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なぜ尾形と杉元のカップリングが支持されるのか? 研究者が分析する『ゴールデンカムイ』に潜むBL的な“根拠”

2023-07-10 | アイヌ民族関連
文春オンライン2023/07/08 17:00
 前回は、『ゴールデンカムイ』において、刺青が女性器の隠喩として機能し男性の身体を徴付けることで、男性登場人物中心の物語でありながら、男女二元論を体現していることを確認した。
 刺青=女性器を欲望し異性愛家族規範の中にとどまる人物は生き延び、刺青=女性器に関心を示さない者や有徴化された倒錯者たちは無惨に殺される。
 作品全体は異性愛家族主義的なので、作中の男性同士の性的関係はあくまでギャグとして処理されてしまう。しかし、作品の内部で男性同性愛がギャグとして消費されるからと言って、読者の頭の中でも同じようにギャグとしてのみ消費されるわけではないことは、二次創作作品を見れば明らかだろう。
 今月刊行予定の学会誌『表象』に掲載される拙論「刺青に突き立てられる刃:『ゴールデンカムイ』における皮膚上の記号作用とギャグの機能」をもとに、今回はこの点に注目し、ファンがどのように『ゴールデンカムイ』を見ているかを検討してみよう。(全2回の2回目/はじめから読む)
なぜファンは『金カム』からBLを読み取るのか
 他の多くの現代日本の漫画・アニメと同様、『ゴールデンカムイ』の男性キャラクター同士の性的・非性的なカップリングを妄想し、二次創作を楽しむファンは多数存在する。
 このような、原作には存在しない男性同性愛関係性を読み込んだ主に異性愛女性による二次創作は、女性や性的マイノリティが自身の声/欲望を表明する場が限られている時代にそうすることができる場として肯定的に評価されてきた(もちろんネットが発達した現代において、他者の姿を使って自分の声/欲望を表現することを肯定できるかという問題はある)。
 とはいえ『ゴールデンカムイ』という作品自体がBL的であるという言い方はできないだろう。前回指摘した通り、同作では性的な逸脱をする人間は作品の異性愛家族規範から弾き出されるからだ。
 しかし、原作では男性間の性的関係性をギャグとして無効化しながら、ファンによるBL的二次創作が盛んであるということは矛盾しない。むしろ、原作の中での同性愛嫌悪が強ければ強いほど、ファンが原作内で抑圧された同性愛的な文脈を二次創作で表面化させるという指摘もある。
 このことを検討するために、本作の中でも最も人気のあるカップリングの一つである杉元/尾形関係を分析しよう。
杉元/尾形の関係を、BL的に解釈する根拠
 尾形上等兵の計略によってアシㇼパから引き離された杉元は、樺太まで追跡し遂にアシㇼパと再会するが、その際にアシㇼパの毒矢が尾形の右目に刺さってしまう(19巻188話)。殺人を犯したことがないアシㇼパに手を汚させないため、杉元は毒矢の刺さった眼球をナイフで抉り取り、尾形の眼窩から自分の口で毒を吸い出す。
 前回論じたように刃物と刺青は隠喩的に男性器と女性器として解釈できるわけだが、これを拡張的に応用して尾形の右目に穿たれた穴も女性器として読むならば、杉元のこの行為はキスともクンニリングスとも理解できる。
「また無茶苦茶なことを言って」と読者の皆さんが思われるかもしれないので、英文学者イヴ・セジウィックが『男同士の絆』で行った議論を使って説明しよう。
 セジウィックは女性を媒介することで男性二人の間の社会的な絆が強化されるメカニズムを「欲望の三角形」という概念で定式化した。
「欲望の三角形」の特徴は、男たちが女性を介することで、彼ら同士の強い絆があくまでも性的ではないことにするところにある。男たちは自分たちの間の性愛の可能性を常に否定しながら、彼らの間に強い関係性を作り出すことができるのだ。
 杉元と尾形は女性であるアシㇼパを介して因縁が絡み合っており、この点で彼らは「欲望の三角形」によって結びついている。彼ら周辺の関係を整理すると下図のようになる。
 杉元は幼なじみの梅子の眼の治療のため黄金を求めており、それは梅子の夫であり杉元の親友かつ戦友である剣持寅次の遺志をついでのことだ。一方、尾形は露骨に父親が持っている象徴的な全能性への執着を抱えている。従って、図像的に男性器と重ね合わされる鶴見に従い、父である花沢中将が妾の子である自分を愛しているかを確認するために、母、異母弟の勇作、父花沢幸次郎を次々に殺害する。
 杉元も尾形もそれぞれ別の「女性」を介して男同士の関係を作るが、この「女性」の位置にアシㇼパが置かれることで、杉元と尾形の間にも関係性が浮かび上がる。目が梅子の病気の在処であることも考えれば、杉元の尾形の右目へのキス/クンニリングスは決定的な意味を持つ。
それでも杉元/尾形が成就しないワケ
 杉元と尾形のカップリングは人気が高く、一定の割合の読者はこのような杉元と尾形の関係性を読み取っていることは間違いない。
『ゴールデンカムイ』が異性愛家族主義的であるとしても、作品内で抑圧される要素に注目し、本筋に逆らった作品理解を示すことは可能であるし、実際にファンたちはそのように読んでいるのだ(とはいえこれは男性同性愛の当事者にとっては自分たちの姿が、別の目的のために利用されているということなので、そのことへの批判もありうるだろう)。
 しかし、この杉本の尾形への接吻の瞬間には、アシㇼパと杉元の再会のシーンのほのかなロマンス的要素が続き、そのほのかなロマンス的要素さえもすぐにギャグによって解体されてしまうことが、『ゴールデンカムイ』という作品の理解にはより重要だ。
 一行の同行者である「脱獄王」白石由竹は「お邪魔虫だぜ」と言って杉元とアシㇼパを二人きりにしようとする。だが、アシㇼパのまぶたが杉元のコートの金属製のボタンに凍ってくっついてしまう。皮膚が剥がれてしまわないように、杉元は白石におしっこをかけるよう依頼する。
 杉元の尾形に対する接吻よりも、杉元とアシㇼパのほのかなロマンスよりも大きく、見開き2ページで2回、計4ページを使って、白石のおしっこがほとばしり3名が乱舞する姿が描き出される。やはりギャグが物語の前面に現れるのだ。 
 ギャグに加えて性的な全能性(ファルス=象徴としての男性器)への執着も作品中でさまざまな性愛や関係性の可能性を禁止する作劇上のギミックとして利用されている。
杉元/尾形の関係を封じる、「鶴見中尉への執着」
 アシㇼパ一行に同行する尾形は、当初彼らに全く心を開いていなかったが、「我々がたくさん叩いたもの」を意味する料理チタタㇷ゚に参加し、杉元やアシㇼパと友好的な関係性を築く可能性は仄めかされていた(13巻127話)。
 しかし、最終的には、杉元のキスもアシㇼパとのチタタㇷ゚もまったく影響がなかったかのように、男性器を図像的に模している鶴見への執着に回帰してしまう(31巻304話)。作品の構造としては筋が通っているが、読者からはかなり面食らう展開ではあった。
 前回論じた上エ地の場合もそうなのだが、父親の持っている力(ファルス)に対する執着は登場人物の造形を深めるために配置されているというよりは、あくまで異性愛家族主義に向けて物語を動かすための推進力としてのみ使われている。
 男性同性愛が仄めかされる『ゴールデンカムイ』の中で、尾形には鶴見への執着から脱出する可能性への回路あるいは救済が、あらかじめ作品中で提示されてはいる。だが、作品の構造はファンたちがBL的二次創作的解釈をすることをも前提とした上で、尾形の別の可能性をギャグと鶴見への執着で封印してしまう。
『ゴールデンカムイ』という作品は、男性同士の性的な関係性と異性愛家族規範に基づく物語という二つの意味の層を作り出しながら、ギャグによって前者を忘却させ、後者を強化する構造を持っているのだ。
『金カム』からギャグを取り除いたときに見えるもの
 個人的には、ギャグという要素を取り除いたときに、『ゴールデンカムイ』には別の読み筋が現れるように思う。すでに述べたとおり、男性的全能性(ファルス)への執着は特に第七師団の男性登場人物たちを動かすためのギミックとして使われており、尾形に典型的に見られるように、彼らの中身はほとんど空っぽである。だが、空っぽであるからこそ、そこに切実さが浮かび上がる。
 自分たちが同性間の性的・非性的な関係性に開かれることを忘れながら、男性同士で肉体を傷つけあう男たちには、男性として生きることの苦しみやその苦しさに気づくことさえできずに死んでいく哀しさも垣間見えるように思える。
 杉元・尾形のカップリングにはこのような可能性が秘められていて、それがファンたちによって解読されている。『ゴールデンカムイ』の個別の性表現の良し悪しをそれぞれ判断するのではなく、このように作品の複雑さに光を当てることで見えてくるものもあるだろう。
 もちろんギャグの前で同性愛的な可能性はすべて物語の本筋から弾き出されてしまうことは軽視できない。このように考えていくと、ギャグの中心にいる脱獄王白石由竹という登場人物の重要性が浮かび上がってくる。
 また、男女二元論や異性愛家族主義によって展開する作品構造は、作品内で和人によるアイヌに対する構造的差別を過小評価し帝国主義的な欲望を是認することにもつながっている。鶴見という図像的に男性器を模した登場人物とギャグを担う白石が、どちらも物語の結末部分で大日本帝国の領土の問題に関わる動きをしていることは、『ゴールデンカムイ』という作品を深く理解するために重要である。
 こうした議論に興味をもった方は、ぜひ前述の拙論「刺青に突き立てられる刃:『ゴールデンカムイ』における皮膚上の記号作用とギャグの機能」を読んでいただきたい。
(渡部 宏樹)
https://news.nicovideo.jp/watch/nw12944070?news_ref=dic_topics_topic
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