NHK 2022年1月4日 15時36分
「アラスカは、地球温暖化における『炭鉱のカナリア』です」。
写真家の松本紀生さん(49)の言葉です。松本さんはアラスカの大自然に魅了され、25年以上にわたって通い続けてきました。神秘的なオーロラや動物たちの迫力ある姿にレンズを向ける中で、気候変動の生々しい爪痕も目の当たりにするようになりました。
ところが、これまでその現実を誰かに伝えることができなかったといいます。いったいどういうことなのか、愛媛県松山市に暮らす松本さんを訪ねました。
(おはよう日本ディレクター 梅田慎一)
※この内容は5日のおはよう日本でも放送されます
極限の環境の中 たった一人で
松本さんは毎年1~3月と6~9月の2回、アラスカで過ごします。季節ごとに様変わりするアラスカの表情を狙うためです。
松本さんの撮影スタイルは極限の環境の中、たった一人で撮影を行うこと。特に冬には北米大陸最高峰のデナリ(6190メートル)とオーロラの共演を撮ろうと、飛行機で氷河に降り立ち、-50℃になることもある氷の上で50日間にも及ぶキャンプをします。
写真家 松本紀生さん
「写真という結果だけに重きを置くのであれば、単独行である必要もありません。危険も少なくなりますし、効率的に撮影ができるでしょう。だけど『何を撮ったか』よりも、『どう取り組んだか』ということの方が大事だと思っているんです。登山に例えると、ロープウェイで登るのと、自分で一歩一歩上るのとでは、頂上に着いた時の感動が違いますよね。50日間のキャンプで全くオーロラが撮れないこともあるんですが、過程や中身を充実させていれば自分の生き方に納得ができるんです」
一生かけても足りないほど撮りたいものがある
アラスカに足を踏み入れたきっかけは、一冊の本との出会いでした。
20歳のころに世界的な写真家・星野道夫さんのアラスカでの撮影旅行記をたまたま手に取った時、大きな衝撃を受けたといいます。

写真家 松本紀生さん
「あっ、こんな世界があるんだって。すごく北の世界に、まだまだ手つかずの自然が残ってる、そんな場所が地球上に残ってるんだっていうことにものすごくひかれました」
アラスカの大学に進学し、独学で写真を学びました。それから25年以上、アラスカ一筋で撮影を続けてきました。
海外の雑誌やテレビ番組で作品や撮影の行程が紹介されたほか、“写真界の芥川賞”ともいわれる木村伊兵衛賞にも写真集がノミネートされました。
「心から撮りたいものはアラスカにしかないんです。一生を懸けても足りないほど撮りたいものに出会えた幸せを感じながら、死ぬまでアラスカで写真を撮り続けたいと思っています」
気候変動の爪痕があらわに
しかし15年ほど前から、その手つかずのアラスカの自然に異変が生じていることに気づき始めました。
氷河が溶けて大きな穴ができてきたのです。
地球温暖化の影響だとみられます。
写真家 松本紀生さん
「僕は冬の間、氷河の上でずっとキャンプを続けていますけど、大好きだった氷河はもう二度と行くことができないんですよ。夏の高温のせいで、溶けてボコボコになってしまって飛行機が着陸できないんですよね」
地球温暖化の影響を感じる場面に至る所で遭遇し始めます。
冬だけではありません。夏の生態系にも変化が現れていました。
写真家 松本紀生さん
「数年前にクジラが全くいなかった夏があったんです。後から調べてみると、海水温が上昇してクジラの餌となるプランクトンとか小魚がどこかに行ってしまって、クジラもアラスカからいなくなってしまっていました」
さらに、これまであまり発生しなかった山火事の頻度も増えました。
「町の中に煙がどんどん流れ込んできて、視界がきかないような日がどんどん増えてるんですよ。山火事が頻発しているからなんですよね。夏の間気温が上がって森林がカラカラに乾いてしまって、そこに雷が落ちて山火事が起こるんです」
地球温暖化は自分たちのせい
日本にいる間、松本さんは全国の小中学校などを訪ねて写真や映像を見せながらトークを織り交ぜたイベント、「フォトライブ」を行っています。しかし、これまでフォトライブで地球温暖化について話すことはありませんでした。
自分には“語る資格が無い”と感じていたためです。
写真家 松本紀生さん
「自分の事を棚に上げて他の人に『考えて行動しましょうね』と言うのはちょっと違うなと思ってたんですよ。例えば僕がグレタ・トゥーンベリさんみたいに『移動するときは船に乗る』みたいな本当に地球に対してクリーンな生き方をしている人間であれば、自信を持って温暖化のことを皆さんに語りかけられますし、それにふさわしい人間だと思えると思います。でも僕はそんな人間じゃないんです。普通にパソコン使うし、車運転するし、飛行機にも乗るし。そんな人間に温暖化について他の人に語りかける資格はないっていう思いが強かったんですよね」
そんな中でも松本さんの葛藤が大きくなる出来事がありました。
海岸線沿いに住む先住民族の集落に行ったときのことです。彼らの暮らしも、地球温暖化によって脅かされていました。
「海が凍らなくなったせいで海岸線の浸食が進んでいっているんです。そのせいで海沿いの家が崩れてしまいました。地下にあった永久凍土が溶けていっていることも影響していると考えられています。この人たちは何にも悪い事をしてないんですよ。逆なんです。自然と調和をして自然の恵みで自分たちは生かされてるっていうのをよく知ってる人たちなんで、自然を守って生きてきた人たちなんですよ。その人たちが今は自然に牙をむかれて生活が脅かされてる。それはじゃあ誰のせいかと言うと、言ってしまえば僕らのせいなんです」
“語る資格”はない けれど語る
大好きだったアラスカの自然が音を立てて崩れていく現状を、指をくわえてみているだけではいられない。去年(2021年)秋から松本さんはフォトライブで、これまで避けてきた環境問題について話し始めました。
中学生を対象に、自分が目にしてきた様々な変化、そして自然と共生してきた先住民族の暮らしにも影響を与えていることをイベントの最後に伝えています。
参加した中学生たちからはこんな感想が寄せられました。
「私たちのせいで現地の人や自然を苦しめていると思うと、すごく複雑な気持ちになりました」
「自然に人間が足を踏み入れなくても、遠くから影響がやってくるので、自分は無関係だと思わず、行動したい」
写真家 松本紀生さん
「自分が温暖化について『地球を守ろう』みたいに言う資格はないって、もちろん今も思ってますよ。思ってますけど、でももうそんなナイーブなことを言ってる状況ではないっていう気持ちの方が強いんです。それぐらいアラスカが危機的な状況だっていうことなんです。今何かしないと本当に手遅れになります」
去年の12月、私たちは小学校低学年向けに松本さんが開いたフォトライブを取材しました。
中学生向けに準備した話はしませんでしたが、大自然のすばらしさをたっぷり紹介した最後に子どもたちにこう投げかけました。
写真家 松本紀生さん
「アラスカには、こんな風に動物たちがたくさんいます。自然ってすごいよね。自然のおかげでおいしい魚を食べることができます。自然のおかげで勉強するときに使う教科書やノートの紙も使うことができます。そして自然のおかげで今日みたいに楽しんだり感動したりすることができる。だから僕は、こんな自然をこれからも守っていきたいと思います。みんなはどう思ったでしょうか」
取材後記
松本さんの話を伺って、近い将来、地球温暖化の影響は日本も含めた世界でアラスカのような深刻さを増すかもしれない。そんな危機感が伝わってきました。
その危機感と現実の暮らしの間で松本さんが抱いていた葛藤は、環境問題に真摯に向き合おうとすればするほど強くなるものなのだと思います。
「文明的な暮らしを続ける自分に、いったい何ができるのか」
私自身も自らに問い続けたいと思います。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220104/k10013407481000.html
「アラスカは、地球温暖化における『炭鉱のカナリア』です」。
写真家の松本紀生さん(49)の言葉です。松本さんはアラスカの大自然に魅了され、25年以上にわたって通い続けてきました。神秘的なオーロラや動物たちの迫力ある姿にレンズを向ける中で、気候変動の生々しい爪痕も目の当たりにするようになりました。
ところが、これまでその現実を誰かに伝えることができなかったといいます。いったいどういうことなのか、愛媛県松山市に暮らす松本さんを訪ねました。
(おはよう日本ディレクター 梅田慎一)
※この内容は5日のおはよう日本でも放送されます
極限の環境の中 たった一人で
松本さんは毎年1~3月と6~9月の2回、アラスカで過ごします。季節ごとに様変わりするアラスカの表情を狙うためです。
松本さんの撮影スタイルは極限の環境の中、たった一人で撮影を行うこと。特に冬には北米大陸最高峰のデナリ(6190メートル)とオーロラの共演を撮ろうと、飛行機で氷河に降り立ち、-50℃になることもある氷の上で50日間にも及ぶキャンプをします。
写真家 松本紀生さん
「写真という結果だけに重きを置くのであれば、単独行である必要もありません。危険も少なくなりますし、効率的に撮影ができるでしょう。だけど『何を撮ったか』よりも、『どう取り組んだか』ということの方が大事だと思っているんです。登山に例えると、ロープウェイで登るのと、自分で一歩一歩上るのとでは、頂上に着いた時の感動が違いますよね。50日間のキャンプで全くオーロラが撮れないこともあるんですが、過程や中身を充実させていれば自分の生き方に納得ができるんです」
一生かけても足りないほど撮りたいものがある
アラスカに足を踏み入れたきっかけは、一冊の本との出会いでした。
20歳のころに世界的な写真家・星野道夫さんのアラスカでの撮影旅行記をたまたま手に取った時、大きな衝撃を受けたといいます。

写真家 松本紀生さん
「あっ、こんな世界があるんだって。すごく北の世界に、まだまだ手つかずの自然が残ってる、そんな場所が地球上に残ってるんだっていうことにものすごくひかれました」
アラスカの大学に進学し、独学で写真を学びました。それから25年以上、アラスカ一筋で撮影を続けてきました。
海外の雑誌やテレビ番組で作品や撮影の行程が紹介されたほか、“写真界の芥川賞”ともいわれる木村伊兵衛賞にも写真集がノミネートされました。
「心から撮りたいものはアラスカにしかないんです。一生を懸けても足りないほど撮りたいものに出会えた幸せを感じながら、死ぬまでアラスカで写真を撮り続けたいと思っています」
気候変動の爪痕があらわに
しかし15年ほど前から、その手つかずのアラスカの自然に異変が生じていることに気づき始めました。
氷河が溶けて大きな穴ができてきたのです。
地球温暖化の影響だとみられます。
写真家 松本紀生さん
「僕は冬の間、氷河の上でずっとキャンプを続けていますけど、大好きだった氷河はもう二度と行くことができないんですよ。夏の高温のせいで、溶けてボコボコになってしまって飛行機が着陸できないんですよね」
地球温暖化の影響を感じる場面に至る所で遭遇し始めます。
冬だけではありません。夏の生態系にも変化が現れていました。
写真家 松本紀生さん
「数年前にクジラが全くいなかった夏があったんです。後から調べてみると、海水温が上昇してクジラの餌となるプランクトンとか小魚がどこかに行ってしまって、クジラもアラスカからいなくなってしまっていました」
さらに、これまであまり発生しなかった山火事の頻度も増えました。
「町の中に煙がどんどん流れ込んできて、視界がきかないような日がどんどん増えてるんですよ。山火事が頻発しているからなんですよね。夏の間気温が上がって森林がカラカラに乾いてしまって、そこに雷が落ちて山火事が起こるんです」
地球温暖化は自分たちのせい
日本にいる間、松本さんは全国の小中学校などを訪ねて写真や映像を見せながらトークを織り交ぜたイベント、「フォトライブ」を行っています。しかし、これまでフォトライブで地球温暖化について話すことはありませんでした。
自分には“語る資格が無い”と感じていたためです。
写真家 松本紀生さん
「自分の事を棚に上げて他の人に『考えて行動しましょうね』と言うのはちょっと違うなと思ってたんですよ。例えば僕がグレタ・トゥーンベリさんみたいに『移動するときは船に乗る』みたいな本当に地球に対してクリーンな生き方をしている人間であれば、自信を持って温暖化のことを皆さんに語りかけられますし、それにふさわしい人間だと思えると思います。でも僕はそんな人間じゃないんです。普通にパソコン使うし、車運転するし、飛行機にも乗るし。そんな人間に温暖化について他の人に語りかける資格はないっていう思いが強かったんですよね」
そんな中でも松本さんの葛藤が大きくなる出来事がありました。
海岸線沿いに住む先住民族の集落に行ったときのことです。彼らの暮らしも、地球温暖化によって脅かされていました。
「海が凍らなくなったせいで海岸線の浸食が進んでいっているんです。そのせいで海沿いの家が崩れてしまいました。地下にあった永久凍土が溶けていっていることも影響していると考えられています。この人たちは何にも悪い事をしてないんですよ。逆なんです。自然と調和をして自然の恵みで自分たちは生かされてるっていうのをよく知ってる人たちなんで、自然を守って生きてきた人たちなんですよ。その人たちが今は自然に牙をむかれて生活が脅かされてる。それはじゃあ誰のせいかと言うと、言ってしまえば僕らのせいなんです」
“語る資格”はない けれど語る
大好きだったアラスカの自然が音を立てて崩れていく現状を、指をくわえてみているだけではいられない。去年(2021年)秋から松本さんはフォトライブで、これまで避けてきた環境問題について話し始めました。
中学生を対象に、自分が目にしてきた様々な変化、そして自然と共生してきた先住民族の暮らしにも影響を与えていることをイベントの最後に伝えています。
参加した中学生たちからはこんな感想が寄せられました。
「私たちのせいで現地の人や自然を苦しめていると思うと、すごく複雑な気持ちになりました」
「自然に人間が足を踏み入れなくても、遠くから影響がやってくるので、自分は無関係だと思わず、行動したい」
写真家 松本紀生さん
「自分が温暖化について『地球を守ろう』みたいに言う資格はないって、もちろん今も思ってますよ。思ってますけど、でももうそんなナイーブなことを言ってる状況ではないっていう気持ちの方が強いんです。それぐらいアラスカが危機的な状況だっていうことなんです。今何かしないと本当に手遅れになります」
去年の12月、私たちは小学校低学年向けに松本さんが開いたフォトライブを取材しました。
中学生向けに準備した話はしませんでしたが、大自然のすばらしさをたっぷり紹介した最後に子どもたちにこう投げかけました。
写真家 松本紀生さん
「アラスカには、こんな風に動物たちがたくさんいます。自然ってすごいよね。自然のおかげでおいしい魚を食べることができます。自然のおかげで勉強するときに使う教科書やノートの紙も使うことができます。そして自然のおかげで今日みたいに楽しんだり感動したりすることができる。だから僕は、こんな自然をこれからも守っていきたいと思います。みんなはどう思ったでしょうか」
取材後記
松本さんの話を伺って、近い将来、地球温暖化の影響は日本も含めた世界でアラスカのような深刻さを増すかもしれない。そんな危機感が伝わってきました。
その危機感と現実の暮らしの間で松本さんが抱いていた葛藤は、環境問題に真摯に向き合おうとすればするほど強くなるものなのだと思います。
「文明的な暮らしを続ける自分に、いったい何ができるのか」
私自身も自らに問い続けたいと思います。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220104/k10013407481000.html