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見もの・読みもの日記

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生けるが如き死者/デスマスク(岡田温司)

2012-12-28 21:11:01 | 読んだもの(書籍)
○岡田温司『デスマスク』(岩波新書) 岩波書店 2011.11

 西洋美術に対して、私の関心は東洋美術についてほど深くないのだが、このひとの本は、いつも興味深く読んでいる。取り上げるテーマが「理性」「啓蒙」「近代モデル」の西洋から、大きく逸脱しているところが好きなのだ。

 本書は「デスマスク」について、おおよそ時代順に並べた八つのトピックから成る(古代ローマの先祖崇拝、王の二つの身体、教皇の身体、ルネサンスの蝋人形、ジャンセニストの死面、ギロチンとフランス革命、近代の天才崇拝、名もなきセーヌの娘)。

 古代ローマでは、先祖の肖像は「イマギネス」と呼ばれて、葬儀や葬列に使われたのち、屋敷の玄関広間に飾られていた。それは外国の芸術家による青銅像や大理石像ではなくて、「蝋で作った顔の模型」であったとプリニウスの『博物誌』は言う。これらは現存していないそうだが、共和制ローマ時代には、ギリシア彫刻にもヘレニズム彫刻にも見られない「生き写しのようなリアルな顔の表現」をもつ大理石の肖像彫刻が残っている。何点か写真が掲載されているが、確かにすごい。日本で比較するなら、鎌倉期の肖像彫刻みたいである。

 本書の章立てとは異なるが、まず私は、西洋の葬送儀礼の伝統と継承を、非常に面白く読んだ。特に高貴な人物の葬送には、その人物を「生けるが如く」あるいは「死んだ直後の状態」で、視覚化し、保存することが求められ、そのためにさまざまな技術が用いられた。ローマでは、故人の肖像(面)を、親族の中で背格好が最も故人に似ている者がかぶり、故人の職業や官職を思わせる衣装をまとって行進したという。ええ~悪趣味、と思ったが、16世紀に存命したイングランドの名君、エリザベス女王の場合は、1ヶ月にわたる葬礼の間、棺の上に衣装を着せた肖像(蝋でできた頭部+木製の身体)が横たえられていた。同様のことは、多くの王、教皇についても行なわれた。もっと直接には、遺体を長期保存するため、死後、速やかに内臓を取り除いたり、遺体を熱湯で煮立たせて、骨と肉に分離するという処理も行なわれた。

 うーむ、西洋人は、どうしてそんな儀礼を「必要」と感じたのだろう。また、どうして日本人は必要としなかったんだろう…というのが、とても興味深かった。でも近代以降は、遺骨に対するこだわりは、日本人のほうが強いと言われるのにな。西洋人は、こんなに強かった遺体そのものに対するこだわりを、どこかの時点で捨てたんだろうか。

 著者は、西洋の「ハイパーリアリズム」肖像彫刻について、デスマスク制作の習慣との親近性を読みとる。それは、とても納得のいく想定に思われる。ルネサンス時代においても画家や彫刻家たちは、高尚な芸術作品をつくっていただけでなく、同時にさまざまな典礼品、奉納品、生活用品などを作って売っていた。彼らの「職人としての一面」を忘れてはならないし、かといって強調しすぎてもならない…慎重を要するところだ。

 そして、やっぱり自分の関心では、日本の画家や彫刻家はどうだったんだろう、ということが気になる。日本の鎌倉肖像彫刻って、やっぱり故人に「生き写し」の像を求めたところがあるのかな。でも、デスマスクの影響っていうのはないよな…たぶん。

 で、こういう歴史をたどってくると、欧米人の蝋人形趣味が、きわめて長い伝統に根ざすものなんだということが分かった。マダム・タッソーの名で知られるマリー・タッソー(1761-1850)が、フランスの実在の蝋人形作家で、フランス革命とギロチンに深い因縁を持っていることも初めて知った。ギロチンは「当事者の死顔の表情を瞬間的に定着させる肖像写真のごときものとみなすこともできるだろう」って、悪夢のような指摘もなされている。

 ギロチンによって定着させられるデスマスクが、自他を厳しく分かつ近代の自我の肖像であるとするなら、「名もなきセーヌの娘」と呼ばれる、入水した若い女性のデスマスク(ということになっているもの)は、無名・没個性であるがゆえに、普遍や永遠につながる神秘性を有している、と感じられる。

 最後に本書は、日本のデスマスクについて、ごく簡単に触れている。明治期にデスマスクの技術を輸入した日本では、昭和の初期までの短い一時期に限って、その制作が試みられた。夏目漱石、内村鑑三、小林多喜二などがその実例である。しかし、今日、日本で著名人のデスマスクがつくられたという話は聞かない。西洋はどうなんだろう。今でも普通につくられているのかしら。
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