北海道新聞 06/02 10:08
釧路市の阿寒湖温泉街にある阿寒湖アイヌコタン(集落)で今月中、アイヌ民族による新法人が誕生する。一般社団法人・阿寒アイヌコンサルン。設立に関わる阿寒アイヌ協会会長の広野洋さん(54)は「いわば、アイヌ文化専門のコンサルティング会社」と話す。
■交付金生かす
見据えるのは、5月24日に施行されたアイヌ施策推進法の交付金制度だ。アイヌ文化を生かした観光・産業振興を目指す地域計画を作成した市町村に対し、国が認めれば交付金が出る。
推進法成立後、同協会を核とした地元のアイヌ関係団体は共同で《1》自前で運営するコタン内の劇場「オンネチセ」をリニューアルし、アイヌ民族による芸術作品の常設展示室や、旅行者にアイヌ料理をふるまうための調理場などを設けた複合施設にすること《2》アイヌ文様を生かした商品開発《3》舞踊公演―など、交付金事業として10以上を釧路市に提案している。
アイヌコンサルンは、開発商品の監修や人材確保など「自分たちの意思で計画した事業を、自分たちで動かすため」(広野さん)の実務を担う。何より意識するのは「事業で雇用や収益を生み、アイヌの経済的自立につなげること」だ。
「アイヌが事業の計画段階から主体的に関わり、地域の観光振興につなげられれば、アイヌの社会での発言力も高まる」と広野さん。そこに、権利回復のための「次の一手」を見る。
2017年度の道の生活実態調査では、アイヌ民族の生活保護率は平均より4ポイント高く、大学進学率は12・5ポイント低かった。推進法に年金や奨学金は盛り込まれなかったが、交付金事業を通じた間接的な生活支援につながるとの期待もある。
■自治体で差も
「ここまで腰を据えて、何度もアイヌの方々と対話するのは、初めてではないか」。千歳市福祉課の茂木憲課長は、新法成立後の「変化」を痛感している。
千歳市は推進法成立を見据え、今年3月から観光や教育、林務など部署横断で交付金事業に関する庁内会議を開催。成立直後の5月には、千歳アイヌ協会などと意見交換した。秋までの計画策定を目指し、定期的に同協会と協議を重ねる予定だ。同協会の中村吉雄会長(69)は「関係機関と丁寧に対話し、計画決定に加わる過程こそが、アイヌ民族への理解促進につながる」とかみしめる。
ただ別の道東の自治体担当者は「アイヌ民族との結びつきも立案ノウハウもなく、どう進めればいいか」と困惑。鹿児島純心女子大の広瀬健一郎准教授(51)は「自治体の姿勢次第で事業の充実度が左右される可能性がある」と指摘する。
「本当の意味での『自らが決める』は、国が決めた制度をどう使うかではなく、制度自体をアイヌ民族が決めることじゃないか」。アイヌ民族の権利回復運動を40年以上続ける札幌市の石井ポンペさん(74)は、こう漏らした。
民族として自分たちの生き方を自身で決定し、国と対等に交渉する自決権や、土地や水産資源などに関する先住権を国に求めたが、推進法には盛り込まれなかった。歓迎する気持ちにはなれない。「アイヌ民族の誇りは、民族としての未来を自分たちで決める権利を持って初めて尊重される」。その思いは揺らがない。
1日昼、大勢が行き交う週末の大通公園に、民族衣装をまとう石井さんと仲間の姿があった。手には「先住権を返せ」と書いたのぼり。石井さんは言う。「ここで終わってはいけない」
第3条第2項 アイヌ施策の推進は、アイヌの人々が民族としての誇りを持って生活することができるよう、アイヌの人々の自発的意思の尊重に配慮しつつ、行われなければならない
2007年に国連で採択された「先住民族の権利に関する国連宣言」には「先住民族は自決の権利を有する。これに基づき、先住民族は自らの政治的地位を自由に決定し、その経済的、社会的、文化的発展を自由に追求する」とある。
宣言には日本も賛成票を投じ、08年には衆参両院が「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」を全会一致で可決。当時の町村信孝官房長官がアイヌ民族を先住民族と認める談話を発表、推進法制定につながった。ただ同法の条文は国連宣言に触れておらず、国会の付帯決議に記載することで一定の配慮をした。
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/311181
釧路市の阿寒湖温泉街にある阿寒湖アイヌコタン(集落)で今月中、アイヌ民族による新法人が誕生する。一般社団法人・阿寒アイヌコンサルン。設立に関わる阿寒アイヌ協会会長の広野洋さん(54)は「いわば、アイヌ文化専門のコンサルティング会社」と話す。
■交付金生かす
見据えるのは、5月24日に施行されたアイヌ施策推進法の交付金制度だ。アイヌ文化を生かした観光・産業振興を目指す地域計画を作成した市町村に対し、国が認めれば交付金が出る。
推進法成立後、同協会を核とした地元のアイヌ関係団体は共同で《1》自前で運営するコタン内の劇場「オンネチセ」をリニューアルし、アイヌ民族による芸術作品の常設展示室や、旅行者にアイヌ料理をふるまうための調理場などを設けた複合施設にすること《2》アイヌ文様を生かした商品開発《3》舞踊公演―など、交付金事業として10以上を釧路市に提案している。
アイヌコンサルンは、開発商品の監修や人材確保など「自分たちの意思で計画した事業を、自分たちで動かすため」(広野さん)の実務を担う。何より意識するのは「事業で雇用や収益を生み、アイヌの経済的自立につなげること」だ。
「アイヌが事業の計画段階から主体的に関わり、地域の観光振興につなげられれば、アイヌの社会での発言力も高まる」と広野さん。そこに、権利回復のための「次の一手」を見る。
2017年度の道の生活実態調査では、アイヌ民族の生活保護率は平均より4ポイント高く、大学進学率は12・5ポイント低かった。推進法に年金や奨学金は盛り込まれなかったが、交付金事業を通じた間接的な生活支援につながるとの期待もある。
■自治体で差も
「ここまで腰を据えて、何度もアイヌの方々と対話するのは、初めてではないか」。千歳市福祉課の茂木憲課長は、新法成立後の「変化」を痛感している。
千歳市は推進法成立を見据え、今年3月から観光や教育、林務など部署横断で交付金事業に関する庁内会議を開催。成立直後の5月には、千歳アイヌ協会などと意見交換した。秋までの計画策定を目指し、定期的に同協会と協議を重ねる予定だ。同協会の中村吉雄会長(69)は「関係機関と丁寧に対話し、計画決定に加わる過程こそが、アイヌ民族への理解促進につながる」とかみしめる。
ただ別の道東の自治体担当者は「アイヌ民族との結びつきも立案ノウハウもなく、どう進めればいいか」と困惑。鹿児島純心女子大の広瀬健一郎准教授(51)は「自治体の姿勢次第で事業の充実度が左右される可能性がある」と指摘する。
「本当の意味での『自らが決める』は、国が決めた制度をどう使うかではなく、制度自体をアイヌ民族が決めることじゃないか」。アイヌ民族の権利回復運動を40年以上続ける札幌市の石井ポンペさん(74)は、こう漏らした。
民族として自分たちの生き方を自身で決定し、国と対等に交渉する自決権や、土地や水産資源などに関する先住権を国に求めたが、推進法には盛り込まれなかった。歓迎する気持ちにはなれない。「アイヌ民族の誇りは、民族としての未来を自分たちで決める権利を持って初めて尊重される」。その思いは揺らがない。
1日昼、大勢が行き交う週末の大通公園に、民族衣装をまとう石井さんと仲間の姿があった。手には「先住権を返せ」と書いたのぼり。石井さんは言う。「ここで終わってはいけない」
第3条第2項 アイヌ施策の推進は、アイヌの人々が民族としての誇りを持って生活することができるよう、アイヌの人々の自発的意思の尊重に配慮しつつ、行われなければならない
2007年に国連で採択された「先住民族の権利に関する国連宣言」には「先住民族は自決の権利を有する。これに基づき、先住民族は自らの政治的地位を自由に決定し、その経済的、社会的、文化的発展を自由に追求する」とある。
宣言には日本も賛成票を投じ、08年には衆参両院が「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」を全会一致で可決。当時の町村信孝官房長官がアイヌ民族を先住民族と認める談話を発表、推進法制定につながった。ただ同法の条文は国連宣言に触れておらず、国会の付帯決議に記載することで一定の配慮をした。
https://www.hokkaido-np.co.jp/article/311181