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【COGHCC聖書通読】 2019/11/15

2019-11-15 07:20:08 | 一日一章・聖書通読日記
申命記 2:1-7

「それから、われわれは身をめぐらし、主がわたしに告げられたように、紅海の方に向かって荒野に進み入り、日久しくセイル山を行きめぐっていたが、 主はわたしに言われた、 『あなたがたは既に久しくこの山を行きめぐっているが、身をめぐらして北に進みなさい。 おまえはまた民に命じて言え、「あなたがたは、エサウの子孫、すなわちセイルに住んでいるあなたがたの兄弟の領内を通ろうとしている。彼らはあなたがたを恐れるであろう。それゆえ、あなたがたはみずから深く慎み、 彼らと争ってはならない。彼らの地は、足の裏で踏むほどでも、あなたがたに与えないであろう。わたしがセイル山をエサウに与えて、領地とさせたからである。 あなたがたは彼らから金で食物を買って食べ、また金で水を買って飲まなければならない。 あなたの神、主が、あなたのするすべての事において、あなたを恵み、あなたがこの大いなる荒野を通るのを、見守られたからである。あなたの神、主がこの四十年の間、あなたと共におられたので、あなたは何も乏しいことがなかった」』。」

荒野を放浪した40年の後、約束の地に向かって進むイスラエルの民に、神はヤコブの兄エサウの子孫、セイル山の地を通るときには彼らと争ってはならない、彼らの地は与えないと告げられました。それは神がエサウにセイル山を所領としてお与えになったからです。神はすべての民の主であり、一度約束された言葉は永遠に守られるお方です。またイスラエルが当て所なく彷徨っていた間も、神はイスラエルを決して見捨てることなく、ずっと見守っておられ、天からのマナをもって日々の糧を与えて養い続けてくださいました。荒野のような人生の旅路を歩むときこそ、神の恵みを最大限にいただくことのできるチャンスです。

https://www.bible.com/bible/81/deu.2.1-7.ja1955

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申命記 2:8-13

「こうしてわれわれは、エサウの子孫でセイルに住んでいる兄弟を離れ、アラバの道を避け、エラテとエジオン・ゲベルを離れて進んだ。われわれは転じて、モアブの荒野の方に向かって進んだ。 その時、主はわたしに言われた、『モアブを敵視してはならない。またそれと争い戦ってはならない。彼らの地は、領地としてあなたに与えない。ロトの子孫にアルを与えて、領地とさせたからである。 (むかし、エミびとがこの所に住んでいた。この民は大いなる民であって、数も多く、アナクびとのように背も高く、 またアナクびとと同じくレパイムであると、みなされていたが、モアブびとは、これをエミびとと呼んでいた。 ホリびとも、むかしはセイルに住んでいたが、エサウの子孫がこれを追い払い、これを滅ぼし、彼らに代ってそこに住んだ。主が賜わった所有の地に、イスラエルがおこなったのと同じである。) あなたがたは、いま、立ちあがってゼレデ川を渡りなさい』。そこでわれわれはゼレデ川を渡った。」

エサウの子孫の住むセイルの山地を避けて遠回りしたイスラエルの民は、約束の地に向かうに際し、モアブの荒野を通ることになりました。しかし神はここでも、モアブ人と争ってはならない、なぜなら彼らの領地はアブラハムの甥ロトの子孫に与えた地であるからだと告げられました。かつてアブラハムが自分の使用人たちとロトの使用人たちとが放牧地を巡って争ったときも、アブラハムはロトが望む地を選ばせ、その場所を譲って自分たちは別の地に移ったことがありました。平和を愛される神は、同じ神を信じる同族たちとの争いを好まれません。またここでも神はモアブの地を与えたロトとの約束を覚えておられました。私たちもまた兄弟姉妹たちと無用な争いを起こすことなく、平和的に暮らすことが神の御心です。

https://www.bible.com/bible/81/deu.2.8-13.ja1955

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申命記 2:14-25

カデシ・バルネアを出てこのかた、ゼレデ川を渡るまでの間の日は三十八年であって、その世代のいくさびとはみな死に絶えて、宿営のうちにいなくなった。主が彼らに誓われたとおりである。 まことに主の手が彼らを攻め、宿営のうちから滅ぼし去られたので、彼らはついに死に絶えた。 いくさびとがみな民のうちから死に絶えたとき、 主はわたしに言われた、 『おまえは、きょう、モアブの領地アルを通ろうとしている。 アンモンの子孫に近づく時、おまえは彼らを敵視してはならない。また争ってはならない。わたしはアンモンの子孫の地を領地として、おまえに与えない。それをロトの子孫に領地として与えたからである。 (これもまたレパイムの国とみなされた。むかし、レパイムがここに住んでいたからである。しかし、アンモンびとは彼らをザムズミびとと呼んだ。 この民は大いなる民であって数も多く、アナクびとのように背も高かったが、主はアンモンびとの前から、これを滅ぼされ、アンモンびとがこれを追い払って、彼らに代ってそこに住んだ。 この事は、セイルに住んでいるエサウの子孫のためにその前から、ホリびとを滅ぼされたのと同じである。彼らはホリびとを追い払い、これに代って今日までそこに住んでいる。 またカフトルから出たカフトルびとは、ガザにまで及ぶ村々に住んでいたアビびとを滅ぼして、これに代ってそこに住んでいる。) あなたがたは立ちあがり、進んでアルノン川を渡りなさい。わたしはヘシボンの王アモリびとシホンとその国とを、おまえの手に渡した。それを征服し始めよ。彼と争って戦え。 きょうから、わたしは全天下の民に、おまえをおびえ恐れさせるであろう。彼らはおまえのうわさを聞いて震え、おまえのために苦しむであろう』。」

モアブの領地を避けて通る間に、かつてカデシュ・バルネアで主の命に逆らい、エジプトに帰ろうとした出エジプト第一世代の人々は、エフンネの子カレブとヌンの子ヨシュアを除き、皆、死に絶えました。これは主が不信仰で不従順な彼らに誓われた通りの結末でした。そのとき主は、モアブの領地を通る際に、アンモン人と争ってはならない、なぜなら神がこの地をアンモン人に与えて、先住民である巨人族のレパイム人を追い払い、ロトの子孫の所領と定めたからだと説明しました。同様に、セイルの山地に住むエドム人も、先住民であるホリ人をエサウの前から追い払って領地として与えたからだと説明されています。その上で、彼らが神の御心に従い先住民たちと戦って領地を勝ち取ったように、あなたがたもアモリ人の王シホンと戦ってその地を勝ち取りなさいと命じておられます。神は無謀な戦いを強いられるお方ではなく、神に従って勝利の人生を歩んだ人々に倣い、あなたがたも神の約束を信じる信仰によって勇敢に戦い、勝利の人生を勝ち取りなさいと、励まし、勇気を与えてくださるお方です。

https://www.bible.com/bible/81/deu.2.14-25.ja1955

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申命記 2:26-37

「そこでわたしは、ケデモテの荒野から、ヘシボンの王シホンに使者をつかわし、平和の言葉を述べさせた。 『あなたの国を通らせてください。わたしは大路をとおっていきます、右にも左にも曲りません。 金で食物を売ってわたしに食べさせ、金をとって水を与えてわたしに飲ませてください。徒歩で通らせてくださるだけでよいのです。 セイルに住むエサウの子孫と、アルに住むモアブびとが、わたしにしたようにしてください。そうすれば、わたしはヨルダンを渡って、われわれの神、主が賜わる地に行きます』。 しかし、ヘシボンの王シホンは、われわれを通らせるのを好まなかった。あなたの神、主が彼をあなたの手に渡すため、その気を強くし、その心をかたくなにされたからである。今日見るとおりである。 時に主はわたしに言われた、『わたしはシホンと、その地とを、おまえに渡し始めた。おまえはそれを征服しはじめ、その地を自分のものとせよ』。 そこでシホンは、われわれを攻めようとして、その民をことごとく率い、出てきてヤハズで戦ったが、 われわれの神、主が彼を渡されたので、われわれは彼とその子らと、そのすべての民とを撃ち殺した。 その時、われわれは彼のすべての町を取り、そのすべての町の男、女および子供を全く滅ぼして、ひとりをも残さなかった。 ただその家畜は、われわれが取った町々のぶんどり物と共に、われわれが獲て自分の物とした。 アルノンの谷のほとりにあるアロエルおよび谷の中にある町からギレアデに至るまで、われわれが攻めて取れなかった町は一つもなかった。われわれの神、主がことごとくわれわれに渡されたのである。 ただアンモンの子孫の地、すなわちヤボク川の全岸、および山地の町々、またすべてわれわれの神、主が禁じられた所には近寄らなかった。」

約束の地に向かうために領地内を通るに当たり、モーセはまずヘシボンの王シホンに使者を遣わし、平和的な解決を模索しましたが、神がシホンの心を頑なにされたので、イスラエルは彼らと戦うことになりました。しかしこれもまた神の御心であり、神の民イスラエルに対して敵対心を抱く者は、神が自ら先に立って戦い、滅ぼされます。しかしエドム人やアンモン人たちとのように、神が戦うなと命じられたとき、私たちはいかなる理由があろうとも戦ってはなりません。また主が立ち入ることを禁じられた場所には近寄ってはなりません。神の祝福を受け継ぐには、神のご命令に徹底して守り通す信仰が試されます。これらの信仰の戦いに勝利し、神の約束された祝福の人生を勝ち取る私たちでありますように。

https://www.bible.com/bible/81/deu.2.26-37.ja1955
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【今日の聖句】 2019/11/15

2019-11-15 05:00:23 | 今日の聖句
ローマの信徒への手紙 13:10 新共同訳

愛は隣人に悪を行いません。だから、愛は律法を全うするものです。

まことの愛とは、自らを犠牲にしても相手のことを思いやる心です。相手を害するような行為は自己愛から出てくることであって、まことの愛から出たものではありません。愛なる神の御心が凝縮された律法の精神を自分のものとし、己を制して人を思う、真実な愛の人となる私たちでありますように。

https://www.bible.com/bible/1819/rom.13.10.新共同訳
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