先住民族関連ニュース

先住民族関連のニュース

道教大の懲戒解雇 認めず…アカハラ訴訟

2010-11-16 | アイヌ民族関連
(2010年11月12日 読売新聞)

 学生に対する立場を利用した嫌がらせ(アカデミック・ハラスメント)を理由に、勤務先の北海道教育大旭川校(北海道旭川市)を懲戒解雇されたのは不当だとして、元准教授の男性3人が同大に対し、地位確認などを求めた訴訟の判決が12日、札幌地裁であった。石橋俊一裁判長は、「原告らの行為はハラスメントに該当するが、懲戒解雇に相当するような重大な行為とは言えない」と述べ、3人の准教授としての地位を認めたうえで、同大に解雇後から現在までの賃金を支払うよう命じた。
 大学側は、3人がアイヌ語関連の研究を学生に手伝わせて過重なノルマを課し、不当な学生指導を行ったなどとして、2009年3月に懲戒解雇にした。
 原告側は、「研究は学生主体の自主的な活動で、教員が厳しく指導・管理する性質のものではなかった。学生への人権侵害はなく、処分を受ける理由もない」と主張。これに対し、大学側は「処分は学内規則に基づき、調査結果を踏まえた厳格な手続きで行った」として請求棄却を求めていた。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/hokkaido/news/20101112-OYT8T00644.htm

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道教大元准教授3人の解雇無効 札幌地裁アカハラ訴訟

2010-11-16 | アイヌ民族関連
(共同通信 2010/11/12 13:46)
 アカデミックハラスメントを理由に北
海道教育大(札幌市)を懲戒解雇された元准教授の男性3人が、大学に地位確認と解雇後の賃金支払いを求めた訴訟の判決で、札幌地裁(石橋俊一裁判長)は12日、解雇無効を認め、賃金支払いを命じた。
 判決理由で石橋裁判長は「アカハラはあったが、直ちに解雇に相当するような行為とはいえない」と解雇権乱用を認めた。
 訴状によると、3人はゼミの学生にアイヌ語研究の手伝いを強制し、過大なノルマを課した上、大学の事情聴取に応じなかったなどとして、昨年3月に懲戒解雇された。
 元准教授側は、アイヌ語研究について「学生の自主的な活動で、求められて指導しただけだ」と主張。大学の調査も「文書を提出しており、拒否してはいない」とした。
 大学側は「不当な指導で学生の勉強を阻害し、心身の調子を崩す学生も続出した。懲戒手続きも適切だった」と主張した。

http://www.47news.jp/CN/201011/CN2010111201000337.html

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ピアノ演奏会:「伊福部昭の世界」--日光であす /栃木

2010-11-16 | アイヌ民族関連
毎日新聞 2010年11月12日 地方版

 映画「ゴジラ」のテーマ曲などを手掛けたことで知られ、日光市にもゆかりがある作曲家、伊福部昭氏(1914~2006年)の作品をピアノで演奏するコンサート「伊福部昭の世界」が13日、日光市の小杉放菴記念日光美術館で開かれる。伊福部氏に直接、指導を受けた日光市出身のピアニスト、山田令子さんが米・シカゴを中心に活躍しているピアニストのパトリック・ゴードン氏と2人で演奏する。
 伊福部氏は東京へ移住する前の1946(昭和21)年の1年間、日光市久次良に住んでいた。北海道釧路市生まれの伊福部氏の作品はアイヌ文化の影響を色濃く受けたとされる民族性豊かな世界を作りあげている。
 山田さんは東京音大で伊福部氏から指導を受け、現在、シカゴ在住で、米ミシガン州カラマズー交響楽団のピアニスト(首席鍵盤奏者)を務め、アメリカを中心に演奏活動。06年からは伊福部氏の作品を積極的に取り上げている。
 今回は新たに発見されたバレエ音楽「プロメテの火」を2台のピアノで演奏するほか、オーケストラとピアノで演奏される「リトミカオスティナータ」や「ゴジラ」のテーマ曲「SF交響ファンタジー第1番」を披露する。
 会場は美術館エントランスホール。料金は2000円。18時半開演(17時半開場)。チケットは同美術館と市中央公民館(平ケ崎)、市日光公民館(御幸町)で発売している。
 問い合わせは同美術館(電話0288・50・1200)。【浅見茂晴】
http://mainichi.jp/area/tochigi/news/20101112ddlk09040113000c.html

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英博物館による植物調査、先住民支援団体から反対の声

2010-11-12 | 先住民族関連
(ロイター 2010年 11月 11日 14:46 JST)

 [ロンドン 10日 ロイター] ロンドン自然史博物館がパラグアイのグランチャコで予定している植物調査について、先住民を支援する複数の団体が、外部との接触が少ない同地域の先住民にとっては「虐殺のようだ」として、反対している。
 同博物館のスタッフとパラグアイの研究者たちは、同地域のDry Chacoの森で新種の植物を探すため、今週出発する予定。
 パラグアイに拠点を置く団体「Iniciativa Amotocodie」のBenno Glauser氏は、同博物館へ抗議文を送り、1カ月に及ぶ調査は、外部との接触をしたことのないアヨレオ民族の生活する土地に押し入ることになると述べた。
 抗議文には、アヨレオ民族のリーダーたちによる声明も添えられ、「英国の科学者による動植物の研究のために、人命が脅かされなければならない理由は理解できない」と説明。「森に住む人々はよく、白人から感染した病気で命を落としている。それは、虐殺のようなものだ」と続けた。
 また、英国に拠点をおく団体「サバイバル・インターナショナル」の広報担当者は、「アヨレオ民族は遊牧民なので、居場所は把握できない」と指摘。「接触を確実に避ける方法はない」と話した。
 これに対し博物館側は、アヨレオ民族との接触を避けるようあらゆる対策を取っているとし、調査は実施する予定だと明らかにしてる。
http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPJAPAN-18121320101111

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白老がアイヌ文化番組を制作し世界120カ国へ発信

2010-11-12 | アイヌ民族関連
【室蘭民報 2010年11月11日】
 アイヌ文化を世界120カ国に発信―。白老町と新ひだか町でつくる「アイヌ文化とともに地域再生推進協議会」(会長・飴谷長蔵白老町長)は、30分のデジタル番組「Kamuy―アイヌが守り続けてきたもの」を制作した。あす12日にNHKの英語国際チャンネルを通じ、世界約120カ国、約1億3千世帯に向け、衛星やケーブルテレビで放送される。
 道の「地域再生加速事業」の採択を受けた両町が、同協議会を立ち上げ、道内テレビ会社とともに今年8月から10月にかけてテレビ番組を制作した。事業費は約350万円。
 白老・アイヌ民族博物館職員が上海万博で披露した古式舞踊や、同博物館職員へのインタビュー、儀式、アイヌ民族の日常生活の様子、新ひだか町関係はシャクシャイン法要祭、同実行委員長へのインタビューなどが収録されている。
 ヨーロッパ、中東、アジアなど約120カ国に向け、30分番組を12日に計6回放送する。日本では視聴できない。同協議会は来年もアイヌ文化を紹介する番組を制作、世界に発信することにしている。
 昨年は国の補助事業として同様のテレビ番組を制作、約70カ国で放送して大きな反響を呼んだ。
 白老町アイヌ施策推進室内の同協議会事務局は「アイヌ民族博物館入館者の3割は外国人。今回の放送が、足を運んでもらえるきっかけになれば」と期待している。
(富士雄志)
http://www.muromin.mnw.jp/murominn-web/back/2010/11/11/20101111m_08.html

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世界で最も氷河に近い街、ジュノー(アラスカ)

2010-11-11 | 先住民族関連
(読売新聞2010年11月10日 )

 氷河が放つ独特の青色をグレーシャーブルーと呼ぶ。狭く複雑な入江が続くアラスカ州南東部。氷河とフィヨルドが織り成す美しい景観は、クルーズ客船の人気のコースでもある。客船の寄港地でもある州都ジュノーでは、容易に氷河にアクセスできる。太古の自然からの贈り物「グレーシャーブルー」を巡る旅をした。
 古くからクリンギット・インディアンの先住地である南東アラスカ。19世紀初頭、毛皮交易で繁栄したことからロシアが入植した。1867年に財政難でアメリカに720万ドルで売却。その後、金鉱が発見されゴールドラッシュに沸いた。アメリカでも、ロシアと先住民族の文化が交差する独特の文化圏である。
 ジュノーは本土からの陸路はなく、アクセスは飛行機かフェリーになる。常緑の美しい山並みを背にする小さな街に、ロシア正教会、カラフルな住宅、ゴールドラッシュ時代を偲ばせる古い飲食店が美しく調和する。ここでは氷河のほかにも、キングサーモンや50キロ級のオヒョウのフィッシング、ホエール・ウオッチングなどのアクティビティー、アラスカン・キングクラブをはじめとするシーフードが楽しめる。
大自然に囲まれた街ゆえに、野生動物が餌を求めて山から下りて来ることもある。そのため、市内には鍵付きの鉄製ゴミ箱が設置されている。私が街を歩いている最中もブラックベアに遭遇した。しかし、地元の人は特にあわてる様子もない。
 「こちらから攻撃をしない限り、襲ってくることはないのよ。私の家にもブラックベアの親子や鹿が庭のベリーを食べにくるわ。そんな時は動物が去るまで家の中で大人しくしているの」と日系2世のマギーさんはいう。アラスカに暮らす上で、人も動物も自然の一部。自然と共生する価値観は必須と言えそうだ。
 ジュノー市街から車で北へ20分、住宅街のすぐそばのメンデンホール氷河は、世界で最も市街地に近い氷河といわれている。周辺にはいくつものハイキングコースがあり、歩いて氷河へ行ける。(文・写真/鈴木博美)
 (続きは旅行読売12月号でどうぞ)
http://otona.yomiuri.co.jp/trip/tamatebako/101110.htm?from=hochi

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豪政府、アボリジニの地位向上に向け 憲法改正論議へ

2010-11-11 | 先住民族関連
(CNN 2010.11.09 Tue posted at: 11:48 JST)

(CNN) オーストラリア政府は8日、同国の先住民であるアボリジニやトレス海峡の島しょ民の特別な地位を憲法で認めるための手続きを進める方針を明らかにした。
ギラード首相は声明で、「オーストラリア憲法は我々の政府制度の基盤となる文書だが、最初のオーストラリア人たちの特別な地位を認めるものになっていない」と述べた。
先住民指導者や憲法学者、議員などからなる委員会を設置し、憲法改正を問う国民投票の実施に向け、2011年中に国民的議論を進める方針。また先住民と他の国民との格差を埋めるため、初等教育や保健、雇用、住宅などの分野で改革や投資を進めるともいう。
オーストラリア議会は2008年、アボリジニなどの先住民が長年にわたり不当な扱いを受けてきた歴史を認め、公式に謝罪する決議を採択。当時のラッド首相が謝罪した。
同国政府は1970年までの60年間、混血のアボリジニの子供たちを児童保護と称し、家族から隔離して養育する政策をとっていた。こうした子供たちは「盗まれた世代」と呼ばれ、家族や伝統から引き裂かれたうえ、適切な教育を受けられず、虐待されるなど悲惨な生活を強いられた。
こうした政策は、約10年前に政府調査で明らかになるまでほとんど知られてこなかった。この問題は国民の抗議運動を引き起こし、多くの白人系国民もこれを支持、政府の謝罪を要求した。
ラッド前首相は、謝罪は新たなアボリジニ対策の始まりだと述べ、別れた家族との再会支援のほか、白人社会との給与格差や17年の平均寿命差をなくすための政策に取り組むとした。
http://www.cnn.co.jp/world/30000831.html

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分子人類学:遺伝子レベルで迫る「新・人類学」 日本人のルーツ推定可能に

2010-11-11 | アイヌ民族関連
毎日新聞 2010年11月9日 東京朝刊

 日本人はどこから来たのか。この疑問に、遺伝子から迫る「分子人類学」が注目されている。細胞の小器官・ミトコンドリアのDNAを詳しく調べることにより、その人のルーツが推定できるのだ。この手法は、日本人の起源を知る研究に加えて、遺伝的特徴と寿命や体質との関係についても、さまざまな材料を提供してくれるという。【斎藤広子】
 ヒトの遺伝情報は、父親と母親から受け継がれ、細胞の核の中にあるDNAに格納されている。これとは別に、ミトコンドリアにもDNA(mtDNA)があり、母親からだけ受け継いだ情報が詰まっている。
 mtDNAには、一部の配列で塩基が置き換わるなどの個人差がある。同じ個人差を持った集団は特定の地域に分布するなどの特徴があり、その数は世界で100以上、日本では約20にのぼる。こうしたグループを「ハプログループ」と呼ぶ。国立科学博物館の篠田謙一・人類史研究グループ長(分子人類学)は「主要分布地域から、特定のハプログループがどこで誕生し、どのように広がったか、また配列の特徴から、いつごろ誕生したのかを探ることもできる」という。出土品や人骨の特徴から探ってきた考古学的な人類学とは異なり、遺伝子レベルで迫る新しい人類学だ。
 ■突然変異で分類
 人類は20万年前にアフリカで誕生し、世界に広がったとされる。この間、mtDNAも突然変異を重ねてきた。ある女性のmtDNAに突然変異が起きると、その子どもは父親にかかわらず突然変異を受け継ぐ。その子孫の女性のmtDNAに突然変異が起き、受け継がれることによって、新しいハプログループが生まれる。裏返せば、同じハプログループに属している人は、究極的には同じ母親にたどり着くというわけだ。
 篠田さんらの調査では、沖縄県民の4人に1人が「M7a」というハプログループに属す。それ以外の日本人(M7aは全体の約7%)に比べ目立って多い。さらに調べると、M7aのルーツは「約2万5000年前、琉球列島を中心とした地域」と推定できる。
 ■縄文人も多様だった
 発掘された縄文人や弥生人の人骨からmtDNAを取り出して配列を読み、起源を探る研究も進む。
 篠田さんと山梨大の安達登教授(分子人類学)らは、北海道各地で出土した縄文人骨54体のmtDNAを分析した。その結果、4グループに分類できた。65%と最も多かった「N9b」は、ロシア・アムール川下流域の先住民に多いグループ。他のグループも、カムチャツカ半島の先住民や北東アジアに多いことが分かった。
 篠田さんは「北海道は1万~7万年前の氷河期には、ユーラシア大陸と陸続きだった。北海道に住んでいた縄文人は、大陸北東部と行き来していた」と分析する。「一口に縄文人というが、mtDNAから見れば、私たちの祖先はさまざまな背景を持った人たちの集まり」と篠田さん。この春、異分野の研究者らがまとめた日本人の起源と変遷に関する研究でも、この成果が縄文人の遺伝的多様性を裏付ける根拠として貢献した。
 ■病気との関連も
 ハプログループが共通の遺伝的特徴を持っていることを利用して、病気や体質との関連を見ようとする研究も始まっている。
 東京都健康長寿医療センター(東京都板橋区)の福典之研究員(スポーツ生化学)は、全国の日本人672人(18~105歳)の了解を得て、mtDNAの全塩基配列を解読し、ハプログループと健康状態の関係を調べた。その結果、糖尿病患者が特定のハプログループに集中したり、逆に少ないグループがあるなど、体質の違いが確認できたという。
 また、105歳以上の高齢者に着目して調べたところ、多くが「D4a」というグループに属していた。D4aだけでなく、Dグループは長寿の傾向があるという。Dグループの比率は縄文時代より拡大しており、福さんは「Dグループのミトコンドリアの機能が、生存に適していたということだろう」と話す。
 東アジアの南方に多いFやEグループは北方に見られず、北方にはA、G、Yなどのグループが多い。寒い北方では、ミトコンドリアの熱生産効率が高いグループが結果的に生き残ったと推定できる。
 福さんは「遺伝と健康との関係は、核のDNAが受け継ぐ遺伝情報も考慮しなければならないが、長寿や体質とハプログループとの関係が分かれば、生活習慣に気を付けるなど病気の予防につなげられるかもしれない」と話す。
==============
 ■ことば
 ◇ミトコンドリアDNA
 ミトコンドリアは「細胞内の発電所」と呼ばれ、酸素を取り込んで生命活動を支えるエネルギーや熱を作っている。そのミトコンドリアが独自に持つDNAは約1万6000塩基対からなり、ミトコンドリアが作るたんぱく質などに関する情報が含まれている。母から子にだけ伝わるという特性から、母系をたどる研究などに使われる。
http://mainichi.jp/select/science/news/20101109ddm016040008000c.html

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ウィルタ資料館 32年の歴史に幕

2010-11-11 | アイヌ民族関連
(朝日新聞 2010年11月10日)

■老朽化「維持が困難」
 北方少数民族「ウィルタ」の文化を伝えてきた資料館「ジャッカ・ドフニ」(網走市)を運営するウィルタ協会は9日、資料館を閉館したと発表した。協会の田中了代表は「建物の老朽化で、維持費の確保が困難となった」と、32年の歴史に幕を閉じた苦渋の決断を語った。
   ◇
 資料館は、サハリン生まれのウィルタ民族、故ダーヒンニェニ・ゲンダーヌさん(日本名・北川源太郎、1984年死去)が中心となり、全国から700万円の募金を得て78年8月に開館した。網走市も用地を無償提供した。
 名称の「ジャッカ・ドフニ」はウィルタ語で「大切なものを収める家」との意。トドマツの丸太を平割りにした木造で、ウィルタや樺太アイヌの生活用具、衣類、木彫、楽器、刺しゅうなど約600点が収蔵されている。
 毎年、5月の大型連休から10月末まで週3日開館し、冬期は休館。老朽化した建物は雪の重みで屋根がつぶれる可能性も出てきたという。入館者も減少して維持が困難となり、先月30日の総会で来年は開館しないと決めた。
 北方少数民族の品々が多数収蔵されている施設は国内にほかになく、「貴重な資料を散逸させたくない」との思いで協会関係者は一致。資料は田中代表の知人が所有する美幌町内のアトリエに年内をめどに移動、保管するという。
 ゲンダーヌ氏の故郷はサハリン州のポロナイスク。日本領時代の42年、日本陸軍から「召集令状」を受け取り、国境偵察任務に就いた。戦後、シベリアの収容所に送られ、55年に舞鶴に引き揚げた。稚内をへて、その後、網走に移り住んだ。日本の戸籍を取得し、軍人恩給の支給を求めたが、「正式召集ではなかった」と却下。国への謝罪と補償を求める運動を続け、資料館はそのシンボルだった。
 ゲンダーヌ氏の死去後は、妹の北川アイ子さんが資料館を守っていたが、2007年にアイ子さんも死去した後は館長不在だった。
 作家の司馬遼太郎も「街道をゆく(オホーツク街道)」の取材で91年秋に訪れた。「私どもの意識の底に、山河に神々を感じる感情が、埋れ火のようにしてのこっている。要するにウイルタもアイヌも私どもも、おなじ仲間なのである」と書いている。
http://mytown.asahi.com/hokkaido/news.php?k_id=01000001011100006



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小林たかしの談話室「北方領土」はだれのもの?

2010-11-11 | アイヌ民族関連
【レイバーネット 2010.11.07・通算5回目】 

―ロシア大統領の「国後島」訪問をめぐる叔父と姪の会話―
●さ お り◎オッチャン、ロシア大統領の「国後島」訪問で「尖閣諸島」事件と似たような民族主義ヒステリーが日本中で巻きおこっていて、怖いなあ。日本だけでなしに、世界中をナショナリズムという妖怪が歩きまわってるような気がするんや。
★オッチャン◇中国もロシアも今回の領土問題では、大国ナショナリズムを前面にだした感じだったな。それにたいする日本のジャーナリズムの反応もひどかった。「なめられたらアカン」くらいならまだしも、「目には目を歯には歯を」的な報復主義を訴えるジャーナリストたちが登場してきたし、軍事的な紛争になってもそれは相手が悪いからだ、といった強硬派も出てきているし、彼らが多数派になったら、ほんとに怖いことになるな。
●さ お り◎アメリカはティーパーティなどの超保守団体の力が大きくなって、オバマさんも苦労しているようだし、EUの中核的な国では移民労働者への排外主義をあおっている右翼政党が躍進してるし、やな感じやなあ。世界的な大不況で、政治経済がどこの国でもうまくいっていないことに原因があるよな気がするな。
★オッチャン◇世界政治のなかで、領土問題の解決ほど困難なものはないだろな。でもその困難を克服したのが、皮肉なことに中ロ国境問題だった。2004年の最終決着は、「フィフティ・フィフティ」の原則という方式で、紛争中の領土を半々に分け合ったんや。1960年代には武力衝突もあったけど、この方式で両国はナショナリズムを抑えて、平和を獲得した。日本政府の「四島返還」では永遠に解決しないと思うな。
●さ お り◎2008年に「僕たちのアイヌ宣言」というNHKのテレビをみて考えたことを思い出した。もともと北海道も千島列島もアイヌ民族の土地だったのに、日本とロシアがかってに占領したからいまのような状態になったのだ、と考えたんや。この番組のなかで、「アイヌレブルス」という20代30代の16人の男女のグループが、ラップを歌っていたけど、こんな歌詞やった。「滅びゆく民族アイヌ ざけんな 俺らは今もここにいるぜ 今こそ立ち上がれウタリ……すべてを解き放てアイヌ……」。日本もロシアもアイヌの人たちといっしょに領土問題を考えるべきや。
★オッチャン◇1991年に「千島・樺太アイヌ協議会」が、当時の海部首相とゴルバチョフ大統領に次のような書簡を送っているのや。「1855年に日露通好条約が締結されて以来、アイヌは筆舌で表せない苦難の道を歩まされてきた。アイヌ民族の視点に立てば、日本とロシアは共に侵略者だ」。それから、当時の同協会の豊岡理事長はこんな訴えをしていた。「北方四島を含む千島列島のうち何島かをアイヌ民族の手に取り戻し、アイヌだけの独立国を建設する。……国際社会に向けて、自然と人間の共生の道を発信したい」とね。
●さ お り◎さっきの番組の「アイヌレブルス」というのは、民族音楽や舞踊を現代風にアレンジして公園などで演奏したり踊っている東京周辺のグループだけど、その若者たちが大阪で在日コリアンたちと共演するということも紹介されていた。マイノリティどうしの共闘かな。
★オッチャン◇それを聞いて、1946年に「民主臨時政府促進人民大会」というのを当時の「在日朝鮮人連盟北海道本部」が札幌で開催したときに、アイヌ民族の解放を主張していた『アイヌ新聞』の主幹・高橋真が参加して激励演説をしたという歴史を思い出したわ。ところでさおりくん、北海道の語源を知ってるかい?
●さ お り◎いや、教えて。
★オッチャン◇明治政府が1869年(明治2年)に蝦夷地を北海道と改称したとき、最初は「北加伊道」だった。語源は、アイヌ民族が互いに自分たちを呼ぶのに「カイノー」という言葉を使っていたからなんだ。千島列島の地名のほとんどがアイヌ語だ。メドベージェフさんが行った国後島はアイヌ語で「黒い島」っていう意味なんだって。
http://www.labornetjp.org/news/Column/20101109takasi


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豪、先住民地位向上へ国民投票 憲法で「特別な地位」

2010-11-09 | 先住民族関連
【共同通信2010/11/08 21:43】
 【シドニー共同】オーストラリア政府は8日、アボリジニなど先住民の「特別な地位」を憲法で認めるかどうかを問う国民投票を実施する計画を明らかにした。詳細は今後協議するとしているが、雇用面などで先住民の待遇改善につながる形での憲法改正を目指し、現政権の残る任期である3年以内の実施を予定している。
 同国ではラッド首相当時の2008年、白人社会への同化を目的にアボリジニの親子を隔離した過去の政策に対し、同国議会が公式に謝罪する決議を採択。政府は憲法改正を、非先住民との信頼醸成に向けた「次の段階」と位置付けている。
 アボリジニのほか、北部トレス海峡の島しょ民も対象。先住民の指導者や与野党の国会議員を含む委員会を設置、改正の在り方について協議し、来年12月までに政府に報告書を提出する。
 アボリジニの人口は国全体の1~2%にすぎないが、病気になる割合や失業率が高く、白人社会との生活環境の格差が問題になっている。
http://www.47news.jp/CN/201011/CN2010110801000833.html

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美術品か遺体か

2010-11-09 | 先住民族関連
(読売新聞2010年11月8日 )
シンガポール支局 岡崎哲
 ニュージーランド政府は、欧米などの博物館や美術館に、入れ墨が施された先住民マオリの戦士の干し首「トイ・モコ」を返還するよう呼びかけている。欧米では「美術品」として珍重されてきたが、マオリにとっては「先祖の遺体の一部」。所蔵する博物館の多くは返還に消極的で、マオリの人々は心を痛めている。
 「トイ・モコは商品ではない。美術品として扱われるのは、人道に反する」。ニュージーランドの首都ウェリントンにある国立博物館「テ・パパ」を訪れた際、マオリ系の男性職員はそうため息を漏らした。
 マオリは顔を含む全身に入れ墨を施す習慣があり、英国の植民地になる以前は、部族同士の戦闘があると、敗北した相手の頭部をはねて干し首にしていた。とりわけ精巧な入れ墨が彫られた頭部は17世紀以降、欧州系移民の間で美術品として商取引の対象となった。干し首を輸出する目的で殺される例すら後を絶たなかったそうだ。
 返還交渉は「欧米の博物館側が自発的に返還することを促すために、あえて積極的な広報を控えてきた」(テ・パパの担当者)。だが、最近、欧米で干し首を返還すべきか否かを巡って議論が活発になってきた。
 きっかけは2007年、フランス北部ルーアンの市議会が市内で保管された干し首返還を議決したことに、仏文化省が待ったをかけたことだった。仏政府が慎重になったのは「ルーブル美術館が所蔵するエジプトのミイラなど、旧植民地から集めた他の展示品への波及を恐れたため」(ニュージーランド政府筋)といわれる。
 だが、仏国民議会(下院)は今年5月、干し首の返還を可能にする法案をほぼ全会一致で可決した。「美術品でなく、神聖に取り扱われるべきものもある」(法案を提出した下院議員)といった考えが広がったためだ。
 ニュージーランド芸術文化遺産省は「マオリの文化や精神の重要性を理解してくれた」と歓迎。頓挫していた仏国内の博物館との返還交渉を再開した。来年末までに干し首約20人分の返還を目指している。
 入れ墨で埋め尽くされた頭部は「身分証明そのもの」(マオリ族の男性)。部位やデザインから名前や所属部族、職業、地位などを割り出したり、子孫との血縁を証明したりすることも可能だ。ニュージーランドの国立博物館は、返還されれば、展示せずに出身地を調べて子孫に戻す方針だ。
 ただ、無償返還は容易ではない。返還を進めてきたマオリ党のタリアナ・トゥリア共同代表は、「1体6万ニュージーランド・ドル(約386万円)での買い取りを求めてきた美術
館もある」と打ち明けた。
 ニュージーランドは1950年代に返還運動を開始。これまでに米英やドイツ、オーストラリアなどから計約200人分が返還された。だが、今なお数百体以上が未返還とされる。交渉のテーブルについていない博物館すらあるという。
 人体の一部を含む所蔵品は、入手に至る経緯や展示すること自体が妥当かどうかなど、慎重に検討する必要がある。トイ・モコにはそう考えさせられた。
http://www.yomiuri.co.jp/column/world/20101108-OYT8T00339.htm?from=navlc

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政府、アイヌ政策室道分室を開設 共生空間検討を支援

2010-11-09 | アイヌ民族関連
(北海道新聞 11/08 17:56)
 政府は8日、内閣官房アイヌ169件総合政策室(東京)の北海道分室を、札幌市北区の札幌第一合同庁舎内に設置した。政府のアイヌ政策推進会議(座長・仙谷由人内閣官房長官)が整備を検討するアイヌ文化体験施設「民族共生の象徴となる空間」の候補地決定や具体像づくりで、東京の本室と道内の関係機関との連絡、調整役を担う。
 「共生空間」については、同会議が今年1月に初会合を開き、3月に施設内容を検討する作業部会を設置した。
 候補地には、北海道アイヌ169件協会が推薦する苫小牧市と胆振管内白老町などが挙げられており、北海道分室は来春の最終報告に盛り込む予定の共生空間の候補地決定や具体像の検討作業にも携わる。
 同日、札幌第一合同庁舎内で開設式が行われた。初代室長は対馬一修・開発局事業振興部調整官が兼務し、常駐職員2人を含め、6人体制となる。
 対馬室長は「重要な政策課題である共生空間の検討作業をしっかりサポートしていきたい」と話している。
http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/259132.html

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【白老】季節の祈り アイヌ民族博物館

2010-11-09 | アイヌ民族関連
(苫小牧民報 2010年 11/8)
 白老町のアイヌ民族博物館で6日、豊作と人々の健康を祈る儀式「コタンノミ」(集落の祈り)が行われた。
 アイヌの季節感は夏と冬といわれ、この2つの季節の初めにコタンノミが行われてきた。
 儀式に、博物館職員と目時廣行副町長ら約40人が出席。チセ(家屋)のいろりを囲み、病気の神様が嫌うとされる酒かすを全員で食べ、火の神・家の守り神・祭壇の守り神に、アイヌ語で祈りをささげた。
 コタンノミは一般にも公開され、訪れた観光客が興味深そうに見入っていた。
http://www.tomamin.co.jp/2010s/s10110804.html

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アイヌ政策で国が北海道分室

2010-11-09 | アイヌ民族関連
(読売新聞 2010年11月8日 )
 内閣官房アイヌ総合政策室は8日、国と北海道内の関係機関・団体との連携強化を目的にした「北海道分室」を、札幌第1合同庁舎8階(札幌市北区)に開設した。アイヌ政策推進会議(座長・仙谷官房長官)が作業部会を設けて検討している、アイヌ民族の文化伝承や交流、慰霊などの場所として道内に整備する「民族共生の象徴となる空間(象徴空間)」の具体化に向けた調査や、連絡調整が主な役割となる。
 職員は6人体制(常駐は2人)で、国土交通省北海道開発局の職員に兼務発令する。
 この日の開所式には、小川勝也・首相補佐官や、加藤忠・北海道アイヌ協会理事長らが出席。分室前に、仙谷座長が揮毫(きごう)した木製看板が掛けられた。小川補佐官は「持てる能力を遺憾なく発揮してほしい」と職員に訓示した。
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/hokkaido/news/20101108-OYT8T00697.htm

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