ブックバン 4/2(水) 6:00
沢を走る鉄砲水の恐怖、掴み取りできるほど大量のイワナ、一日で百匹を超すヤマベ釣り、暗闇にひそむヘビやヒグマ、目の前で宙を飛び滝壺に消えていった巨大イワナなど――戦前の北海道を舞台に「喰う・喰われる」の掟に従ってひしめきあう生命を描ききったノンフィクションがある。
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その話を進める前に、本書でチラリと語られる清水沢造(注:アイヌの猟師)がヒグマと格闘した話に触れておきたい。このエピソードは姉妹本の『羆吼ゆる山』に詳しく書かれている。〈ウォーッと一声、腹に突き刺さるような吼え声を上げて熊が立ち上がり、沢造めがけて襲いかかってきた。(改行)素早く身をかわした沢造は、右手で腰に下げた刺刀(さすが)を抜いた。そして、二度目に立ち上がった熊が両前足を振り上げて威嚇の声を上げながら今まさに飛びかかろうとする寸前、その腹にパッと抱きついた。熊の腰のあたりに両足をからませ、脇の下から両腕を回して背中の毛を手でしっかりと掴み、頭を熊の顎の下に押しつけた。〉
沢造は熊に叩かれないように、ボクシングのクリンチのように抱きつき、脇腹に刺刀を刺して失血死を待った。もし、密着が緩んだら致命的な一撃は必至である。なんとかふところにしがみつき続けるしかない。だが刺刀の柄が熊の血で滑りはじめ……。この先は『羆吼ゆる山』で楽しんでほしい。アイヌ猟師のヒグマ話はおもしろい。ヤマケイ文庫に収められている坂本直行の『雪原の足あと』に収録された「又吉物語」も楽しめる。ヒグマ(グリズリー系)が攻撃の直前に立ち上がる習性を利用した狩りや緊急避難は、モンゴロイドの民話にときどき出てくる。ただ今後、実践してみようという人は、ツキノワグマ(ブラックベア系)は必ずしも直前で立ち上がらずにそのまま突進してくるので、ヒグマだけの方法であることを心しておいてほしい。また本書で釣行を共にする犬たちに関しては、もう一冊の姉妹本『アラシ』に詳しい。
https://news.yahoo.co.jp/articles/3b10e53c10153bab09532dc0b91e0a1e21c4dd81