とも大阪とも違う独特の文化が根付いています。もちろん城下町には寺社が集まっていますので名古屋にも御朱印を頂ける寺社が数多くあります。


名古屋駅からスタート。元々の名古屋の中心から外れた場所にあるため地下鉄に乗りましょう。土日祝日は1日乗車券が620円とお得です。

名古屋駅からは東山線と桜通線の2路線の地下鉄が出ています。桜通線の丸の内駅に行ってみましょう。徳重方面行きの電車に乗り、2つ先の駅が丸の内駅です。名古屋の地下鉄は建設費節約のためかホームの天井が低く照明も暗いのが特徴です。

丸の内駅付近は裁判所や中日新聞社などがあります。外堀通に沿って歩くと那古野神社があります。

911年に創建されたとされる神社で、須佐之男命を祭神としています。元は名古屋城三の丸の場所にあり、名古屋城の築城の際には徳川家康が移転するかを神籤で占ったところ「移転してはならない」と出たためそのまま残ったとのこと。1876年に現在地に移転、1945年の空襲で焼失しています。

現在の本殿は1954年に再建されています。

那古野神社の御朱印です。


隣り合う敷地には名古屋東照宮があります。もちろん尾張は徳川家なので紀州などと同様に東照宮があります。

1619年に藩主の徳川義直が家康を祀るため先の那古野神社の隣地に創建、1875年に那古野神社の隣に移転しています。那古野神社と同じく1945年の空襲で焼失しましたが、こちらは1651年に建てられた徳川義直の正室高原院の御霊屋を移築し社殿としています。

名古屋東照宮の御朱印です。末社の福神社と2社の御朱印となります。


近くの堀川橋を渡って名古屋城の城内に向かいましょう。橋を渡ってすぐに愛知県護国神社があります。

1868年に尾張藩主徳川慶勝によって戊辰戦争で戦死した藩士ら25人を祀るため創建された神社です。慶勝は14代藩主でしたが、安政の大獄により藩主の座から一旦降ろされ、その後1875年に17代藩主に復帰しています。会津藩主の松平容保とは兄弟で、会津戦争で敗れた容保の助命を行うなどしています。

現在地には1939年に移転するも1945年の空襲に巻き込まれて焼失、1958年に本殿を再建しています。

愛知県護国神社の御朱印です。

護国神社の最寄り駅は名城線の市役所駅ですので向かいましょう。

続きます。御朱印情報は記事の最後にまとめて。
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