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「生きるって自己決定だと思う」アイヌの人々を描いた直木賞受賞作・『熱源』川越宗一さんインタビュー第2作で異例の受賞

2020-01-19 | アイヌ民族関連

文春オンライン2020/01/18
――このたびは第162回直木賞受賞おめでとうございます。昨日の受賞記者会見では「昔のドッキリカメラみたいなものじゃないかという気がする」とおっしゃっていましたが、一夜明けて、受賞の実感はわきましたか。
川越宗一(以下、川越) まだわきません。昨日は発表までじっと待つしかなかったので、じっとしているうちに、世界がぐるっと変わったみたいな感じです。
――受賞の連絡はどこで待っていたのですか。
川越 文藝春秋の会議室で、担当編集者と待ってました。お店でもよかったんですけれど、大勢の人をお呼びして待つのは恥ずかしいというか、落ちた時にどんな顔をしたらいいか分からないと思ったので、「なるべくひっそり待ちたいです」と言ったんです。
――昨夜や今日お召しのジャケットは、実は編集者から借りたものだそうですね。ご用意されていなかったのは、受賞すると思っていなかったからですか?
川越 あまりガチガチの格好でないほうがいいのかなと思って。そうしたら担当編集者に「ジャケット持っていないのか」と言われました。よう考えたら、大人やったらそれくらいの用意はしておくべきでした。
――昨夜は記者会見の後、選考委員の方たちに挨拶し、その後祝勝会だったわけですよね。
川越 会見では頭が真っ白でした。選考委員の方々へのご挨拶も、神々の宴に呼ばれるようなものなので本当に緊張しました。自分が何を言ったかは全然覚えていないんですけれど、神々のはずなのにこんな僕みたいなもんを温かく迎えいれてくださって、「おめでとう」「おめでとう」と言ってくださって、お話ししやすい雰囲気で。そこに感動しました。
 その後は編集者たちとお酒を飲みましたが、緊張が続いていたので味はあまりわからなかったですね。でも、なんか妙にはしゃいでいた気はします。
「新しい趣味を」という気持ちで小説を書き始めたが……
――デビューして1年半。受賞作『熱源』が第2作目という、異例のはやさでの受賞です。しかも、小説を書き始めたのは数年前、30代後半だったそうですね。
川越 新しい趣味をなにかやろうという、ジョギングを始めるようなふんわりした気持ちで小説を書き始めたんです。小説なら文字を書くだけでいいから人もお金も使わずにできるという、なめた気持ちがありました。
 それを完成させて松本清張賞に応募したら落選して、その時にすごく悔しかったんですよね。僕、あんまり悔しいと思うような情熱的な人間ではないので、ああ、自分はこの題材にこれだけ愛着があったんだと気づいたというか。自分が頑張らないとこのテーマは一生世に出ないと思って、そこから本当に頑張って改稿してもう一度松本清張賞に応募して、受賞しました。
――その受賞作が、『天地に燦たり』という、秀吉の朝鮮出兵の時代の東アジアを舞台にした力作です。いきなりこんな大きな物語を思いついたのですか。
川越 昔から、こんな話を映画とか小説とかドラマとか漫画にしたら面白いだろうな、とコンテンツを考える癖があったんです。小説を書こうと思った時に考えていたコンテンツの中でとくに書きたかったのがふたつあって、その片方が『天地に燦たり』で、もう片方が『熱源』になりました。
――『熱源』は樺太アイヌの男性と、樺太に流刑になったポーランド人という、大きな文明に自分たちの文化を奪われる立場にいた実在の二人の人物の人生が主軸として描かれます。この題材を書こうと思ったきっかけは。
川越 小説を書きはじめるよりずっと前に、妻と北海道旅行をして白老のアイヌ民族博物館に行ったんです。そこにブロニスワフ・ピウスツキの銅像があるのを見て、なんでここにポーランド人の銅像があるんだろうと思って。調べてみて樺太に島流しにあい、アイヌたちと交流があったと知りました。
 一方、彼と交流のあったアイヌのヤヨマネクフはのちに南極探検隊に参加している。ピウスツキは東西、ヤヨマネクフは南北に移動していると考えたら、縦と横が繋がって壮大なストーリーが立ち上がってきて、そういう作品を見たいなと当時から思っていました。
――『天地に燦たり』も『熱源』も大きな題材ですよね。いきなり書けたんですか。
川越 いくつかイメージしているシーンはあったので、そのあたりはわーっと書けたんですけれど、それを繋いでいくところがなかなか難しかったです。はじめて書いた時はキャラクターも動かせていなかったですし。小説的な作法もめちゃくちゃでした。この前当時の原稿をちらっと見たんですけれど、今よりはるかにあかんというか。30秒くらいしか読めなかったです。
時代を作った側より、巻き込まれる側に興味がある
――アイヌは日本の同化政策によって苦難を強いられた人たちで、今でもいろいろな問題が残るデリケートなテーマともいえます。書くのに躊躇はありませんでしたか。
川越 それは最初から最後までありました。あったんですけれど、そこを乗り越えていかないと、たぶん作家として前に進めないと思ったんです。当たり障りのないことしか書けないのではいかん、という。あとはたとえ失敗のお叱りを受けたとしても、一度このテーマを書いてみたいとずっと思っていたので。目をつぶってアクセルだけ踏んでいるみたいな時もありながら書き進めました。
――歴史や時代を作った人というより、そこに巻き込まれる側の人の話ですね。そういう人たちに興味があるのですか。
川越 そうですね。時代を作ることができなくて、参加することしかできなかったけれど、ただ唯々諾々と参加しただけではなくて、その中で自分の人生を選択していく人たちを書きたいと思っていました。ピウスツキとヤヨマネクフも、まさにそういう人たちでした。
――史実や実在の人物を物語化していくのはどんな作業なんですか。
川越 最初に年表やまとめノートを作って、事実関係を整理して把握し、ある程度感覚的に理解できるような感じにはもっていきました。そうしているうちにだんだんキャラクターについても造形ができてきて、焦点が合っていく感じです。史実の中でここのポイントは外そうとか、ここは虚構を入れなあかんみたいなポイントとかも出てきたりするので。そういうことを考えながら、キャラクターが煮詰まっていく感じでした。
――事実を並べるだけならノンフィクションでいいわけで、物語にする場合、そこに著者の創作や解釈が加わりますが、虚実のバランスをとるのが難しいはず。あえて物語にする意味をどう感じますか。
川越 バランスは考えながら書きます。そのバランスが固まったのが、『熱源』を書きながらでした。今回は前作よりもバランスをとるのがしんどかったし、「ここは事実と違う」みたいな指摘を受けることを最初は恐れていましたが、今となってはもう後悔がないというか。嘘をついてでも言いたいこと、考えていることが自分の中にある。そこに踏み込まないと、やっぱり、小説にする意味がないと思うんです。
 なんでわざわざ物語にするのかというのはやっぱり、自分で書きたい世界、見せたい世界、考えたいことがあるからなので、そこに対して批判を恐れて筆が鈍るようなことがあってはあかんな、という覚悟ができたのが『熱源』です。
困難な時代を生き抜いた人のモチベーションを書きたい
――書きたい世界、というのは実際に作品を読むと伝わってきますが、ご自身の言葉で言うと?
川越 抽象的に言うと、困難な時代に生きるモチベーションみたいなところですね。わりと平和で暮らしやすい21世紀の今でも、布団から出たくない日はやっぱりある。絶望して命を絶ってしまう人もいる。そんな今よりはるかに困難な時代に諦めずに生きた人がいたから21世紀現在、人類は生き残っている。そういう時代に生きた人たちのモチベーションは何だろう、というのを書いてみたかったんです。
――以前『熱源』についてインタビューした時に印象的だったのは、「結果的に自己決定していく人たちの話になった」という言葉です。
川越 突き詰めると、生きるって自己決定だろうと思うんです。人権とか自由とかを突き詰めると自己決定権にあるんじゃないかと思います。アイヌの同化政策について何が嫌だと感じるかというと、文化を失われるということ。自分が何をするのかを勝手に人に決められてしまうことなんですよね。
 それはすごく、言葉を選ばずに言いますけれど、けたくそわるいというか。自己決定できないというのは一番理不尽で、それが当時の混乱の正体だと感じます。でもそこでも、モチベーションを失わずに生きていく人たちがいたんですよね。
「強いも弱いも、優れるも劣るもないない」の真意
――作中の「強いも弱いも、優れるも劣るもない。生まれたから、生きていくのだ」という言葉が印象に残りました。それに、強いものが悪いみたいな書き方ではないんですよね。
川越 そうそう、そういうふうに書きたかったんです。みんなが大変で、こっちの理不尽がまた別の理不尽を生むという連鎖があったりする。一方的に悪者というのはなかなかいないだろうなと思いました。裏のテーマとして、近代日本の第一章の話というふうに書きたかったのはあります。西南戦争が終わったくらいに明治日本が誕生した流れを書きたかった。自分の住んでいる国の、かつての一時代を。
 そういう意味では、弱者というものに興味があるのではなくて、弱者に追いやる社会のメカニズムであったりとか、そこで生まれる個人の危機に興味がある感じですね。それだと当然強者にも個人的危機はあるので、今後それが面白いとそっちを書くと思います。
 だから、「弱者に寄り添う」みたいな視点にはたぶん僕はあまりしないと思います。もちろん弱者はいないほうがいいですし、社会的にそういう人たちの不幸が最小限にとどまるようにしたほうがいいと思うんですけれど、カジュアルに「弱者に寄り添う」といわれても鬱陶しいんじゃないかな、と言う気持ちがあります。すみません、うまく言えないんですけれど。
――ヤヨマネクフやピウスツキはもちろんだと思いますが、他に作中の実在の人物で思い入れのある人物は誰ですか。
川越 前半に出てくる、北海道の村で威張り散らして西郷従道にたしなめられる鹿児島出身の永山准大佐という人には思い入れがありますね。永山武四郎です。嫌な奴という書き方はしたんですけれど、当時の時代の雰囲気の中では普通の人なんですよね。その普通の人の感覚で一生懸命頑張っていた人というイメージです。鹿児島弁丸出しで従道と喋るシーンは、書いていてテンションが高かったですね。今読み返しても涙ぐんでしまうんです。いいシーンを書きました、と自画自賛で(笑)。
――作中の女性の多くは架空の人物ですが、みんな魅力的ですよね。また、チュフサンマという女性が自分の顔にアイヌの入墨を彫る決意をするなど、女性が自己決定する場面もあります。女性を書く際に、なにか意識しましたか。
川越 明確に意識はしなかったんですけれども。そもそも歴史的な資料で残っているのは男の話ばかりなんですよね。女性が出てきたとしても、英雄の奥さんとか、英雄をたぶらかした悪女が多い。でも人類の半分はいうたら女性なので、当時は男性中心で動いていた世界としても、世界の半分しか書いていない気がするんです。それに対する反感みたいなものはふんわりとありました。その反動が、『熱源』に出てくる女性の人数や行動になっている気がします。
 ただ、自分は男なので、やっぱり女性が書けているかどうかすごく不安なんです。なんか気持ち悪い感じになってへんか、とか。
――そもそもなんですが、小さい頃から歴史が好きだったそうですね。
川越 歴史は物心ついた頃から好きでした。ちょうど子どもの頃に大河ドラマで「独眼竜政宗」をやっていたので、戦国武将とかも好きだったんです。けれど、大人になってくると、一見格好よくないけれど光っている人とか、よく考えたら格好いいとか面白いとか、そういう人のほうに興味が移っていきました。  
大学の4回生で、取れていたのは20単位
――大学は史学科に進まれたわけですが、途中で退学していますよね。
川越 最初のほうでもう早々に授業に行かなくなりました。モラトリアムを十二分に満喫しようと思ったのか、とにかく頑張るということを一切しなかったです。大学の4回生が終わる時に120単位必要なんですけれど、20単位ちょっとしかなかった。と、喋りながら自分のことをなんて奴だと思っています(苦笑)。その時にちゃんと勉強していたら、今もっと楽に書けた気がします。
――その後はバンド活動をされていたとか。ロックですか。
川越 ロックです。バンドは高校1年の時から始めていました。大学をやめて、カラオケ屋さんで1年くらい働いていた時期はバンド活動もやめていたんですけれど、昔の仲間が「また一緒にやろうぜ」と言ってきたので、カラオケ屋さんをやめてバンドを始めました。
 活動しながら見つけた仕事があって、契約社員にしてもらい、30歳になった時にみんなそろそろバンドしてられなくなったので活動をやめて、その会社に相談して正社員にしてもらったという経緯です。
――今もお勤めされているのですか。この先兼業でやっていくのでしょうか。
川越 そうですね。でも小説を書くようになってから、時短勤務にしてもらっています。働きやすい会社で、感謝しています。
最後の作品は「焼肉小説」?
――次のご予定は。今後、どんな小説を書いていきたいですか。
川越 鄭成功の時代の東シナ海の話を「オール讀物」で一編ずつ載せてもらうので、それが今年中に刊行できれば、と思っています。
 最終的に突き詰めたいのは、なぜ日本が昭和20年8月15日を迎えたのかということなんです。一番最後は焼肉小説を書くと宣言してしまっているので、最後のひとつ前はそれを書きたいですね。
――焼肉小説とは?(笑)
川越 松本清張賞の表彰式のスピーチで、だらだら喋ってしまって。僕は焼肉という言葉が好きなんですが、好きなものに関してはその経緯から考えてしまうところがあるんです。焼肉はもともと朝鮮半島に原型があって、それが日本式になって、タレとか材料とかはまた全然違う国の原産のものを使っていて……ということをスピーチでだらだらと喋って、「最後に僕は焼肉を書きます」みたいなことを言ってしまいました。みなさんバカだと思っていると思うんですけれど(笑)。
――まあ、焼肉小説が読めるのは、まだまだ先になりますね。
川越 そうですね。僕もちょっと作家としてスキルを上げていきたいので、その時には充分な焼肉を書けるようになっていたいです(笑)。
写真=松本輝一/文藝春秋
熱源
川越 宗一
文藝春秋
2019年8月28日 発売
https://bunshun.jp/articles/-/26935
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