Domingo2023.11.22
北海道檜山管内せたな町、夏はエメラルドに輝き、冬は荒々しく白波の立つ海岸を眺める絶景の丘陵で、とある工房の建設準備が進んでいます。2020年に地元にUターンした髙橋広大さんと髙橋友里菜さんご夫妻による、シャルキュトリー(食肉加工)とパティスリー(菓子)の工房、その名は「サッカムセタナイ(Satkam Seta-nay)」。今回はそんな髙橋ご夫妻のストーリーをご紹介します。
一つ星レストランのシェフがシャルキュトリーになった理由
「サッカムセタナイ」でシャルキュトリーを担当する髙橋広大さんは料理の道を志し、2010年から3年間、フランスで料理学校の教師を務めました。フランスでは星付きレストランでも修行を積み、日本に帰国後は北海道の「ミシェルブラス洞爺」に勤務。その後、フレンチの技法と日本料理の伝統を融合した「京都いと」を立ち上げ、フレンチの料理長として日本料理の大河原謙治料理長と共に、ミシュラン一つ星を獲得しました。
広大さんは、渡仏してフランス食文化に感銘を受けて以降、北海道の魅力ある食材を使って美味しいシャルキュトリーを作り、より多くの方にこの魅力を伝えたいと考えるようになりました。2020年、地元の北海道せたな町へ一家でUターン移住をし、実兄の経営する(有)高橋畜産で豚の肥育管理等一連の養豚業を行いながら、週末限定でドライソーセージなどの加工品やお菓子を販売していました。
「サッカムセタナイ」は町外からも買い物客が訪れるほどの人気店だったのですが、生産量に限りがありました。そこで今回、独立開業をすることとなり、せたな町太櫓(ふとろ)地区で工房建設を進めています。
アイヌの食文化「サッカム」と現代の融合
広大さんは、ドライソーセージなどの食肉加工品の背景となるヨーロッパ・フランスの食文化を考えたとき、日本にそのままインポートしただけでは、コピーで終わってしまうのではないかと考えました。そんな時知ったのが北海道で語り継がれてきた、アイヌの食文化「サッカム」です。
サッカムはいわゆる「干し肉」で、鹿肉などを乾燥・熟成させた食肉製品のこと。これを知った広大さんは、これが生ハムやドライソーセージなどに繋がる食文化ではないかと考えました。自身がフランスで学んできた食肉加工の技術と知識で、現代の食文化と嗜好に合わせた進化させた「全く新しいサッカム」を届けることで、北海道の食文化をより豊かにし、この自分が生まれ育った地域をさらに魅力あるものにできるのではないかと思い立ったのです。
この地の先住民族アイヌ独自の文化である「サッカム」と、現代の食肉加工技術・食文化とが融合し、全く新しいものに生まれ変わることで、髙橋夫妻の考える「前菜からデザートまで」をモットーとした「食のトータルコーディネート」に、新たな深みが生まれることとなりました。
絶景の工房と豊かな自然エネルギーを活かした商品づくり
工房が建つ場所は、せたな町太櫓(ふとろ)海岸の狩場茂津多道立自然公園近くにある日本海を見渡す丘にあり、素晴らしい絶景。交通手段は自家用車しかなく、「北海道の空の玄関口」新千歳空港からは約3時間30分(226km)、函館空港からでも約2時間(134km)の距離にある"簡単には行けない場所"です。
また、北海道最先端に位置する、せたな町は「風のまち」としても知られ、日本海より吹く特有の強い風を活かし24機もの発電用風車が建つなどクリーンエネルギーの活用が進んでいます。今回、工房となる建物も約30年前に自然エネルギーを活用し脱化石燃料を謳った別荘地として、当時はまだ珍しかった風力発電などと同時に開発が行われた場所にありました。
この建物は、水を貯蔵し冬の間に凍らせて、氷の冷気を利用して春から夏にかけての別荘地の冷蔵庫(氷室)としての役割を担うはずでしたが、北海道南西沖地震などの影響により別荘地開発が中止となり、その後、氷室としては活用がされないまま地元の有志で保存されてきました。この『せたな町の風土を表す』かのような建物との出会いに運命を感じた髙橋夫妻は、決して大きくはない平屋の建物を2フロアに分け、食肉加工製造、菓子製造、店舗に分けて改築工事をすることを決心しました。
工房において一番重要な生ハム、ドライソーセージの熟成庫には冷水を循環させて室内を安定的に冷やし、後に氷室の仕組みにコミットできる設備を用います。ラジエータの中に10℃前後の冷水を循環させ、涼しい空間をつくることで周囲の空気温度が多少変化しても、製品の温度は保たれます。ゆっくりと熟成させたい食品の貯蔵や、保冷環境に適した設備です。
この素晴らしい地域で、北海道の魅力的な食材と、風土を活かした製品づくりをしながら、将来的には自然エネルギーを活用した製造方法も視野に入れています。
地域の応援を背に北海道ブランドを世界へ
髙橋さん一家が、せたな町に移住してからおよそ3年半が経ちました。2022年にこの場所で工房を造ると決めてから、地域住民の方やこれまでのお客さまなど多くの支えがあり、ようやく2024年春のグランドオープンの目処がたってきました。一方、ここ数年のコロナ禍や国際情勢による物価や資材高騰により、全ての機材が思うようには整備できたわけではありません。
独立を決意してからの1年間、大きな困難や不安を乗り越えての船出となる髙橋さんご夫妻。しかしお二人は、この北海道せたな町から世界に発信できる商品づくりを目指しています。「国産ワイン」や「国産チーズ」の様に「国産ドライソーセージ」などの非加熱食肉製品を、北海道の新たな食文化に加えたいと強く願っています。
そのため自分たちの商品だけではなく、農産物・海産物などの生産者、食品・飲食業や酒類事業者とも連携しながら、一体となって北海道の新たな食文化をつくっていきたいと考えています。
2023年9月に着工が開始した工房では年末に菓子部門から製造・販売をスタート。2024年2月の食肉加工部門の製造・販売、そして2024年春のグランドオープンに向け、今日も準備が進められています。
「北海道ブランドに新しい風を作っていきたい!」日本海の絶景から始まる「サッカムセタナイ」の“おいしい挑戦”を是非ご期待ください。
2024年春「サッカムセタナイ」グランドオープンに向け、独立開業準備中。
新しい北海道食文化へ 大自然の環境で生ハム・サラミ作りの工房建設!
https://camp-fire.jp/projects/view/634720?list=prefecture_hokkaido_projects_popular
■プロフィール
・髙橋 広大(たかはし こうだい)
北海道せたな町生まれ。東海調理製菓専門学校を卒業後、東京アルジェントASOでイタリア料理に携わり、Chateau de Vigny SASにて 調理教師になり、渡仏。Michel BRAS(Laguiole)、TAILLEVENT(Paris)、Christopher COUTANCEAU (La Rochelle) をはじめフランスの星付きレストランで修行、帰国後はミシェルブラス洞爺で自然に溢れた料理を学び、再び渡仏Michel BRAS(Laguiole)にて料理人Michel BRAS氏から師事、またMaison Conquet(Laguiole)にて食肉加工を学ぶ。
その後『京都いと』のフランス料理部門、料理長としてお店の立ち上げに参加、ミシュラン一つ星を獲得。
2020年せたな町にUターンし、実家の(有)高橋畜産で養豚業と食肉加工業に従事しながら、飼育を経験。
・髙橋 友里菜(たかはし ゆりな)
京都生まれ、浜松育ち。東海調理製菓専門学校にてフランスへ留学。Chateau de Vignyで半年、フランス菓子を学んだ後、現場で修行後、Le Chardon Bleu(Saint Just Saint Rambert) ルレデセール加盟店にて修行、Christopher COUTANCEAU (La Rochelle) 星付きフランス料理デザート部門担当を経て帰国。
地元浜松のPatisserie Abondance 勤務、ミシェルブラス洞爺レストランデザート部門担当。出産を経て京都ライオンカフェに勤務 商品開発やマーケティングを経験、2020年に(有)高橋畜産で食肉加工と菓子製造に従事。
農業の現場を知り、地域の美味しい食材の裏にはフードロス問題がありその一助になる商品開発、製造を行う。
執筆者:山本勝博